血筋3
もちろん、普通ではありえません。
空気が重くなるのをわたしは感じた。
とても気まずい。
(聞かずにすむような話だったら、良かったのに)
心の中で愚痴った。
なかったことになんて到底出来ない話に、ずんと腹の奥が重くなる。
妊婦に聞かせるような話ではないのではないかと思った。
だが、わたしが何かやらかす前に教えておきたいという気持ちもわかる。
何も知らなかったら、やらかしてしまう可能性はあった。
自分が考えなしであることは自覚している。
行き当たりばったりなのは否めなかった。
(話しておいた方がいいと判断したのは、ラインハルトではなくポンポコの方かもしれない)
ふと、頭の中に国王の顔が浮かぶ。
それは狸の皮を被っていた。
しかし、わたしには一つ、納得できないことがある。
わたしやシエルが大公家の血を引いているのは事実だ。
国王になる資格があると言われれば否定は出来ない。
だが、大公家の血を継いでいるのはわたし達だけではない。
アルフレットやルイスも条件は同じだ。
むしろ、わたし達より2人の方が国王になるための要件は整っている気がする。
優先順位をつけるなら、2人の方が先のはずだ。
「そういう意味で言えば、わたし達よりアルフレットやルイスの方がより警戒されるべきではないでしょうか?」
わたしは疑問を口にする。
ラインハルトを見た。
ラインハルトは黙って、わたしの話を聞いている。
「わたし達は確かに大公家の血を継いでいます。ですが、身分は男爵です。大公家の直系であるアルフレットやルイスの方が国王になる要件は揃っていると思います」
警戒されるのがわたし達であることが、わたしには腑に落ちなかった。
「それが、そうはならないんだ」
ラインハルトはため息を吐く。
やれやれと思っているのは、わたしと同じらしい。
とても困った顔をした。
「2人には信用があって、わたし達にはないから警戒されるのでしょうか?」
わたしは問う。
アルフレットもルイスも小さな頃から王子たちに仕えていた。
2人が王子を裏切るとは考え難いのは理解できる。
そういう信用度の話しなのかとわたしは思った。
「そういうことではないんだ」
ラインハルトは首を横に振る。
苦く笑った。
「この話には、アルフレットもルイスも関係ない。もっと言えば、マリアンヌさえ関係ないんだ」
打ち明ける。
「え?」
わたしは戸惑った。
「問題なのはシエルだ」
ラインハルトの言葉に、わたしの心臓はどくんと大きく音を立てる。
鼓動が早くなった。
嫌な予感しかしない。
胃が痛くなるのを感じた。
「シエルが何かしたのですか?」
問いかけるわたしの声は震える。
不安で堪らなかった。
そんなわたしにラインハルトは優しく微笑む。
安心させようとした。
「シエルは何もしていない」
わたしの言葉を否定する。
わたしは少しほっとした。
だが、安堵するのは早かったらしい。
「ただ、似過ぎているだけだ……」
ラインハルトは独り言のように呟いた。
深く息を吐く。
「母にですか?」
わたしは問いかけた。
それがどう問題になるのか、わからない。
「いや、そっちではない」
ラインハルトは静かに首を横に振った。
わたしは困惑する。
「それでは、誰にですか?」
尋ねた。
「……」
ラインハルトは答えない。
「……」
わたしは黙って、返事を待った。
ラインハルトは何か考え込んでいる。
「食後、少し散歩に出ませんか?」
唐突に誘われた。
もちろん、それがただの散歩であるはずがない。
「いいですよ。どこに行くんですか?」
わたしは尋ねた。
「王宮を案内します」
ラインハルトは答える。
「王宮には王族しか立ち入りを許されていない場所もあるのですよ。マリアンヌはまだ、入ったことがないでしょう?」
問われた。
「ありません」
わたしは答える。
そんな場所があるなんて、初耳だ。
そもそも、王宮の中で行ったことがある場所は国王の執務室とその周辺くらいだ。
他の場所に立ち入ったことはほぼない。
離宮に引っ越す前のラインハルトの部屋にも行ったことはあるが、いつも誰かについて行ったのでそれがどこなのかよくわかっていなかった。
「では、案内してあげましょう」
ラインハルトは微笑む。
「楽しみです」
わたしは頷いた。
それは嘘ではない。
そこでラインハルトがわたしに何を見せたいのかはわからない。
だが、初めての場所に入るのはドキドキした。
王族しか入れない場所に何があるのか、気になる。
こんな状況でも旺盛な自分の好奇心に、ちょっと引いた。
いろんな人のいろんな思惑が絡んでいそう。




