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優しい人々

いい人に恵まれています。




 ラインハルトは決して、暇ではない。

 昼食も今日は戻らなかったと聞いていた。

 いろいろと事後処理が残っているのかもしれない。

 わたしは疲れたと言えば休むことが出来るが、そういうわけにはいかない王子様は大変だ。

 王族というのも楽な身分ではない。

 そのラインハルトが予定外に帰宅したことにわたしは戸惑った。

 シエルが来ていることを知っているのも、なんだか怖い。


「どうして、ラインハルトさまはシエルが来たことを知ったのかしら?」


 わたしは首を傾げた。


「それは離宮に来客があったことは旦那様にも知らされるからです」


 アントンが教えてくれる。

 王宮ではすべてが筒抜けのようだ。

 今さらだが、ここにはプライベートなんて言葉は存在しないらしい。

 わたしは困惑しながらシエルを見た。

 シエルも苦く笑っている。

 握っていたわたしの手を離した。


「お通ししてよろしいですか?」


 アントンはわたしに確認する。

 ラインハルトはこの家の主人だ。

 どこにでも自由に出入りできる。

 だが、客がいる時は別だ。

 ホストのわたしが許可しなければ、部屋に入れない。


「ええ」


 わたしは頷いた。

 アントンはラインハルトを呼びに向かう。

 シエルはすっと立ち上がった。

 ちょうどそのタイミングで、ラインハルトが部屋に入ってくる。


「お邪魔しています」


 挨拶して、シエルは自分がいた場所をラインハルトに譲った。

 向かい側に移動する。


「いらっしゃい」


 ラインハルトはシエルに笑顔を向けた。

 わたしの隣に座る。

 ラインハルトが座ったのを見てから、シエルは座った。


「何かあったのですか?」


 気になって、わたしはラインハルトに尋ねる。


「いや、何も」


 ラインハルトは首を横に振った。


「義弟が来ていると聞いたら、普通は挨拶に来るものだろう?」


 ラインハルトの言葉にわたしは首を傾げる。


(そんなものかな?)


 考えてもわかるはずがなかった。

 そういう経験は前世でない。

 だがラインハルトの言葉を疑う根拠もなかった。

 ラインハルトはじっとわたしの顔を見る。


「朝よりはだいぶ元気そうだ」


 安堵を顔に浮かべた。

 心配されていたのがよくわかる。


「シエルの顔を見たから元気になりました」


 わたしは可愛い弟を見た。

 にこりと笑う。

 シエルも微笑み返してくれた。

 穏やかで優しい空気が流れる。


「それなら、また遊びに来てもらわないと」


 ラインハルトも微笑んだ。


「わたしもそうしてもらいたいのは山々なのですが、無理そうです」


 わたしはため息をつく。


「何故です?」


 ラインハルトは不思議そうな顔をした。


「王族への面会は手順を踏む必要があるからです。わたしは初めて王宮に来たのはお妃様レースの時だったので、チェックがあることも知りませんでした。簡単に呼ぶわけにはいかないんですね」


 わたしは説明する。

 ラインハルトにとってそれは当たり前のことかもしれない。

 でもわたしやシエルには違った。

 毎回、あの手順を踏んでもらうのは心苦しい。


「それなら、滞在してもらえばいい」


 ラインハルトは簡単に言った。

 思いもしない言葉がその口から出る。


「え?」


 思わず、聞き返した。


「王宮が煩いのは出入りにだけだ。中にいる者に対してはさほど煩くない。シエルさえ良ければ一週間ほど滞在してもらえばいい。マリアンヌも退屈しないだろうし、私も安心です」


 ラインハルトは私にではなく、シエルに向かって言う。


「……」


 わたしは困惑した。

 思いがけない展開に、ついていけない。


「どうして急にそんなことを?」


 訝しく思った。

 ラインハルトはわたしを見て、微笑む。


「この2ヶ月、マリアンヌにはいろいろと無理をさせました。少しくらい、のんびりと楽しい時間を過ごしても罰は当たらないでしょう。久々に姉弟でゆっくりと過ごしてはいかがですか?」


 勧められた。

 その言葉を額面どおり取ってはいけないことはわかっている。

 だが、魅力的な提案をわたしは拒めなかった。

 シエルと一週間、一緒に過ごせるなんて嬉しい。

 裏に何があるとしても、今は目を瞑ろうという気になってしまった。


「シエル……」


 弟を見る。

 シエルはにこりと微笑んだ。

 母に良く似た綺麗な顔が、花が咲いたように綻ぶ。

 それだけで、わたしは癒された。


「そういうことでしたら、私は構いません」


 シエルは頷く。

 こうして、シエルがしばらく離宮で暮らすことが決まった。






 少し話しをした後、ラインハルトは仕事に戻って行った。

 ルイスが迎えに来る。

 時間がないのに、無理に抜けてきたようだ。

 ルイスに怒られている。

 ラインハルトは帰り際、アントンに指示を出した。


 シエルの滞在を聞いて、アントンは準備を始める。

 大公家に連絡を入れ、シエルの荷物を運ぶ手筈を整えた。

 そして荷物が届く前に客間の準備をする。

 あまりに忙しそうなので、何か手伝うことはないか聞いた。

 すると、とても迷惑そうな顔をされる。


「マリアンヌ様は何もせず、大人しくこちらでお茶を飲んでいていただけるのが一番助かります」


 余計なことをするなと、釘を刺された。

 どうやら、邪魔なだけらしい。


「……はい」


 わたしは返事をした。

 素直に引く。

 王族になったわたしの行動や言動が、多くの人に影響を与えることを自覚していた。

 そんなわたしを見て、シエルはくすくす笑う。


「何?」


 わたしは拗ねた。

 笑われて、嬉しいわけがない。


「思ったよりずっと、暮らしやすそうな環境でほっとした」


 シエルは微笑む。

 優しく目を細めた。


「そうね」


 わたしは頷く。


「みんな良くしてくれるわ」


 恵まれていると自分でも思っていた。

 離宮の使用人は誰も、わたしを男爵令嬢だと見下したりしない。

 それが当たり前のことではないことはわたしも知っていた。




思ったより暮らしやすいのです。

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