二日目 5
ちょっとした種明かしの回です。
50個目の宝箱を王子は鍵で開けた。
中から出てきたのは当たりで、持って来た少女は大喜びする。
それを微笑ましい気持ちで眺めながら、ルイスはお妃様レース二日目の終了を告げた。
王子に退出を促す。
王子は黙って立ち上がった。
ルイスに連れられ、自分の部屋へ向かう。
「もう、無理です」
ぼそっと小声で王子は呟いた。
「身代わりなんて、無理があります。せめて、面白がってちょっかいを出してくる第一王子と第二王子をなんとかしてください」
懇願する。
青年の名はランスと言った。
第三王子の側近の一人で、金髪のカツラを被れば王子に似ている。
そのため、王子の偽者に抜擢された。
昨日も今日も、第三王子としてそこにいたのはランスだ。
そのことは第三王子の側近たちと第一王子、第二王子は知っている。
さすがに兄弟である王子たちを騙すのは難しいので、最初から打ち明けて協力を求めた。
だが、ランスが第三王子のふりをしているのが面白いらしく、二人の王子は暇を見てはちょっかいを出しに来る。
からかわれるランスの精神はもうボロボロだ。
ルイスに泣きつく。
「苦労をかけるな。明日で終わりだから、頑張ってくれ」
ルイスは励ました。
王子の身代わりが出来る人間は限られている。
ランスが一番、背格好が近かった。
瞳の色が同じなのも、ちょうどいい。
カツラを被れば遠目には王子にしか見えなかった。
「頑張れませんよ」
ランスはぼやく。
だが、使命感に燃える男なので、頑張ってくれることはルイスにはわかっていた。
「今日は早く帰って、ゆっくり休んでくれ」
労をねぎらい、ぽんとその肩に手を置く。
尊敬する上司にそう言われて、ランスは頷くしかなかった。
着替えのための部屋に向かう。
その背中を見送って、ルイスは王子の部屋に向かった。
本物のラインハルトに会いに行く。
トントントン。
王子の部屋のドアをノックした。
「入れ」
中から、不機嫌な声が聞こえてくる。
昨日はご機嫌だったのに、今日は機嫌が悪いようだ。
その理由はだいたい想像がつく。
ルイスの気は重くなった。
部屋に入ると、フローレンスがいる。
ソファに座って、踏ん反り返っていた。
足をがっと開いて、大変行儀が悪い。
それを見て、ルイスは眉をしかめた。
「まだそんな格好をしていたんですか?」
着替えていないことを咎める。
部屋に戻ったのはかなり前のはずだ。
着替える時間がなかったわけではないだろう。
「オレは怒っている」
フローレンスは言った。
口調も声も完全に男になっている。
怒っていることをアピールしたくて、わざわざ着替えずにフローレンスのままでいたらしい。
ルイスはやれやれと思った。
そんなことをしなくても、怒っていることは知っている。
正確には、ラインハルトが怒ることをルイスは知っていた。
「話は着替えたら聞きますので、まずラインハルト様に戻ってください」
ルイスは頼む。
「ふんっ」
フローレンスはそっぽを向いた。
その後ろで、着替えを手伝いたいメイドたちがおろおろしている。
「ラインハルト様。……それとも、フローレンス様とお呼びした方がよろしいですか?」
ルイスは静かな声で名前を呼んだ。
フローレンスことラインハルトは黙って立ち上がる。
ほっとしたようにメイドたちは取り囲んだ。
カツラを外し、着替えさせる。
化粧を落すと、ラインハルトの素顔が現れた。
化粧をしている時より美人に見えることをルイスは不思議に思う。
メイドたちの腕がいいのか、ラインハルトの女装は完璧だ。
本人の演技力も伴って、フローレンスがラインハルトだとわかっているルイスでさえ、一瞬、騙されそうになる。
そんな完璧な女装で、ラインハルトは参加者たちの中に紛れた。
妃候補者たちの素の顔が知りたいというのは大義名分で、本当はただ面白がっていただけなのをルイスは知っている。
それでもいいと思った。
どんな形でも、ラインハルトがお妃選びに関心を持ってくれるならありがたい。
お妃様レースにゲーム性を取り入れたのは、レースを盛り上げるというような意図は全くなく、ただ王子を飽きさせないためだ。
つまらないと思ったら、王子はとたんに興味を失う。
そうさせないための工夫が必要だ。
綿密な計画を立て、全ては順調に進む。
お妃様レースはなかなかの盛り上がりを見せ、王都はお祭り騒ぎが続いていた。
着替えを終えたラインハルトはさっと手を振った。
メイドたちを下がらせる。
部屋にはルイスとラインハルトの二人だけが残った。
「お前は知っていたんだな?」
ラインハルトは問う。
「マリアンヌが参加を取りやめて帰ることをですか?」
ルイスは確認する。
ラインハルトはイラッとした。
「知っていて、何故、言わなかった」
ルイスを責める。
「昨日、わたしは調べましょうかとお聞きしました。ですが、そこまでする必要はないと断られたと記憶しています。報告の義務はないと思いますが、違うでしょうか?」
理論整然とルイスは確認した。
ラインハルトはぐっと言葉に詰まる。
どちらの言い分が正しいのか、わかっていた。
ルイスを責めるのは間違いであることは最初から知っている。
「それでも結局、宝箱は渡したのでしょう? 二人で一緒に開けに来て、合格しましたよね?」
ルイスは尋ねた。
どういうことなのか、聞きたい。
マリアンヌの決意が固いことは知っていたので、宝箱を持って現れたのを見た時には驚いた。
「とりあえず、宝箱は役に立った」
ラインハルトは答える。
フローレンスが持っていた二つの宝箱はラインハルトに渡されていた当たりの箱だ。
自分が気に入った相手が現れたら、合格させることが出来るよう、二つだけ埋めずに残しておいた分になる。
それを使って、マリアンヌを合格させた。
だが最初から、それを使うと決めていたわけではない。
今朝の時点では決めかねていた。
初日にマリアンヌに興味を持ったのは事実だ。
なんとなく出来ていた抽選の列をあっという間に整理して、並び易くしたことに驚く。
だが、それだけでは妃にしようとは思わない。
決めたのは今日、マリアンヌの様子を観察してからだ。
ラインハルト(フローレンス)はこっそりとマリアンヌの後をつける。
マリアンヌは宝箱を探す代わりに、誰かを探していたようだ。
ぶらぶら歩いていると思ったら、途中から掘り起こされた土を戻すことに一生懸命になっていた。
それを見て、やはり変な女だとラインハルトは思う。
だが、悪くない。
決定打になったのは、女の子たちから花壇の花を守った時のことだ。
マリアンヌは厳しい口調で注意しながら、女の子たちとケンカになることなくことを収める。
自分たちの行動の愚かさを説明した上で、後始末を自分から買って出る。
女の子たちには宝箱を探しに行かせた。
そこまでされたら、女の子たちは文句が言えないだろう。
マリアンヌに従うしかなかった。
しかも、マリアンヌは女の子たちにアドバイスまでする。
それは一見、親切そうに見えた。
だが本当は、女の子たちが二度とバカなことをしないようにヒントを与えたに過ぎない。
頭の回転が速く、周りがよく見えていると思った。
少し離れた場所から観察するつもりだったのに、話をしたくなって声をかける。
ラインハルトは自分の女装は完璧だと思っていた。
パッと見ただけで、男とばれることはない。
だが長く話をしていたら、違和感を覚えられこともあるかもしれないのもわかっていた。
だから、マリアンヌに声をかけるのは最後の最後にするつもりでいた。
その予定が狂う。
話してみたら、こちらが思っているよりずっと変わった娘だった。
弟の嫁にならないかと口説かれる。
妃を狙っている女が男爵夫人で手を打つはずがない。
だがマリアンヌは本気だ。
そして、彼女の語る話は何故か魅力的に聞こえる。
自分が女だったら、嫁に行ったかもしれない。
フローレンスと名乗ると、マリアンヌは驚いていた。
それが彼女の母の名前であることを、その時のラインハルトはすでに知っている。
だが昨日、フローレンスの名前を使ったのは偶然だ。
王都の華と呼ばれた大公の娘の話は今でも有名だ。
昨日、名前が必要になった時に咄嗟にその名前が浮かぶ。
その娘が参加者の中にいることは知らなかった。
もしかしたら、それは運命なのかもしれない。
「明日もう一度、王宮で会うことは約束した。そこで何とかする」
ラインハルトは呟いた。
「何とかすると言うと?」
ルイスは尋ねる。
「妃にするなら、マリアンヌがいい。他の女なら妃などいらぬ」
ラインハルトはきっぱりと言った。
「そんなに、何が気に入ったんです?」
ルイスは困る。
マリアンヌを説得するのは簡単ではないだろう。
お人好しそうに見えて、実際は頑固だ。
譲らない部分は頑として譲らない。
「他の女はつまらなくて退屈だ。顔色を窺うだけの人形ならいらない。それに、マリアンヌはなかなか王妃向きの性格をしているのではないか?」
ルイスに尋ねる。
「否定はしませんが、説得は難しいと思います」
ルイスはため息をついた。
「そうだな。作戦は必要だろう」
ラインハルトは楽しげな顔をする。
面白がっていた。
「本当に、マリアンヌを妃にするつもりなんですか?」
ルイスは確認する。
「ああ」
頷いたラインハルトの決意は固かった。
第四章、ラストです。
予定では第五章で完結のはずです。