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反動

第五章です。よろしくお願いします。







 結婚式まで、わたしはいろいろ無理をしていた。

 体力的にも精神的にも限界に近いくらい頑張った自覚がある。

 ここは頑張らなければいけないところだと自分で思った。

 人生には、何度か本気で頑張らないといけない場面がある。

 わたしの場合、その一つが全ての貴族と顔を合わせる結婚式だろう。

 そして頑張りすぎた反動は翌日直ぐにやってきた。


(起きられない……)


 朝、目が覚めてびっくりする。

 身体が思うように動かなかった。

 泥のように重いというのはこういうことを言うのかと、実感する。

 ゆっくりと身体を横向けた。

 寝ているラインハルトを見る。


(綺麗な顔)


 思わず見惚れた。

 朝日の中で見るその顔はいつも以上に眩しく見える。

 こんなに若くて綺麗なのに、何故わたしを妃にしたのか今でも不思議だ。


(もっと美人な人はたくさんいるのにね)


 心の中で小さく笑う。

 美人は三日で飽きるというが、そんなのは嘘だ。

 その証拠に、わたしは毎日ラインハルトの顔を見ているが飽きていない。

 綺麗な顔はいつまでも見ていられるようだ。


 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「ラインハルト様」


 呼びかけた。

 ぴくりと睫毛が動く。

 ゆっくりと目が開き、青い目がわたしを見た。


「おはようございます。ラインハルト様」


 呼びかける。


「おはよう、マリアンヌ」


 ラインハルトは優しく微笑んだ。

 幸せそうに笑う。


「具合はどうだい?」


 問われた。

 伸びてきた手が優しく頬に触れる。

 わたしはそれに自分から頬を摺り寄せた。

 甘える。

 ラインハルトはくすりと笑った。

 わたしも軽く微笑む。


「そのことなんですが、身体が重くて動けません」


 出来るだけさらりと事実を告げた。

 ピクリ。

 頬を撫でていた手が震えて、止まる。

 ラインハルトは眉をしかめた。

 一気に表情が陰る。


「毒を盛られて痺れているとかいうことではありませんよ」


 問われる前に、わたしは否定した。

 ラインハルトの険しい顔に、誤解している気配を感じる。


「疲れが溜まって、身体が思うように動かせないという意味です」


 説明した。


「本当にそれだけですか?」


 ラインハルトは疑う。


「それだけです」


 わたしは頷いた。

 ラインハルトはふっと息を吐く。

 露骨に安堵した。

 その態度にわたしは違和感を覚える。

 何かがおかしい。

 ラインハルトがわたしを心配するのはいつものことだ。

 だが、それだけではない気がする。

 正式に王族になったわたしの身の安全は保証されているはずなのに、ラインハルトの態度にはそんな感じはなかった。

 何かイレギュラーな事態が発生しているのかもしれない。


「ライン……」

「マリアンヌ」


 問いかけようと口を開いたわたしの声にラインハルトの声が重なった。

 それはわたしの声を遮ったように聞こえた。


「ゆっくりでいいので、起き上がれますか?」


 問われる。


「はい」


 わたしは頷いた。

 ゆっくりと身を起こす。

 身体は重いが、動けないわけではない。

 途中、ラインハルトが心配そうに手を貸してくれた。


「動けないわけではないのですね」


 ラインハルトはほっとする。


「疲れただけです」


 わたしは微笑んだ。

 そんなに心配しなくていいと伝えたいのだが、たぶんそれは無理だろう。

 ラインハルトの顔は心配に歪んでいた。


「今日は一日、離宮から一歩も出ずに休んでいてください。朝の挨拶には私が一人で向かいます」


 そう言われた。

 正直、歩くのも辛いのでありがたい。

 ラインハルトを起こしたのも、朝の挨拶が無理そうなことを告げるためだ。

 王宮は広い。

 離宮から王の執務室まで歩くと結構な距離がある。

 今日のわたしにはとうてい無理だ。

 自分が妊婦であることを思い知る。

 自分の身体なのに、自分の思い通りにはならなかった。

 ちょっとしたことが大きな変化になって現れる。

 疲労は予想以上に蓄積されていたようだ。


「完全に疲れが取れるまで、外出は一切禁止です。一週間くらい、大人しく引きこもっていてください」


 ラインハルトに言われる。


「……はい」


 わたしは頷くしかなかった。

 反論できる要素が何もない。


「でも……」


 ただ一つだけ、わたしには気がかりがあった。

 一週間ほど滞在すると言っていた父やシエルに会いたい。

 大公家に滞在中に会いに行きたいと思っていたが、無理そうだ。

 それをラインハルトに告げると、2人を離宮に招待すればいいと言われる。

 さっそく、ラインハルトはアントンを呼んだ。

 朝から夫婦の寝室に呼ばれたアントンは戸惑った顔をする。

 ラインハルトはわたしの体調が優れないことを説明した。

 アントンは心配そうにわたしを見る。

 わたしは苦く笑った。


「マリアンヌを少なくとも午前中いっぱいはベッドから出さずに休ませるように。その後も外出は禁止だ。あと、大公家に手紙を。マリアンヌの父と弟に招待状を送っておくように」


 ラインハルトは次々にアントンに指示していく。

 命じるのが様になっていた。

 19歳とは思えないほど、ラインハルトはしっかりしている。

 年下なのに、あまりそれを感じたことがなかった。


(もしかして、わたしが頼りないからラインハルト様は必要以上にしっかりしなければならなくなっているのではないかしら?)


 今さら、そんなことにわたしは気づく。

 いつも心配をかけていることを反省した。

 これからはもっと思慮深く行動しようと決める。


 わたしがそんなことを考えている間に、ラインハルトの指示を受けたアントンは動き出した。

 部屋を出て行く。


「そういうことだからマリアンヌ。今日はゆっくり休みなさい」


 命じられて、わたしは素直に頷いた。

 ベッドに横になる。

 疲れが抜けていないからか、それとも妊婦だからなのか、起きたばかりなのに眠くなってきた。

 瞼が重い。

 そんなわたしの頬をラインハルトの手が優しく撫でてくれた。


「おやすみ、マリアンヌ」


 そんな囁きと、額にキスされたのを感じる。


(幸せだな)


 温かな気持ちが胸の中に満ちた。






閑話を少しさかのぼっています。

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