困惑
細切れですいません。
暇を持て余していたわたしは来客という言葉に、ぴくりと反応した。
「どなたかしら?」
相手を尋ねる。
「シエル・ランスロー様です」
アントンは答えた。
予想していなかった名前を聞いて、驚く。
「え?」
首を傾げた。
「今朝、招待状をお送りしました」
アントンは説明する。
そのやりとりをわたしは思い出した。
忘れていたわけではなかったが、一眠りしている間に頭から抜け落ちていたらしい。
わたし苦笑した。
「直ぐに通して」
アントンに向かって、にっこりと微笑む。
会えるのが嬉しかった。
シエルとは昨日も会っている。
たが、思うように話はできていなかった。
式が始まる前に控え室で少しだけ話をしたが、その後の挨拶の時は身体を気遣ってくれたようで、そそくさと立ち去られてしまう。
(そういえばあの時も、招待するから遊びに来てと言った覚えがある……)
そのことを今頃、思い出した。
昨日は離宮に戻ったら、どっと疲れが出た。
ソファに横になって、そのまま寝てしまう。
すっかり忘れていた。
今朝、アントンが招待状を送ってくれて助かったと思う。
「わかりました。そう伝えます」
アントンは返事した。
「伝えるってどこに?」
わたしは首を傾げる。
「門番にです」
アントンはそう言い残して、立ち去った。
「どういうこと?」
わたしはメアリに尋ねる。
「普通の貴族は王宮に入る時、招待状が必要です。でも、ただ招待状を持っていれば入れるわけではありません。門番はその招待状が本物であることを招待した本人に確認します。それが本物である確認が取れて初めて、王宮の中に入れるのです」
メアリは説明してくれた。
そんな面倒な手順があることを初めて知る。
ちなみにそれは表門を通る場合だそうだ。
城には裏門もあり、ルイスやアルフレットのような王族の側近や大臣などの役職を持つ貴族は裏門から入るらしい。
裏門には裏門の門番がいて、通行する貴族をチェックしていた。
こちらは顔見知りの貴族以外は通れないことになっている。
表門も裏門も通れるのは馬車のみだ。
歩いて城に入る使用人や商人にはまた別の入り口がある。
こちらは門ではなく、裏口という感じだそうだ。
当たり前の話だが、誰でも王宮に入れるわけではない。
チェックは必ず入るようだ。
「では、お妃様レースの時はそうとうイレギュラーな状態だったのね」
表門をノーチェックで通ったことを思い出す。
「そうですね。でもあの時も馬車には通行証が出されていたはずですから、まったくチェックがなかったわけではありません」
メアリはわたしの言葉を否定した。
どうやら、わたしが気づかなかっただけらしい。
アルフレットが一緒だったので、まかせっきりにしていた。
そんなことを話している間に、アントンが戻ってくる。
近衛騎士に案内されてシエルが来ることを教えてくれた。
「ありがとう」
礼を言って、わたしは立ち上がる。
迎えに出ようとした。
「どこへ行かれるんですか?」
それをアントンに止められる。
「どこへって、玄関まで迎えに」
わたしは答えた。
「なりません」
アントンは首を横に振る。
「シエル様は私が出迎えて、お連れします。マリアンヌ様はこちらでお待ちください」
そう言われた。
「でも……」
わたしは眉をしかめる。
少しでも早くシエルの顔を見たかった。
出迎えに行きたい。
「マリアンヌ様」
メアリにも厳しい声で名前を呼ばれる。
2人とも、わたしをこの部屋から出すつもりはないようだ。
わたしはソファに座り直す。
「……はい」
頷いた。
リンゴンと呼び鈴が鳴るのが聞こえる。
アントンは玄関に向かった。
わたしはそわそわしながらそれを見送る。
程なく、部屋の扉がノックされた。
「はい」
返事をして扉を開けたのは、メアリだ。
「どうぞ、お入りください」
そう言って、シエルを通す。
シエルは部屋の中に入ってきた。
きらきらのオーラを纏っている。
(今日もわたしの弟は天使だわ)
嬉しくて、テンションが上がった。
思わず、立ち上がる。
そんなわたしにシエルもその横にいるメアリも顔をしかめた。
「座っていて、姉さん」
心配そうに言われる。
大人しく、わたしは座った。
シエルが近づいてくる。
わたしはにこりと微笑んだ。
「ここに座って」
ソファの隣をポンポンと叩く。
「でも……」
シエルは躊躇う顔をした。
兄弟とはいえ、距離が近いのはいろいろ不味い。
ちらりとメアリを見た。
人の目を気にする。
「どうぞ」
メアリは促した。
見ないふりをしてくれるらしい。
シエルは小さく頷いた。
隣に座る。
わたしは手を差し出した。
握って欲しい。
シエルは小さく笑って、わたしの手を握った。
それから少し、2人で話をする。
シエルは体調を心配してくれた。
わたしは正直に疲れていることを話す。
一週間くらいは家に引きこもる予定であることも伝えた。
退屈だから遊びに来て欲しいと頼む。
だが、シエルは微妙な顔をした。
もう簡単に訪ねることは出来ないと言われる。
確かにチェックの厳しさを考えると、気軽に遊びに来てくれとは言い難かった。
自分が王族になったことを、わたしは実感する。
今までとは同じようにいかないことを寂しく思った。
気まずい空気が流れる。
わたしもシエルも苦笑を顔に浮かべた。
「マリアンヌ様」
そこにアントンがやってくる。
「ラインハルト様が戻られました」
そう言われた。
「え? もうそんな時間??」
わたしは驚く。
「いえ。シエル様がいらっしゃったのを聞いて、お戻りになられました」
アントンは説明してくれた。
だがそれはそれで意味がわからない。
(そもそもなんで、シエルが来たことがラインハルト様の耳に届くのかしら?)
いろんな意味でわたしは困惑した。
突然帰ってこられてもね。びっくりです。




