面倒な王族
愚痴を聞いてくれるラインハルトはいい旦那さんですね。
王宮に嫁ぐことになった時、わたしの脳裏に浮かんだのは大奥だ。
ああいう、女同士の権力争いがあるのではないかと身構える。
マウンティングの取り合いなんて、わたしは苦手だ。
できれば関わりたくない。
気が重かった。
だから、王妃や王子たちがそれぞれ別の離宮で暮らすスタイルにほっとする。
後宮という場所がそもそも存在しなかった。
基本的に、妃たちは顔を合わせる機会が少ない。
行事に呼ばれるのは男性王族のみで、女性の参加が求められることはほぼなかった。
顔を合わせないようにしようと思えば、いくらでもそう出来る。
実際、普通に暮らしていると同じ王宮にいるはずのほかの王族と顔を合わせることは滅多になかった。
会おうと思わなければ、会わなくてすむようになっているのはわざとかもしれない。
接触しなければ、軋轢も生まれなかった。
今後も適度な距離感を保ち、公の場でのみ顔を合わせる付き合いを他の妃たちとは続けようと、わたしは心密かに決める。
誰かと親しくなることは避けようと思っていた。
だが、そんな目論見は早くも崩れる。
レティシアにロックオンされたのを感じた。
このまま何もしなければ、わたしは第二王妃の派閥の人間にされてしまうだろう。
お茶の招待に乗ったのは、そんな意図もあることに今さら、気づく。
それが分かっていて、放置することは出来なかった。
回避するためには、第一王妃やフェンディの妃たちとも仲良くする必要がある。
どちらにも属していないのだと、アピールする必要を感じた。
「はあぁ……」
その日何度目かのため息をわたしは吐く。
「マリアンヌ?」
ラインハルトは心配そうにわたしを見た。
話を終えたルイスが帰った後、わたしたち夫婦はそれぞれ風呂に入り、着替える。
早々に寝室に引っ込んだ。
なんだかとっても、わたしは疲れている。
これが悪阻の眠気なのか、それともレティシアと会った気疲れなのか、自分でもよくわからなかった。
だが重苦しい気持ちなのは確実にレティシアのせいだとわかる。
「考えれば考えるほど、自分が失敗した気がします」
わたしはラインハルトに訴えた。
だが、どうすれば正解だったのかもわからない。
敗北感で今、わたしの胸はいっぱいだ。
そんなわたしを、ラインハルトはソファに座らせる。
メアリを呼んで、ホットミルクを用意させた。
温かなカップを手渡される。
これを飲んで少しは落ち着けといいたいのがわかるから、わたしは黙って、カップに口をつけた。
優しい甘さに少し気持ちが緩む。
大きく息を吐き出した。
ラインハルトはわたしの隣に座る。
腰に手が回った。
引き寄せられ、わたしは素直に凭れる。
「どうすれば正解だったのでしょう?」
問いかけた。
「マリアンヌのやり方で正解だったと思いますよ」
ラインハルトは慰めてくれる。
「結果として、身の安全は確保できたわけです。それ以上望むのは欲張りかもしれません。何もかもすべて、自分の思い通りにいくわけがないでしょう?」
諭すように問われた。
「そうですね」
わたしは頷く。
自分が欲張りなのはわかっていた。
だが、とても面倒な状況に凹む。
もっと上手くやれたのではないかと、後悔が残った。
「わたし、王妃様たちや他のお妃様とは距離を取ったお付き合いをするつもりでいたのです」
ラインハルトに打ち明ける。
「第一王妃も第二王妃も悪い人ではありませんよ」
大丈夫だと、ラインハルトは励ましてくれた。
「わかっています」
わたしは頷く。
「本当に害がある存在なら、国王様がなんらかの手を打っているでしょう。そうしないのは、放っておいても大丈夫だからだと思います」
基本的にいい人であることは疑っていなかった。
だがいい人がわたしに対しても優しいとは限らない。
「でも王妃様たちにとっても、フェンディ様のお妃様たちにとっても、わたしが邪魔な存在であることも自覚しているのです。そんな自分を嫌っているかもしれない相手と、親しくなって仲良くなろうなんてポジティブな考え、わたしは持ち合わせていません。自分を嫌う相手とは、関わりにならないことで互いに心の平安を保ちたいタイプなのです」
わたしの言葉を聞いて、ラインハルトは意外な顔をする。
「マリアンヌは誰とでも仲良くなりたいのだと思っていました」
そう言って、笑った。
「そんなに脳天気ではありません」
わたしは怒る。
口を尖らすと、ラインハルトは楽しげな顔をした。
からかわれたらしい。
「確かに、誰とでも仲良くなれたらいいなとは思っています。それが理想です。みんなと仲良くなれたら、一番いいですよね。でも、それは無理な話でしょう? どこにでも一定数、どうしても相容れない人というのは存在するのです。仲良くなるのが無理な人もいるのですよ。そういう人とは適度な距離を保ち、互いに干渉しないのが一番です。関わらずに生きていくことが可能な相手なら」
わたしはため息を吐いた。
「王妃たちも妃たちも関わらずにいられる相手とは思えませんが……」
ラインハルトは困った顔をする。
「そうですね」
わたしは同意した。
「でも、必要最低限の付き合いであれば衝突することもほぼないでしょう? 多少のことなら自分が我慢すればいいと思ったので、なんとなくやっていけると思っていたのです」
渋い顔でラインハルトを見る。
ラインハルトは苦く笑った。
「そんな自分が甘かったと、そういう意味でも凹んでいます」
わたしは愚痴る。
「そんなに王妃たちと付き合うのは気が重いですか?」
ラインハルトは尋ねた。
「気が重いというか、……面倒です」
わたしは打ち明ける。
その言葉に、ラインハルトは声を上げて笑った。
続いています。
マリアンヌの愚痴が続きます。




