閑話:出立
シエルサイドのお話です。
第二王妃が来ることになり、離宮はなんだか浮き足立っていた。
使用人たちが緊張しているのがわかる。
第二王妃は厳しい人のようだ。
使用人たちは念入りに客間の掃除をしている。
シエルは邪魔にならないよう、マリアンヌと一緒に部屋に引きこもっていた。
昼食の後は、自分の部屋に戻る。
客室ですべてが終わるのを待った。
午後のお茶の時間になり、シエルのところにもメイドがお茶とお菓子を運んできた。
どんな様子なのか、シエルはメイドに聞く。
だが第二王妃はまだ来ていないそうだ。
シエルは不安になる。
しかし自分に出来ることは何もなかった。
それをもどかしく思う。
お茶を飲みながら、シエルは悶々とした。
状況が何もわからないので、心配が募る。
時間がとても長く感じられた。
何度目かのため息が口からこぼれた頃、ドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
シエルは返事をした。
マリアンヌがドアを開けて入ってくる。
何やら焦った顔をしていた。
シエルは一気に不安になる。
何があったのか尋ねた。
だが、お茶会そのものは成功だったらしい。
マリアンヌは簡単に状況を説明してくれた。
さしあたり、命を狙われることはなくなったようだ。
シエルは安堵する。
だがそれなら、焦った顔をしているのか腑に落ちなかった。
その理由は直ぐにわかる。
マリアンヌが心配しているのは自分だった。
第二王妃が意味深なことを言ったらしい。
王都を離れてランスローに帰るように言われた。
シエルは戸惑う。
マリアンヌのことが心配だ。
できれば、ずっと側にいたい。
だがそれが出来ないのはわかっていた。
シエルにも次期領主としての仕事がある。
そして何より、自分の存在が姉にとって弱点になることを自覚していた。
自分のためなら、姉はどんな犠牲でも払うだろう。
そんな自分は王都にいない方がいい。
シエルはランスローに帰ることにした。
そもそも、当初の滞在予定は過ぎている。
本来であれば、とっくにランスローに戻っているはずだった。
マリアンヌは思い立ったら、早い。
あっという間に手配してしまった。
王都を出発するのは明日だが、大公家の馬車に乗るので今日の内に大公家に移動することになる。
身の回りの必需品だけ、シエルは荷造りした。
メイドが手伝ってくれる。
マリアンヌはずっと不安な顔をしていた。
姉にそんな顔をさせたくないシエルは、苦く笑う。
「そんなに心配しないで」
囁いた。
「心配だわ」
マリアンヌはため息をつく。
「シエルに何かあったら、わたしは相手を許せない」
眉をひそめて、困った顔をした。
自分が暴走することを自覚している。
シエルは姉にそんなことをさせるわけにはいかないと思った。
マリアンヌは優しい。
とても愛情が深い人だ。
だがその分、自分の大切なものを守るためなら手段を厭わない覚悟がある。
「大丈夫。無事にランスローに戻るよ」
シエルは約束した。
少しだけ、マリアンヌの表情は緩む。
愛しげにシエルを見つめた。
シエルが大公家に戻ると、今度は大公家が慌しくなった。
マリアンヌからの手紙は直ぐに祖父のところに届けられる。
祖父は手紙を読むと、馬車の手配を命じた。
翌日、出発する準備が整えられる。
シエルはとりあえず客室に通された。
休んでいると、部屋のドアがノックされる。
父が入ってきた。
シエルは少し驚く。
父はもうランスローに帰ったと思っていた。
当初の滞在予定は過ぎている。
父には、マリアンヌが心配だからしばらく王宮に滞在することになったと手紙で伝えていた。
あえて詳しくは説明しない。
余計な心配をかけたくなかった。
そして連絡を取ったのはその一度きりで、後は連絡していない
父を巻き込みたくないとマリアンヌは言った。
連絡を取らなくても、父は父なりにやるだろう。
マリアンヌもシエルもあまり心配はしていなかった。
「父様はもうランスローに帰ったと思っていました」
シエルは呟く。
「マリアンヌが狙われていると聞いて、王都を離れるわけにはいかないだろう?」
父は苦く笑った。
「心配をかけて、すいません」
シエルはマリアンヌの代わりに謝る。
「それはいいんだよ。それより、話を聞かせてくれ」
シエルは促され、ざっとことの顛末を話した。
「そうか……」
父はただ、頷く。
「姉さんは僕が心配らしくて、直ぐにでも王都を離れるように言われました」
シエルが大袈裟だと思いながらそう言うと、父は思いの外真剣な顔をした。
「シエルはマリアンヌの弱点だからね。王都を離れるのはいい判断だと思うよ」
そう言われる。
「……」
シエルは黙り込んだ。
「王宮って怖いところですね」
一言、呟く。
「そんなところに姉さんを置いておくのは心配です」
不安で胸がいっぱいになった。
「そうだね」
父は頷く。
「でも、マリアンヌがそれを選んだのだから仕方ない」
ため息をついた。
「そうですね」
シエルも頷く。
納得はしていた。
だが、それでも心配なことには変わりない。
「ところで、父様はこの一週間あまり何をしていたんですか?」
話題を変えるように問うた。
父は微笑む。
「旧い友人とようやく和解してね。旧交を深めていたよ」
とても嬉しそうに言った。
父のそんな浮かれた顔は久々に見る。
考えてみれば、最近はいろいろあって父は厳しい顔をしていることが多かった。
気苦労が絶えないらしい。
「それは良かったですね」
シエルは微笑んだ。
翌朝早く、シエルと父は王都を出発した。
ラインハルトが自分の護衛騎士をつけてくれる。
マリアンヌへの気遣いをそこに感じた。
父は少し安心した顔をする。
娘が夫に大切にされていることを感じたようだ。
少なからず悔しいが、ラインハルトは良い夫だとシエルも思う。
姉は幸せになれると、信じることが出来た。
お父さんは連日、ルイスたちの父とお酒を楽しく飲んでいました。




