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閑話:レティシア(前編)

悪い人ではないのです。




 レティシアは侯爵家に生まれた。

 爵位こそ侯爵で一番上ではない。

 だがそれを補ってあまりある財力を父は持っていた。

 その分遊び人でもあったので、兄弟は多い。

 同母の兄弟だけでなく、異母兄弟もいた。

 だがいずれも男で、娘はレティシア一人だ。

 そのせいか、父にも家族にも可愛がられる。


 レティシアは自分の容姿が人より優れていることを小さな頃から自覚していた。


 “可愛くて賢い女の子”


 そう誉められるのが嬉しくて、勉強も頑張る。

 努力すれば、何でも一番なれた。

 レティシアは自分が一番であることを当然だと思っていた。

 自分より上の存在など、レティシアの世界には存在しない。


 だが社交界へのデビューが近づいた頃、自分がただの世間知らずであったことを思い知った。

 一番だと信じていた自分より上がいる。

 社交界では、常に彼女の名前が人々の口に上っていた。

 彼女はフローレンスと言う。

 大公家の令嬢で、父親にも兄にも可愛がられていた。

 大変美しい少女で、すでに王都の華と渾名されている。

 彼女はレティシアと同い年で、社交界にデビューするのも一緒だ。

 誰もが彼女と顔を合わせるのを楽しみにしている。

 たくさんの招待状が彼女の家には届いていると聞いた。

 もちろん、レティシアのところにも招待状は届いている。

 だが自分が二番手であることを、誰よりもレティシア自身が自覚していた。


 レティシアはフローレンスがどんな少女なのか、一度見ておきたいと思った。

 彼女が参加するというお茶会に自分も出る。

 十人ほどの令嬢でテーブルを囲んだ。

 こんなに大勢でテーブルにつくのは珍しい。

 だが、大掛かりになってしまったのには理由があった。

 主催者はフローレンスと親しかった。

 彼女が参加することが噂になって、招待客全員から出席の返事が届いたらしい。

 誰もがフローレンスに会いたがっていた。


 お茶会に現れたフローレンスは噂に違わぬ美少女であった。

 身にまとう空気が違う。

 彼女の周りだけ、光が集まるようにキラキラしていた。

 頭も悪くないらしく、人のあしらいも上手い。

 みんなの視線を一身に浴びながら、平然とそれをやり過ごしていた。

 注目されることには慣れているのだろう。

 格の違いというものがあるとすれば、レティシアはそれを見せ付けられた気がした。


(自分は敵わない)


 それを悟る。

 レティシアは打ちのめされた。


 それ以後、レティシアは意識的にフローレンスを避けるようになった。

 同じパーティに出席することがあっても、近づかない。

 向こうはレティシアの存在に気づいていないのか、声を掛けられたこともなかった。

 フローレンスにとって、自分は取るに足らない存在なのであろう。

 それを思い知らされている気がした。


 だがレティシアにも一つだけ、フローレンスに勝っていることがある。

 それは結婚を申し込まれている数だ。

 レティシアはたくさんのプロポーズを受けている。

 今は父が娘をどこに嫁がせるか、検討している最中だ。


 フローレンスには、誰も結婚を申し込んでいないと聞いている。

 あまりに高嶺の花過ぎた。

 大公家の娘で、あの美貌だ。

 並みの相手では釣り合いが取れない。


 国王の三番目の妃として嫁ぐのではないかと、噂にもなっていた。

 国王は先日、即位した。

 二人目に娶った妃が王子を出産する。

 それによってようやく、王子は国王になることが出来た。

 病弱な父王に替わって、王位に就く。

 即位と世継ぎの誕生に、王宮は浮かれていた。

 この良い流れのまま次の妃をという話が持ち上がるのも無理はない。


 先王は虚弱な人だ。

 床に臥せるほどではないが、いつ、体調を崩してもおかしくない。

 王子は一人しかいないので、次期国王は決まっていた。

 本当は直ぐにでも、周囲は王子に王位を継がせたかった。

 だがそれに必要な条件が揃っていない。


 長い間、王子は一人しか妃を娶らなかった。

 心から愛したその一人のために、他の妃を拒む。

 だが不運にも、妃はなかなか身篭らなかった。

 次の跡継ぎである息子が生まれなければ、王子は国王になれない。

 結局、父王の体調が思わしくないことを考慮して、王子は二人目の妃を娶ることにした。

 嫁いだ妃は早々に懐妊する。

 王宮は安堵に包まれた。

 無事に出産し、男の子が生まれる。

 それにより、王子は国王に即位した。

 だが重臣たちはまだ安心してはいない。

 王子が一人では心許なかった。

 もう一人、妃を娶ってお子様を……と周りが考えるのも当然だろう。

 そしてそのお妃候補の筆頭がフローレンスのようだ。

 ほぼ決まりだと、誰もが思っている。

 その人選にはみんなが納得していた。

 レティシアさえ、さもありなんと思う。

 フローレンスは王妃に相応しいだろう。


 噂を聞いた貴族たちは、結婚を申し込むなんておこがましい真似が出来なくなった。

 後々、王妃に言い寄った男などと言う不名誉な呼び名で、呼ばれるわけにはいかない。


 レティシアはフローレンスの結婚が、早く決まればいいと思っていた。

 同じ土俵からいなくなって欲しい。

 そうすれば、レティシアは心穏やかでいられるだろう。

 フローレンスがいるだけで、レティシアの心は乱れた。

 それは嫉妬なのか羨望なのか憧れなのか、自分でもよくわからない。

 どれもが当たりのようで、どれもが違う気がした。

 自分に一瞥も与えることのないフローレンスをレティシアは恨めしく思っている。


 だが、フローレンスが国王の妃になることはなかった。


 ある日突然、彼女は王都から姿を消す。

 辺境地の男爵に恋をして、押しかけた。

 予想外の展開に、レティシアはただただ驚く。

 話を聞いて笑ってしまった。

 王妃の座を捨てて、辺境地の男爵夫人の座を選んだフローレンスが理解出来ない。

 だが自分の人生を自分で選び取った姿には、少なからず思うこともあった。


 しかし、それが決して他人事でなかったことをほどなくレティシアは知ることになる。

 フローレンスの代わりに、自分が国王の三人目の妃になることが決まったと父に教えられた。





自分なりに頑張ってはいるのです。

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