思い切った提案
思い切りも必要です。
マルクスの執務室はその性格を反映していた。
余計なものがないシンプルな部屋で、資料だけはたくさんある。
アルフレットに案内されて室内に入ると、机に向かって書き物していたらしいマルクスが顔を上げた。
「朝から呼び出して申し訳ないね」
穏やかに笑う。
その顔はレティシアと似ていた。
だがずっと優しく見える。
性格が反映されていた。
わたしは勧められて、ソファに座る。
マルクスも向かい側に移動した。
アルフレットはメイドを呼び、お茶を淹れさせる。
ティーカップが目の前に置かれ、メイドが部屋を出て行くまでマルクスは天気の話とかをしていた。
どうでもいい世間話で時間を潰す。
わたしはカップを手に取り、一口啜った。
アールグレイなのは、マルクスの好みなのだろう。
離宮のお茶は基本的にラインハルトの好みに合わせてある。
アールグレイは置いていなかった。
わたしの好みも聞かれたが、特にないのでラインハルトに合わせると答えた。
アントンに驚いた顔をされたことを覚えている。
王族の女性はお茶の好みも煩いらしく、わたしみたいな無頓着な人間は珍しいようだ。
わたしはお茶なら何でも美味しく味わえるお手軽なお茶好きなので、何でもいい。
あえていうなら緑茶が飲みたいが、そんな無理な注文をするつもりはなかった。
しかし、紅茶も緑茶も元の茶葉が同じであることは前世の記憶にあるので、暇が出来たらチャレンジしようとは思っている。
やりたいことは案外たくさんあるのに、その時間が取れなかった。
(今でさえ慌しいのに、マルクスの仕事を引き継ぐなんて無理じゃないかしら)
その他大勢のわたしは自分の力を過信したりしない。
無理なことは無理だ。
出来ないことは出来る人に回したい。
レティシアは付き合いやすい相手ではないが、頭はキレるので仕事を回しても差し支えない気がした。
「母上と会ったそうですね」
そんなことを考えていたら、マルクスの口からレティシアの話が出る。
ピクッと身体が反応した。
「はい」
わたしはただ、頷く。
余計なことは口にしなかった。
「何かあったのですか?」
マルクスは問う。
(えーと……)
わたしは心の中で一拍、置いた。
誤魔化す言葉を探す。
本当のことは言い難かった。
不仲であっても親は親だ。
悪い話は聞きたくないだろう。
「第三王子の妃として、ご挨拶した方がよろしいかと思いまして」
お茶に招いた理由を口にした。
作り笑いを浮かべたが、ちょっと引きつる。
こういうのは得意でなかった。
当然、マルクスには直ぐに見抜かれる。
「余計な気遣いは無用です」
そう言われた。
真っ直ぐ見つめられる。
嘘は吐き難かった。
わたしは一つ、ため息をつく。
本当のことを話すことにした。
「わたしの命を狙っていたのが、どうやらレティシア様だったようなので……」
ぼそっと口にする。
マルクスの後ろに控えているアルフレットがぎょっとした。
声は上げなかったが、動揺しているのがわかる。
それは自分の主であるマルクスにも累が及ぶかもしれない事態だからだ。
だからこそ、わたしは何もなかったことで手を打った。
関係がない誰かが処分されるのは困る。
マルクスは一瞬、目を見開いた。
だが直ぐに冷静さを取り戻す。
「あの人なら、やりそうなことですね」
ため息をついた。
そこには家族の情より、諦めの感情が読み取れる。
「まあ、すべてはなかったことで手を打ったので、マルクス様に影響することはありません」
わたしは簡潔に結論を述べて、その話は終わりにしようとした。
だが、マルクスは詳細を聞きたがる。
結局、全てを説明させられた。
「……妃の兄ですか」
マルクスは複雑な顔をする。
「レティシア様の物言いでは、自分を恨んでいる的なニュアンスが感じ取れました。何故、彼がレティシア様を恨むのでしょう?」
知りたかったことを、ついでなので聞いてみた。
「妃の件でしょうね」
マルクスは答える。
「わたしと妃は気が合わなくて、一年も持たずに妃が実家に帰って戻ってこなくなったことは話しましたよね?」
問われて、わたしは頷いた。
その時のわたしはまだ王宮のことを詳しく知らなかった。
そんなものなのかと受け止める。
だが王宮で暮らしてみて、違和感を覚えた。
気が合わないのは、フェンディ様とお妃様も同様だ。
だが2人の妃は実家に帰ったりはしていない。
顔を合わせたくないなら、合わせない方法はいくらでもあるからだ。
事実、2人のお妃様たちは王宮で暮らしているが、フェンディ様とは別居状態だ。
2人の妃に自分の離宮を明け渡し、フェンディ様は王宮のどこかで暮らしている。
朝の挨拶がなければ、顔を合わせることもないようだ。
同じことをしようと思えば、マルクスたちも出来ただろう。
それでも実家に帰った妃にはそうするだけの理由があったのだと察する。
気づいたが、そんなプライベートな話題に立ち入るつもりはなかった。
「妃が実家に帰ったのは私との不仲も一因ではありますが、それ以上に母とそりが合わなかったのです」
マルクスは教えてくれる。
話を聞く限り、同族嫌悪という感じがした。
マルクスの妻はある意味、レティシアと性格が似ていたらしい。
「妃の実家は母を恨んでいるでしょうね」
マルクスは苦笑した。
「いろいろ複雑なのですね」
わたしはため息をつく。
「ええ」
マルクスは頷いた。
そこには疲れが見える。
心底、うんざりしているようだ。
血が繋がっているから、縁は切れない。
そのことにもやもやしている気持ちがびしばし伝わってきた。
「そんな話を聞いた後に言い出すのはとても心苦しいのですが……」
わたしは思い切って、口を開く。
「マルクス様がわたしに回そうとしている仕事の全部か一部、レティシア様に回すのはどうでしょう?」
予想外の提案に、マルクスもアルフレットもただ驚いた。
アルフレットはずっとびっくりしていますね。




