血筋
本編に戻ります。
昼過ぎ、ラインハルトはやっとベッドを出た。
わたしたちは食堂に向かう。
2人で昼食を取った。
休日の食事はだいたいメニューが決まっている。
手間のかからないものや作り置き出来るものが出てきた。
わたしは美味しいものを食べたい人間だが、食に拘りがあるわけではない。
たいてい、何でも美味しく頂けるタイプだ。
高級な食材を使って欲しいとか、手の込んだ料理を作って欲しいとか思っていない。
美味しいなら、手抜きの料理だってありだ。
休日くらい、クロウも楽をしていい。
そんな風に寛大な気持ちになるのにはもちろん、理由があった。
前世のわたしはごはんを作る側の人間だ。
料理人だったということではない。
普通に家族のごはんを作っていただけだ。
だがそれは簡単なことではない。
毎日、メニューを考えて料理を作るのは大変だ。
誰かがメニューを決めてくれて、それを作るだけなら楽なのにと何回も思う。
だが簡単なものでいいと家族に言われると、それはそれで腹が立った。
料理に簡単なものなんてない。
どんな料理にだって、それなりに手間はかかるのだ。
作らない人間は、作る側の苦労をわかっていない。
(作ってもらえるだけでありがたい)
わたしは日々、そう思っていた。
それが仕事だとしても、クロウには感謝している。
休日くらい、いくらでも手を抜いてくれと思っていた。
ちなみに休日の昼食は土曜日はサンドイッチで日曜日はおにぎりと決まっている。
もちろん、わたしのリクエストだ。
今日はタマゴサンドが出てくる。
マヨネーズの作り方はわたしがクロウに教えた。
食パンも試行錯誤の末、出来上がる。
耳を切り落とした白くてふわふわのパンにマヨネーズで合えた卵は挟まっていた。
わたしの曖昧な知識を元に、クロウは料理のレパートリーを広げている。
こんな感じでとだいたいの説明をすると、クロウは自分の料理の知識でそれを完成させてくれた。
たまに全く違うものが出て来て驚くこともあるが、たいていはわたしのリクエストどおりのものを作ってくれる。
「美味しい」
わたしは幸せを噛み締めた。
懐かしい味がするのはマヨネーズのせいだろう。
この世界でマヨネーズを作ろうとすると、意外に原価が高くなった。
実家では手が出せない。
離宮に来てから、作るのが可能になった。
たまにサラダのトッピングにもマヨネーズを作ってもらう。
ラインハルトもこの味には慣れていた。
「確かに、美味しいですね」
わたしの意見に同意する。
喜んでくれた。
それを見ると、わたしは幸せな気持ちになれる。
美味しいものを好きな人と一緒に食べられるのは幸せなことだ。
タマゴサンド一つで、わたしは十分に幸せになれる。
わたしの幸せはけっこうお手軽だ。
少しずつ、わたしの記憶の中にある前世の食べ物が食べられるようになっているのも嬉しい。
食生活はやはり前世の方が格段に充実していた。
インスタ映えなんかで食べ物をえり好みするようなふざけた世界だったが、それだけ豊かだったのだろう。
そこまでの豊かさは求めていないが、美味しいものを食べることを諦めてはいなかった。
せっかく権力を手に入れたのだから、有意義に活用しようと思っている。
わたしにとっての有意義とは、ランスローにいたら手に入らない各地の食材を手に入れることだ。
(カツオとか手に入れて、鰹節を作りたいな~。和食の基本はやはり出汁よね。昆布でもいいけど、鰹節がやはり欲しい)
タマゴサンドを食べながらそんなことを考える。
鰹節の作り方を思い出していると、ラインハルトに名前を呼ばれた。
「悪い顔をしていますよ」
そんなことを言われる。
(いや。鰹節の作り方を思い出していただけですけど?)
心の中でわたしは突っ込んだ。
「何を企んでいるのです?」
ラインハルトに問われる。
「人聞きが悪いです」
わたしは苦く笑った。
「わたしが考えることなんて、美味しいものが食べたいってことくらいですよ」
答える。
ラインハルトは小さく笑った。
「それが嘘ではなく、本当だということを信じてくれる人はどれだけいるのでしょうね」
遠い目をする。
「いないかもしれないですね」
わたしはため息をついた。
傍からは、わたしは策略家に見えるらしい。
いろんなことを考え、伏線を張り巡らしていると思われていた。
だが実際は、わたしの思いつきはほぼ行き当たりばったりだ。
深く考えたことはあまりない。
目の前の問題を解決することでいつも精一杯だ。
何手も先を読むような器用さは持ち合わせていない。
チートな能力をその他大勢のわたしに期待されても困る。
「どうしてみんな、わたしが策略をめぐらせているなんて考えるのでしょうね?」
わたしは首を傾げた。
「そもそも、策略をめぐらせてわたしが何をしようとしていると思っているのかしら?」
不思議に思う。
わたしが何もしなくても、次期国王はラインハルトだろう。
それは誰の目にも明らかだ。
わたしが策略をめぐらす必要なんてない。
むしろ、わたしは何もしない方がいいと思っていた。
余計なことをして、足を引っ張る方が怖い。
それなのに、周囲はわたしが裏でいろいろ動いていると疑っている。
何故そんな疑いをもたれるのか、わからなかった。
「それはマリアンヌが大公家の血を引いているからでしょうね」
ラインハルトは答える。
予想もしない言葉を口にした。
「え?」
わたしはラインハルトをまじまじと見る。
意味がわからなかった。
「どういうことですか?」
尋ねる。
ラインハルトはちょっと気まずい顔をした。
忙しいのがちょっと落ち着いたので、本編に戻ってきました。




