機嫌取り
話も終わって帰るかと思ったら……
話は終わったのだと、わたしは油断していた。
「そうそう」
思い出したように、国王は切り出す。
「マリアンヌに言われた例の件、実行に移すことにしたよ」
そんなことを言われた。
「例の件、ですか?」
わたしは首を傾げる。
心当たりがなかった。
ラインハルトを見る。
基本的に、国王に会う時はラインハルトも一緒だ。
何か知っているかと目で問うと、わからないと小さく首を横に振られる。
「何のことでしょう?」
思い切って、わたしは国王に聞いた。
「昼食を子供たちや妃と定期的に取る件だよ」
国王は答える。
にこやかに笑った。
(そう言えばそんな話、しましたね)
わたしは心の中で呟く。
先日一緒に昼食を取った時、たまに昼食を食べに来たいと言われた。
それを少し面倒に思う。
度々来られるのは不味かった。
気を遣って食事なんてしたくない。
ごはんは美味しく食べたい主義だ。
だが何より困るのは、頻繁に国王が離宮に出入りすることにより、あらぬ噂が立つことだ。
どんな噂を立てられるか、わかったものではない。
そしてどんな噂にしろ、悪者にされるのがわたしであることはわかりきっていた。
好き好んで悪者になるほどお人よしではない。
だから断った。
食事に来るなら、他の皆のところも順番に回ってくださいと頼む。
そんなことはしないと、心のどこかで思っていた。
だが甘かったらしい。
ポンポコはわたしより上手だ。
「思い出しました」
わたしは国王に答える。
「その話、他の皆さまはもうご存知なのですか?」
問いかけた。
「いや。明日、告げようと思っている」
国王は微笑む。
ポンポコさが満々だ。
わたしは顔が引くつく。
「一つ、確認したいのですが」
言い難く思いながら口を開いた。
「その話、わたしからの提案だとおっしゃるつもりでしょうか?」
確認する。
「もちろん」
国王は頷いた。
「事実だからね」
飄々と答える。
(あ、これ。意地悪だ)
わたしは心の中で苦笑した。
あの提案が断るための方便であることなんて、最初から分かっていたのだろう。
それを逆手に取られたようだ。
(恨まれそうだな、わたし)
内心、困る。
面倒な提案をしてくれたものだと、王妃たちや王子たちには憎まれそうだ。
だがそれを国王本人に言えるわけがない。
「……何を企んでいらっしゃるんですか?」
代わりに、わたしはそう聞いた。
「企むなんて、人聞きが悪いね」
国王は苦笑する。
(この狸っ)
わたしは心の中で叫んだ。
何も裏がないなんて、信じ難い。
「国王様は合理主義の方なので、無駄なことはしないと思うのですが……」
へりくだりながらも、聞いた。
目的を知りたい。
「わたしも家族とは仲良くしたいんだよ」
国王は答えた。
ふっと寂しげな顔をする。
それは偽りには見えなかった。
演技なのかどうか、わたしにはわからない。
ラインハルトを見た。
視線を感じたラインハルトはわたしを見る。
困った顔をした。
それが本音かどうかは息子でもわからないらしい。
(嘘か本当かわからない時は、本当だと信じることにしよう)
わたしはそう決めた。
「それはいいことですね」
微笑む。
「ぜひ、レティシア様ともゆっくりお話してください」
頼んだ。
「何故、レティシアなのだね?」
国王は首を傾げる。
「クリシュナ様とはだいぶ仲がよろしいようなので、わたしが口を挟む必要は無いでしょう。でもレティシア様とは疎遠のように感じます。女は寂しいと暴走する生き物です。満たされていれば寛大な気持ちで許すことができることでも、寂しいと許せなくなります。国王様がレティシア様に優しくすれば、みんなが幸せになれそうな気がします」
わたしは説明した。
「私にレティシアの機嫌を取れと?」
国王は困る。
「妻の機嫌を取るのは夫の務めですよね?」
わたしはにっこりと尋ねた。
否と言えない聞き方をする。
「私に堂々とケンカを売るのはマリアンヌくらいだよ」
国王はやれやれという顔をした。
「喧嘩なんて売っておりません。わたしはみんなが幸せになれればいいなと願っているだけです」
わたしは微笑む。
「まあ週に一度くらい、レティシアの機嫌を取るのもよかろう」
国王はふっと笑った。
機嫌くらい取って欲しい。
周りもきっとそう思っている。




