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閑話:プレゼント

本編に関係ない話です。




 ラインハルトは紳士としての教育を受けた。

 女性にはプレゼントを贈るものだと教えられる。

 好意の有無に関わらず、女性には気遣いをするべしと叩き込まれた。

 それは間違いではない。

 実際、花束一つで女性の機嫌はずいぶんと変わった。

 男性よりずっと、女性は感情的に生きている。

 損得より、感情を優先することがあった。

 ラインハルトにとって、その思考は理解し難いところもある。

 何故損をすることがわかっていて、感情のままに行動するのかわからなかった。

 だが、そういうものなのだと受け入れる。

 それ以来、基本的に女性に会うときは花束を用意することにしていた。

 たいていの女性は喜んでくれる。

 しかし、もっとも喜んで欲しい相手には微妙な顔をされた。






 ランスローを離れて以来の久しぶりのマリアンヌとの再会に、ラインハルトはテンションが上がっていた。

 浮かれて、花束を用意する。

 今まで、マリアンヌには花をプレゼントする機会がなかった。

 出会いはお妃様ゲームで、その後は直ぐに婚約する。

 その後もばたばたと慌しい日々が続いた。

 プレゼントを贈るという発想に至らない。

 初めて、花束を用意した。

 婚約者に相応しい、豪華で大きな花束を作る。

 今まで渡してきた小さなブーケのような社交辞令用の花束とはまったく違った。

 心の底から贈りたい相手へのプレゼントに、気合が入る。


 だが大きな花束を受け取ったマリアンヌは微妙な顔をした。


「ありがとうございます」


 礼は言う。

 だが、気を遣っているのはありありとわかった。

 少し迷って、口を開く。


「今日は何か特別な日だったでしょうか?」


 首を傾げた。


「いえ、何もありません」


 ラインハルトは首を横に振る。

 それを見て、マリアンヌは安堵した。

 自分が忘れていると思ったらしい。


「久しぶりに会うので、プレゼントしたくなっただけです」


 ラインハルトは理由を口にした。


「そうですか。わたしが忘れているのではなくて、ほっとしました」


 マリアンヌは良かったと笑う。

 ラインハルトも微笑んだ。

 だがその笑みは苦笑いに変わる。

 マリアンヌがたいして花を喜んでいないのがわかった。


「花は好きではなかったですか?」


 ラインハルトは尋ねる。


「いえ、そういう訳では……」


 マリアンヌは言葉を濁した。

 困った顔をする。


「本当のことを教えてください。これから、私たちは夫婦になるのです。今後花束を贈るたびに微妙な顔をされるのはわたしも辛いです」


 ラインハルトは訴えた。


「……そうですね」


 マリアンヌは頷く。

 ラインハルトの言い分に納得した。


「わたし、花は嫌いではありません。自分でも育てるくらいだから好きです。でも、切花にはあまり興味がないのです。切ってしまったお花は直ぐに枯れてしまうでしょう? ちょっと可哀想な気がします。やはり花は野に咲いているのが一番素敵だと思うのです」


 マリアンヌは説明する。


「ですから、わたしには花束より花やお野菜の種とか苗とか。お菓子とか果物とかそういうものの方が嬉しいです」


 自分が嬉しいものをいくつか挙げた。


「なるほど、わかりました」


 ラインハルトは頷く。

 欲しいものを言われた方が、贈る方は助かった。

 ついでにもう一つ、聞くことにする。


「実は婚約の記念に、マリアンヌに何か贈ろうと考えています。勝手に私が選ぶつもりでしたが、この調子だと、マリアンヌに喜んでもらえるものを選ぶのは、私には難しいようです。何が欲しいか、聞いてもいいですか?」


 ラインハルトはマリアンヌにプレゼントを贈る計画を立てていた。

 何か記念に残るものを贈りたい。

 だがマリアンヌは普通の女性のように、宝石を贈れば喜ぶというわけではないだろう。

 プレゼントはサプライズが基本だが、マリアンヌにそれは無謀な気がしてきた。


「形として残るものでなければ駄目ですよね?」


 マリアンヌは確認する。


「ええ」


 ラインハルトは笑った。

 形として残らないなら何が良かったのか、ちょっと聞いてみたい気もする。


「そうですね……。宝飾品とかは十分持っているのでいりません」


 一番に、宝石類を拒否した。


(やっぱり)


 ラインハルトは心の中で呟く。

 聞いて良かったと思った。


「形に残るものなら……そうですね。オルゴールとかはどうでしょう?」


 マリアンヌは答える。


「オルゴールですか?」


 予想外の言葉に、ラインハルトは意外な顔をした。

 わりと普通だ。

 もっと突拍子もない物を言われると思っていた。


「今、意外と普通だという顔をしましたね」


 マリアンヌは笑う。


「そんなことはないですよ」


 ラインハルトは誤魔化した。

 だが、マリアンヌにはばれている。


「ラインハルト様はわたしを何だと思っているのですか? わたしだって、普通の令嬢ですよ」


 反論されたが、十分に普通ではない。


「いえ、普通の令嬢は宝飾品を欲しがるものです」


 ラインハルトは言い返した。


「そうですか? でも、もうすでに十分持っているので、必要ないのです」


 亡くなった母の宝飾品を全て受け継いだのだと、マリアンヌは話す。

 その顔は嬉しそうだ。

 母親のものを貰ったことが嬉しいらしい。


「いつか、私の母の宝飾品も受け取ってもらえますか?」


 ラインハルトは聞いた。

 母が遺した宝石はラインハルトが受け継いでいる。

 使われることなく、長い間しまったままになっていた。


「ええ。もちろん」


 マリアンヌは頷く。


「ラインハルト様のお母様のものですもの。大切にしますね」


 笑った。

 そんなマリアンヌが愛おしい。


「少しだけ、抱きしめてもいいですか?」


 ラインハルトは聞いた。


「……ちょっとだけならいいですよ」


 マリアンヌは辺りを見回す。

 ラインハルトの側にいたルイスがすっと明後日の方を向いた。

 ラインハルトはマリアンヌを抱きしめる。

 その背中をマリアンヌの手がポンポンと優しく叩いた。






宝飾品をプレゼントすると言われたら、「いえ、大丈夫です」と断るタイプです。

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