閑話:幼馴染(前編)
思ったより出番がなかったハワード、再び。
マリアンヌの子供の頃の話です。
ハワードは伯爵家に生まれた。
領地は辺境地といえるほど王都から離れていたが、豊かな穀倉地帯だ。
財力はある。
爵位は伯爵でまあまあな感じだが、周りは男爵や子爵ばかりなので十分に高いほうだ。
公爵や侯爵は辺境地になんて領地を持たない。
そんな伯爵家に跡継ぎである長男として生まれた。
ハワードは世界が自分を中心に回っていると勘違いする。
ハワードに逆らう人間は基本的にいなかった。
使用人はもちろん、他の貴族の子弟も同様だ。
子供社会には子供社会のヒエラルキーが存在する。
田舎のパーティには夫婦だけでなくその子供も呼ばれることが多く、一つのコミュニティが出来上がっていた。
そこでは親の爵位でだいたいの順番が決まる。
王様は自分だと、ハワードは思っていた。
どこにいってもたいてい、ハワードの父親の爵位が一番高い。
子供ながらに、自分の立場の優位性を感じ取っていた。
誰もが、自分には気を遣う。
それが当然だと、ハワードは思っていた。
しかし一人だけ、それに異を唱える少女がいる。
初めて見る顔だ。
領地が遠すぎて、今までは親が連れてくるのを控えていたらしい。
ハワードにそっと、耳打ちしてくれる声があった。
少女を知っているらしい。
国境ギリギリのところにある男爵家の令嬢のようだ。
(たかが男爵の癖に)
ハワードはそう思う。
それをそのまま口にした。
すると、フンッと鼻で笑われる。
「ばからしい」
そう言った。
呆れた顔でハワードを見る。
その目には侮蔑が滲んでいた。
少女はなんとも地味だ。
不細工なわけではないが、可愛らしいわけでもない。
例えるなら、普通だ。
同じ年頃の少女たちが着飾っているのに比べて、無頓着なのが見てわかる。
清潔で綺麗なドレスを着ているが、装飾は少なくシンプルだ。
そういうものを好んでいるように見える。
そんな地味な少女に馬鹿にされたことに、ハワードは怒った。
「今、なんて言った?」
問いかける。
「馬鹿らしいと言ったのよ」
少女は答えた。
凛としている。
意思の強さが声に滲んでいた。
「何が馬鹿らしいんだ?」
ハワードは尋ねる。
少女が何を言いたいのか、気になった。
「親の爵位なんて、自分が努力して得たものでも何でもないじゃない。まして、貴方はその爵位を継いだわけでもない。今の貴方は、何者でもないただの貴族の子弟よ。偉そうなことを言うのは、爵位を継いだ後にしたらどう? その時はわたしも男爵として、伯爵に礼を尽くしてあげるわよ」
少女は真っ向からケンカを売る。
何故か、怒っていた。
「お前、何を怒っているんだ?」
ハワードは尋ねる。
少女の怒りは自分に向けられたものではない気がした。
少女はぎくりとする。
「別に怒ってなんていないわ」
否定した。
だがそれは嘘っぽい。
「とにかく、親の爵位を嵩に着て人に意地悪するなんて最低だからお止めなさい。そういうことをすると、友達を失くすわよ」
何かを誤魔化すように、言葉を続けた。
「友達なんて……」
いらないと、勢いでハワードは言いかける。
その口を少女の手が塞いだ。
止められる。
「言葉は、口に出してしまったら取り返しがつかない。勢いでそれを口にする前に、ちゃんと考えてから口に出しなさい」
注意された。
「友達が必要かそうじゃないかは個人の判断だけど、自分が困っている時に手を差し伸べてくれる誰かはいる方がいいわよ。それはどんな名称がつく関係でも構わないけれど、多くの場合、それを友達というのではないかしら」
言いたいことだけ言って、少女は去っていく。
ハワードは呆然とそれを見送った。
毒気が抜かれる。
「なんなんだ? あの女」
仲間に聞く。
「マリアンヌ・ランスローです。確か母親が大公家の令嬢だったはずです」
教えてくれる者がいた。
(つまり、自分は大公家の血を引いているから、自分の方が偉いってわけか)
ハワードはそんな捻くれたことを思う。
マリアンヌには負けないと、そう誓った。
その後は二ヶ月にに一度くらいのペースでマリアンヌとは顔を合わせた。
お節介なようで、困っている人がいると放っておけないらしい。
やれやれという顔で助けに入った。
そんなマリアンヌとハワードはことある毎にやりあう。
尤もそれは口げんかだ。
手は出さない。
一度、軽く押したらマリアンヌが怪我をしそうになったことがあった。
力は普通の少女よりむしろ弱いらしい。
運動神経とかもさして良くないようだ。
怪我をさせるつもりはないので、手は出さないことにする。
そんな感じでやりあうことは、二年ほど続いた。
だがある日を境にばったりと、マリアンヌは貴族の集まりに顔を出さなくなる。
マリアンヌの母親が男の子を出産したと聞いたのは、半年ほど過ぎた頃だった。
書きたいと思って書けなかったので、今、ここで。




