爆笑
ちゃんと起きて話をします。
少し休んだら、身体の火照りは引いた。
熱が下がるとすうっと楽になる。
わたしはゆっくりと身を起した。
「起き上がって大丈夫なの?」
クリシュナに聞かれる。
心配して、ずっと側についていてくれた。
母を亡くして久しいわたしにはそんなことをしてくれる人はいないので、少しこそばゆい気持ちになる。
「もう大丈夫です」
答えた。
カウチに座って、クリシュナを見る。
「ご心配おかけして、すいません」
謝った。
「こちらこそ」
クリシュナは気まずい顔をする。
「妊婦なのはわかっているのに、歩かせてごめんなさい。招待するべきではなかったわね」
反省していた。
「いいえ。お会いしたかったので」
意味深に言ったわたしにクリシュナは微笑む。
「レティシアのことかしら?」
問われた。
わたしは静かに頷く。
今日ここに来たのは、それが目的だ。
「レティシア様をお茶に招いたのには理由があるのです。レティシア様に与するつもりはありません」
説明する。
だが、肝心の理由は話すわけにはいかなかった。
大事にせずに内々で処理した意味がなくなる。
聞かれたら困るなと内心、ドキドキした。
「そうなのね」
クリシュナは頷く。
あっさり納得してくれた。
理由も聞かない。
「……」
わたしは困惑した。
「あの……」
言い難く思いながら口を開く。
「わたしが聞くのも変ですが、そんなに簡単に納得していいのでしょうか?」
尋ねた。
簡単すぎて、本当は信じていないのではないかと不安になる。
軽く流されたように感じた。
「理由を聞いたら、教えていただけるの?」
クリシュナは逆に聞く。
「いいえ。言えません」
わたしは首を横に振った。
真っ直ぐ、クリシュナを見る。
クリシュナはそうだろうという顔をした。
「だったら、信じるしかないでしょう? 信じるか信じないかの二択なら、わたしはマリアンヌを信じます。ラインハルト様が選んだ相手ですもの。それに値すると思っています」
優しく微笑む。
最初に会った時にわり普通だと思ったのが申し訳ないくらい、綺麗な笑みを浮かべた。
長年、王宮で第一王妃をやっているのは伊達ではない。
優しいが、芯はしっかりしている。
考えてみれば、あのレティシアとずっと張り合っているのだ。
一筋縄でいく人であるわけがない。
国王が狸なら、クリシュナはキツネという感じがした。
しらっと化かされる気がする。
「ありがとうございます」
わたしは礼を言った。
信じてくれるという言葉に感謝する。
「こんな風に話せるチャンスもそうないと思うので、もう一つ、腹を割った話をしてもいいですか?」
さらに尋ねた。
「どうぞ」
クリシュナは促す。
「こんなによくしていただいたのに言い難いのですが。わたしはクリシュナ様にもレティシア様にも味方しないと決めています。お二人とは適度に距離を保ったお付き合いをしていきたいのです」
わたしは本音をぶっちゃけた。
それはクリシュナの予想を超えていたらしい。
驚いた顔をした。
「マリアンヌははっきりと思いを口にする子なのね」
小さく笑う。
大人の余裕がそこにはあった。
「すいません」
わたしは頭を下げた。
「失礼なのは十分、承知しています。でも貴族的な回りくどい言い回しでは上手く伝わらない気がするのです」
苦く笑う。
「個人的には、クリシュナ様には仲良くしていただきたいです。わたしにも夫にも母はいません。何かの時に頼れる母はわたしたちにはいないのです。ですが、クリシュナ様と仲良くするとレティシア様が心穏やかではないでしょう。わたしはお2人の間に波風を立たせるのも、お2人のあれこれにわたしが巻き込まれるのも、望みません。等しく距離を置くのが、王宮にとっても一番良いのではないでしょうか?」
クリシュナに問うた。
「そうですね。それが一番でしょう」
クリシュナは頷く。
「でも、マリアンヌがそれを望んでも、レティシアはどうかしら? 貴女のことはだいぶ気に入っているようだと、聞いています」
そう続けた。
クリシュナもいろいろいと知っているらしい。
おそらく、国王から聞いているのだろう。
わたしが思っている以上に、2人は密なようだ。
「今日のことを踏まえ、今後は出産を無事に終えるまでお茶会の招待は全て断ろうと思っています。国王の前で具合を悪くして席を外したのですから、その言い訳も通るでしょう」
わたしの説明に、クリシュナは頷く。
「まさか、そのためにわざと具合を悪くしたのではないわよね?」
疑われた。
「いいえ」
わたしは否定する。
「何がきっかけでのぼせたのかはわたしにもわかりません。体調が悪いつもりはなかったので、自分でも驚きました」
苦く笑った。
「でも、それを利用しない手はないでしょう。レティシア様にお茶に呼ばれても、体調の変化が読めないのでとお断りできます」
クリシュナは納得する。
「しかし、その程度のことでレティシアは諦めないでしょう」
どこか楽しそうな顔をした。
わたしがどうするつもりなのか、興味津々らしい。
意外に子供っぽいところがあるようだ。
「そうですね。レティシア様なら、お茶に招けくらいのことは言うと思っています」
わたしは頷く。
上から圧をかけてくることは簡単に想像できた。
「そこで、クリシュナ様にお願いがあるのです」
真っ直ぐ、クリシュナの目を見る。
「今後、レティシア様をお茶に招く時はクリシュナ様にも同席していただきたいのです」
わたしの言葉に、クリシュナは目を見張った。
全く予想していないことを言われたらしい。
「わたしも同席するのですか?」
自分の胸に手を当てた。
困惑した顔でわたしに問う。
「はい。どちらかお一人を招くから、ややこしいことになるのです。お2人を一緒にお招きすれば、どちらに与したとか面倒な噂が立つこともないでしょう」
わたしの説明に、クリシュナは考える顔をした。
「駄目でしょうか?」
わたしは上目遣いに問う。
「悪くないかもしれませんね」
クリシュナは頷いた。
苦く笑う。
「それにしても、マリアンヌは考えることが大胆ですね。今まで、わたしとクリシュナを2人一緒にしようと考えた人なんていませんよ」
楽しげな顔をされた。
「そうなのですね。では、ちゃんと話をするのは初めてのようなものですか?」
わたしは問う。
「そうかもしれないですね」
クリシュナは少し考えて答えた。
「では、仲良くなれる可能性もあるかもしれませんね」
わたしは微笑む。
かなり希望的な意見を口にすると、クリシュナは声を上げて笑った。
仲良くなれる可能性はゼロではない。




