閑話:レティシア(後編)
こんないろいろがマリアンヌの知らぬところで起こっていました。
ネズミの死骸がラインハルトの離宮に投げ込まれたことはあっという間に噂になった。
レティシアは自分の冗談を侍女が実行したことに驚く。
問い詰めようとして、考え直した。
侍女にとっては冗談も、主の口から出れば命令のように聞こえたのだろう。
責めることは出来なかった。
だが今までの慎重な行動とは違い、侍女のお粗末な行動は直ぐに犯人を特定されるだろう。
困ったことになった。
レティシアは今後のことを思案する。
良い案は浮かばなかった。
悩んでいる間に、新たな展開が起こる。
マリアンヌからお茶会の招待状が届いた。
どうやら、犯人だと特定されたらしい。
手紙を開きたくなかった。
とても気が重い。
いっそ届かなかったことにしてしまいたすった。
だがもちろん、そんな言い訳が通るはずがない。
レティシアは執事に手紙を開封させた。
手紙と共に、封筒から何かがひらりと落ちる。
メイドは拾って、レティシアに渡した。
その花には見覚えがある。
自分が取り寄せた鉢植えの花に似ていた。
この辺では自生していない珍しいものだ。
簡単に手に入るものではない。
レティシアは違和感を覚えた。
花は紙みたいに押しつぶされている。
それを見た、執事やメイドはざわついた。
レティシアへの宣戦布告かと身構える。
それをレティシアは片手で制した。
何度か目にしたマリアンヌは、自分からケンカを売るような好戦的な人間には見えない。
だが、売られたケンカは買うようだ。
ネズミの死骸を投げ込んだことを、宣戦布告だと受け取った可能性は十分にある。
レティシアは手紙を読んで判断しようと思った。
びっしりと便箋に書かれた文章に目を通す。
とても回りくどい言い方で、話があるから会おうと書かれてあった。
それは後々証拠にならないように、直接的な表現は避けてあいまいな表現で伝えている。
とても貴族的な感じがした。
レティシアは驚く。
マリアンヌのイメージにそぐわない手紙だった。
こんな手紙も書ける人物だったのだと、認識を改める。
油断ならない相手だと思えた。
手紙には、同封した花について触れてある。
その文章を読んで、レティシアはひどく驚いた。
上から降ってきた鉢植えの花をおすそ分けすると書いてある。
残りの花は庭に植えたので、心配は無用ですと続いていた。
つまり、自分が鉢植えを上から落とした犯人だと疑われているのだろう。
だがそんなことをした心当たりはなかった。
レティシアはメイドに鉢植えの数を数えさせる。
すると、一つ無くなっていた。
どうやら、マリアンヌを狙って落とされた鉢植えは自分のものだったらしい。
誰かが自分に罪を被せて、マリアンヌを害そうとしていることにレティシアは気づいた。
執事に命じて、犯人を捜させる。
レティシアは時間がかかるのを覚悟した。
だが有能な執事はその日の内に犯人を突き止めてくる。
どうやら、こんなに早くことが発覚すると犯人は考えていなかったようだ。
証拠をポロポロと残す。
普通の王族は、命を狙われても隠した。
命を狙われるということは、民の信頼を失くしたことに等しい。
不名誉なことでしかなかった。
少なくとも、犯人だと目星をつけた相手に、挑発するように証拠を送りつけたりはしない。
マリアンヌが隠せば、鉢植えの件が発覚するのはもっとずっと後だったはずだ。
その頃には、証拠は残っていなかっただろう。
だがマリアンヌは普通ではなかった。
堂々とお茶会の招待状に花を同封する。
来なければ、鉢植えの件を公にすると脅されているようにレティシアは感じた。
おかげで、事態はすぐに発覚する。
レティシアの知ることとなった。
次の日には、犯人は捕らえられる。
マルクスの妃の兄で、恨まれる心当たりはありすぎるほどあった。
マルクスの妃として迎えたのは、レティシアにとっても縁戚にあたる令嬢だ。
たくさんいる異母兄が婿入りした先の一つで、家柄は申し分ない。
だがマルクスと合わないどころか、レティシアとも合わなかった。
散々揉めた挙句、度々実家に里帰りするようになる。
レティシアに苛められるのだと、逃げ帰った。
子供を産んで一年と経たない内に、実家に帰ったまま王宮に戻ってこなくなる。
そんな妃とマルクスは離婚を決めた。
妃の都合のいいタイミングで別れることになっているらしい。
だが、妃を王妃にしたい家族がそれを許さないようだ。
離婚話は進まずにいる。
妃の実家の人間は、レティシアがいなくなればマルクスと妃がやり直せると考えているようだ。
2人の離婚の原因はレティシアではないのだが、妃は自分の都合のいいようにしか語らないのだろう。
自分がマルクスに嫌われているとは言いたくないようだ。
そんな女のプライドは、理解ではないわけでもない。
レティシアは今まで、誤解を解こうとはしなかった。
その結果がこれなので、甘い自分を悔いる。
さっさと妃を切っておくべきだったと思った。
レティシアの命で、翌日、極秘裏に妃の兄は捕らえられた。
こっそり、レティシアの前に連行される。
自分の罪がばれたことを察した彼は自ら毒を煽った。
自害する。
自らの手で、自分の罪に決着をつけた。
レティシアは何もしていない。
自害のための毒物がその辺に転がっていたのはたまたまだ。
それを飲めるくらい、縛られた縄が緩んでいたのも偶然に過ぎない。
偶然が重なり、追求する前に彼は死んでしまった。
死人に口はない。
ついでに自分の罪も彼に被ってもらうことにした。
同時に、妃に連絡を取りマルクスに返事をするように命じる。
これで離婚も進むだろう。
後は、全て解決したことをマリアンヌに伝えるだけだ。
お茶の招待に返事を出すことにする。
なんだかんだですでに三日が経っていた。
だがすべてが終わってからしか返事が出せなかったので、仕方ない。
レティシアは回りくどい言い方で、返事を出した。
お茶会当日、出迎えてくれたのはマリアンヌだけだった。
ラインハルトもいなければ、噂の弟もいない。
相変わらず地味で、特筆すべきことは何もない感じの令嬢だ。
丸め込みやすく思える。
だが、少し話しただけで変わっているのはよくわかった。
あの貴族的に完璧な手紙を書いた人物には見えない。
回りくどい言い方はせず、ズバズバ核心をついてきた。
おかげで話は早い。
頭の回転は悪くないだろうと思っていたが、そのようだ。
いろんなことを考え、最適な言葉を選んでいるように見える。
面白いので、興味を持った。
離宮の生活は退屈だ。
王妃には何も仕事がない。
暇を持て余していた。
その時間潰しに、マリアンヌはちょうどよく思える。
少なくとも、退屈はしなさそうだ。
うっかり気が緩んで、レティシアは言わなくてもいいことまで口にしてしまった。
後からそのことに気づいたが、マリアンヌにそれを利用しようとしている気配はない。
犯人を捕まえ、処分したと話すと安堵した。
簡単にレティシアの話を信じる。
レティシアは詳しく説明した。
すべてが彼の仕業だったことにする。
それをマリアンヌが信じるかは賭けだ。
マリアンヌが賢ければ、騙されたふりで手を打つだろう。
犯人が捕まったから、もう命を狙われることはない。
それが嘘だとわかっていても、マリアンヌは乗るべきだ。
マリアンヌは結局、レティシアの話を受け入れた。
今後の安全が保証されるなら、これ以上の犯人探しはしないことで手を打つ。
そんなマリアンヌを見て、レティシアは不思議な気持ちになった。
少しも似ていないのに、話しているとフローレンスを思い出す。
もっとも、レティシアがフローレンスのと話したことがあるのは最初のお茶会の一度きりだ。
それも直接話したというよりは、フローレンスが誰かと話すのを聞いていたというのが正しい。
フローレンスのことなど、よくは知らなかった。
それなのに、マリアンヌに面影が重なる。
それはレティシアを少しばかり動揺させた。
レティシアも戸惑っています。




