後始末(前)
後始末はいろいろあります。
パーティーが終わった後、ラインハルトは一足先にマリアンヌを離宮に帰した。
疲れた顔をしていのはわかっていたので、早く休ませてやりたい。
マリアンヌは無理をしてでも頑張るタイプだ。
しかも本人にはその自覚がない。
ラインハルトはそんなマリアンヌが心配でならなかった。
本当は離宮まで送り、その後も側についていてやりたい。
長い時間頑張った妃を労わりたかった。
だがラインハルトにはやることが残っている。
マリアンヌはあっさりとローキャスターを許したが、ラインハルトにそのつもりはない。
罪を追求し、しかるべき償いをさせるつもりでいた。
そのためにローキャスターと話をしようと思う。
ルイスにローキャスターの様子を探らせた。
ローキャスターは大広間を出た後、執務室の一つを開けさせたらしい。
そこで書類を書いていたようだ。
国王に面会依頼を出し、お針子たちのところにも書類を届けたと聞いている。
マリアンヌが言っていた、ドレスのデザイン変更に対する許可だろう。
マリアンヌとローキャスターがその話をするまで、ラインハルトはドレスの変更が許可されていないことを知らなかった。
ドレスのデザインが変わっていることにはもちろん、気づいている。
だが変更の許可がまだ出ていないとは夢にも思っていなかった。
いつもなら、そういうイレギュラーな事態は直ぐにラインハルトの耳に入る。
ルイスが教えてくれるからだ。
だが今回、ルイスは通常の業務に加えて、挙式の総責任者の仕事で多忙を極めている。
自分の職務以外の情報を収集する暇などなかったのだろう。
ラインハルトは常日頃、自分がいかにルイスに頼りきっているのかを今さら自覚した。
ローキャスターが国王との面会のために控え室にいることを知って、ラインハルトは会いに行った。
突然訪ねても、ローキャスターは驚いた顔をしない。
予想していたようだ。
何もなく終わるとは思っていないのだろう。
自分の罪を自覚しているのかもしれない。
もともとはそれなりに使える男だ。
欲に目が眩まなければ、道を踏み外すこともなかったのかもしれない。
ローキャスターはすっかり消沈していた。
この後の王との面会を考えると、気が重いのだろう。
そんなローキャスターにラインハルトは嫌味な言葉を投げつける。
マリアンヌに敵対する者に容赦するつもりはなかった。
だが、ローキャスターから返ってきた反応は戸惑いだ。
確かに嫌がらせはしたが、命までは狙うようなことはしていないと否定される。
ラインハルトも後ろに控えていたルイスもその言葉に困惑した。
ラインハルトは自分の罪を少しでも軽くするつもりではないかと疑う。
だが、ローキャスターはきっぱりと否定した。
嘘をついているようには見えない。
「……」
ラインハルトは渋い顔をした。
最悪の展開だと思う。
マリアンヌは確かに命を狙われていた。
それは全て未然に防いだが、狙われていた痕跡は掴んでいる。
ラインハルトもルイスもてっきり、それはローキャスターたち、第二王子派閥の仕業だと思っていた。
マリアンヌには他に表立って敵はいない。
マリアンヌを敵視し、排除したがっていたのはローキャスターたちしか心当たりがなかった。
だが、自分たちが掴んでいない敵が存在していたらしい。
ローキャスターたちの行動に紛れて何者かが裏で動いていたようだ。
それはローキャスターたちより厄介な相手であることは確実だろう。
ラインハルトとルイスは大きな衝撃を受けた。
ローキャスターの処罰に時間を割いている場合ではない。
処罰する気が失せた。
そもそも、欲に目が眩んだりしなければそれなりに有能な男だ。
処分するより、生かして使った方がいい。
ラインハルトは一度だけ許すことを伝えた。
二度目はないと釘を刺し、控え室を出る。
「ルイス」
側近の名前を呼んだ。
その声はいつになく固い。
「至急、調べ直します」
ルイスは命じられる前に答えた。
そんなルイスをちらりとラインハルトは見る。
いつもより疲れた顔をしていた。
挙式が終わるまで、ルイスはとにかく忙しかった。
さすがのルイスも容量がオーバーしたのかもしれない。
「いや、今日はいい」
ラインハルトは止めた。
「今日まで休む間がないほど忙しかったであろう。大儀であった。今日はもう、何も考えずに休め。マリアンヌのことは明日以降で構わない」
そう言う。
「しかし……」
ルイスは躊躇う顔をした。
すでに後手に回っている。
これ以上、相手に先手を取られるのはいいことではない。
もちろん、ラインハルトもそれはわかっていた。
「私達が出遅れたのは今さらだ。後一日遅くなったからといって、たいした違いはないだろう。今日は休んで、疲れを取ってくれ」
ラインハルトはルイスの身体を気遣う。
「……わかりました」
ルイスは素直に頷いた。
ルイスを帰し、ラインハルトは一人で離宮に向かった。
マリアンヌの顔を早く見たい。
脅威がまだ去ったわけではないことを知って、不安にかられた。
「ラインハルト様」
だが、そんなラインハルトを呼び止める声がある。
父の侍従であるアントンの父親だ。
「なんだ?」
ラインハルトは返事をする。
要件はなんとなくわかるから、声が険しくなった。
そんなラインハルトにくすりと侍従は笑う。
こういうところは子供の頃から変わらないと思った。
2人の付き合いは長く、ラインハルトのことは小さな頃から知っている。
「国王様がお呼びです」
予想通りの言葉が、侍従の口から出た。
「……わかった」
断ることが出来ないことを知っているから、ラインハルトは素直に頷く。
侍従に案内され、今来た道をラインハルトは戻った。
ローキャスターが黒幕だったらよかったのにと思っています。




