閑話:二日酔い2
まったりしています。
膝枕を頼むと、マリアンヌは妙に乗り気だった。
ウキウキしているマリアンヌと対照的に、アントンはやれやれという顔をする。
苦く笑った。
「それではわたしは失礼します」
部屋から退出しようとする。
いちゃつく主たちに気を遣ったようだ。
「朝食が出来たら声をかけてください」
マリアンヌがそう言って、アントンを見送る。
厨房に行ったついでに、朝食の件でも何か手を打ったようだ。
ただ捕まって、連れ戻されたわけではないらしい。
「さて、ラインハルト様」
マリアンヌはラインハルトの方を向いた。
「わたしはどこに座ればいいですか?」
問いかける。
「では、こちらに」
ラインハルトはベッドの端をポンポンと叩いた。
言われた通り、マリアンヌは腰掛ける。
「どうぞ」
手を広げて、呼んだ。
色気がない。
だがそれがマリアンヌらしかった。
ラインハルトは苦笑する。
「失礼」
もぞもぞと動き、マリアンヌの膝に頭を乗せた。
柔らかな感触が心地良い。
思いつきで口にしたが悪くなかった。
マリアンヌの手が優しくラインハルトの髪を撫でる。
その手はとても優しくて、ラインハルトはほっこりした。
少し頭痛も治まる。
「飲みすぎるなんて、珍しいですね」
撫でながら、マリアンヌは囁いた。
「楽しかったのですか?」
尋ねる。
「そうですね」
ラインハルトは頷いた。
「途中から、覚えていませんが……」
正直に答えたら、マリアンヌに笑われる。
「ラインハルト様でもそんなことがあるのですね」
楽しげに言われた。
「私も普通の人間ですよ」
ラインハルトは呟く。
「そうですね」
当たり前のように、マリアンヌは肯定した。
あまりにさらりと流されて、ラインハルトは思わずマリアンヌを見上げる。
「?」
見られて、マリアンヌは不思議な顔をした。
「どうかしましたか?」
尋ねる。
「何も」
ラインハルトは否定した。
視線をマリアンヌから外す。
マリアンヌは何も言わず、黙って髪を撫で続けた。
それがマリアンヌの優しさであることはわかっている。
ラインハルトは物心ついた時からずっと、特別だと言われ続けてきた。
『国王の寵愛を受ける第三王子』
『次期国王』
そんな肩書きを付けられ、常に特別であることを求められる。
だがラインハルトもただの子供だ。
人より何でも上手く出来たが、努力が必要なかったわけではない。
期待に応えようと、頑張っただけだ。
それを特別という言葉で周りは全て片付ける。
いつからか、それがとても気に障るようになった。
周りの思惑通り、国王になどなってやるものかと思う。
なかなか結婚相手を決めなかったのは、ラインハルトなりの反抗だ。
その結果、マリアンヌに出会ったのだから人生というのは面白い。
何が幸いするかわからなかった。
普通に周りが選んだ相手と結婚していたら、マリアンヌと出会うことはなかっただろう。
辺境地の男爵令嬢が自分の妃候補に挙がることは万に一つも無い。
そしてお妃様レースなんて変わったものが無ければ、例えラインハルトがマリアンヌを見初めたとしても周りの許可は下りなかった。
マリアンヌと出会ったことも奇跡的だが、結婚が許可されたことはもっと奇跡的だ。
本来は妃に迎えることは出来ない。
良くて愛妾というところだろう。
だがマリアンヌがそんな立場を受けいれるとは思えない。
愛妾になるよりきっぱりとラインハルトとの関係を断つことを選ぶと思えた。
そういう妙な潔さを持っている。
結婚できて良かったとしみじみとラインハルトは思った。
だが、マリアンヌがどう思っているのかはわからない。
王族に嫁いだことで苦労ばかりさせているのはわかっていた。
「私と結婚してマリアンヌは良かったのですか?」
思わず、尋ねる。
突然の質問に、驚いたようにマリアンヌの手は止まった。
「ラインハルト様?」
マリアンヌはラインハルトの顔を覗き込もうと身体を傾げる。
だが、ラインハルトは顔を背けた。
見せない。
マリアンヌは子供みたいだと笑った。
「後悔はしていないので大丈夫ですよ」
答える。
「まあ、ラインハルト様が王子様でなくて、ただの貴族だったらもっと良かったですけどね。それは言っても仕方のないことなので。ラインハルト様と結婚すると決めた時から、多少のことは覚悟しています。どちらかといえば、想定内ですね。もっとドロドロしていることも予想していましたから。基本的には皆様いい人なのでなんとかなると思っています」
そう続けた。
「想定内なんですか?」
ラインハルトは笑う。
思ったより前向きな言葉に驚いた。
「今のところ一番怖い人だと思っているのがレティシア様なので想定内です。もっとこう、昼ドラみたいなのを想像していました」
マリアンヌの言葉に、ラインハルトは首を傾げる。
「ヒルドラとはなんですか?」
尋ねた。
マリアンヌは時々、耳慣れない言葉を使う。
「愛と欲望でドロドロとしている世界のことです」
マリアンヌは説明した。
「そんな世界があるんですか?」
ラインハルトは興味を持つ。
「あるような、ないような」
マリアンヌは首を右に左に傾ける。
「物語の世界の話です」
そう答えた。
トントントン。
そこにノックの音が響く。
アントンが朝食が出来たことを告げた。
簡単に妃にはなれないのです。




