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メアリの事情(前)

人にはいろいろ事情があるのです





 メアリは代々、王の密偵を勤める家系に生まれた。

 一族は分家まで含めると、人数も多い。

 そのすべてが密偵として働いていた。

 王宮で使用人として働く者もいれば、商人に扮して旅を続けて様々な領地を巡っている者もいる。

 その一族の当主の家にメアリは生まれた。

 嫡男はクロウで、メアリは次男だ。

 別の名前で5歳くらいまで男の子として育てられる。


 メアリの一つ下には妹がいた。

 メアリとは元々、その子の名前だ。

 だが妹は流行り病で亡くなってしまう。

 そのことがメアリの人生を大きく変えた。

 王宮の使用人は男性より女性の方が多い。

 お茶を淹れるのも部屋を整えるのも、多くの仕事はメイドがしていた。

 密偵として入り込むのもメイドの方が容易い。

 何より、メイド服を着ていればどこにいても目立たなかった。

 自由に動き回れるというメリットがある。

 護衛の騎士もメイドはスルーするのが普通だ。

 そのため、密偵の頭首の家には跡継ぎである嫡男の他に、メイドたちを取りまとめる女性の頭首も必要になる。

 妹はメイドとして潜入している一族を取りまとめる役を与えられることが決まっていた。

 亡くなってしまったため、代わりが必要になる。

 白羽の矢が立ったのが、一つ年上の次男だ。

 もともと次男は女の子のような可愛い顔立ちをしていた。

 女の子として育ててもさほど無理がない。

 次男はこれまで、一族からは何も期待されていなかった。

 万が一、クロウに何かあった時の交代要員として育てられる。

 だが一族の中では価値がなくても、両親や兄のクロウは次男を可愛がった。

 家族の仲は良い。

 家族のために、亡くなった妹のためにと言われたら、次男は嫌だとは言えない。

 引き受けるしかなかった。

 その日から、メアリとして生きている。

 女性として育てられ、女性としての教育を受けた。

 5歳まで男の子として育ったメアリには自分が男である自覚がある。

 だからこそより女性的な仕草を意識した。

 メアリは誰が見ても美少女としか見えない姿に成長する。

 変声期が終わった16歳からメイドとして王宮で働き始めた。

 第三王子の側で警護をしながら、情報収集をするように命じられる。

 メアリは主に、第三王子のお茶の用意を担当することになった。

 メアリが淹れた紅茶を王子が気に入ったらしい。

 メアリは密偵の仕事を順調にこなしながら、メイドの仕事にも精を出した。






 今の国王は少し変わった人だ。

 密偵の話は自分の耳で直接聞くことにしている。

 その方が情報は正確に伝わるからだそうだ。

 密偵と直接顔を合わせる国王なんて初めてなので、最初は一族の誰もが戸惑った。

 だが直ぐにそれにも慣れる。

 国王は見た目の温和さとは裏腹にとても切れる人だ。

 自分たちの集めた情報を上手に活用してくれる。

 一族の者は皆、働き甲斐を感じていた。

 見限った者を斬り捨てることに躊躇を感じない冷酷さも持ち合わせているが、それは王には必要なものだとメアリは思う。

 優しいだけでは国王は務まらない。

 他者を全く切り捨てず、全てを救うことなんて誰にも出来ないのだ。

 今の国王に仕えることにメアリは誇りさえ持っている。

 そんな国王から大事な話があると呼び出されたのは、今から4ヶ月ほど前のことだ。

 いつまでも結婚しない第三王子に業を煮やし、強引な手段に出るつもりでいることを告げられる。

 最初、国王が何故自分にそんな話をするのかメアリにはわからなかった。

 だが、自分に課せられた役目に直ぐに気づく。

 国王は第三王子の結婚を心から望んでいた。

 だが、相手は誰でもいいわけではない。

 将来、王妃になる人間だ。

 愚かでは困る。

 相手につけ入る隙を与えるような王妃ならいっそいない方が良かった。

 国王はメアリに、王妃に相応しくない者が王子に近づくことを阻止するようにと命じる。

 そのためにはどんな手段を使っても構わないと告げた。

 それは排除のためなら、命を奪っても仕方ないという意味が含まれている。

 そんな命令を普通の顔で下す国王はやはり怖い人だ。

 でもだからこそ、この国は大丈夫だとも思う。

 国王は慎重で、国を守ることにも手を抜かなかった。






 メアリは国王の命令に忠実に従った。

 王子の動向を探る。

 そしてなんとも風変わりな女性を気に入ったことを知った。

 お世辞にも彼女は美人ではない。

 もっと綺麗な女性なら、メイドの中にもたくさんいた。

 年もだいぶ上で、地味でどちらかというと目立たない。

 目立ちたいとか綺麗だと思われたいとかいう欲求が、本人にはそもそもないようだ。

 その他大勢の一人でいいのだと、他者に埋没するのを望んでいる。

 そんな女性が王妃に相応しいのか相応しくないのか、メアリにはわからなかった。

 判断に困る。

 浪費家でないことは確かなようだ。

 国庫を食いつぶすような真似はしないだろう。

 彼女は予選の最終日、王子に連れられて王子の部屋に来た。

 王子は身分を明かし、彼女にプロポーズするつもりらしい。

 お茶の支度を命じられたメアリは、思い切って話しかけてみた。

 わざと何種類も茶葉を持参し、選んでもらう。

 彼女は迷いなく、一番高級な茶葉を指定した。

 高いことを知っているらしい。

 世事には疎くはないようだ。

 地味で目立たない女性だが、所作は洗練されている。

 お茶を飲む姿は意外なほど様になっていた。

 確か、彼女の母親は大公家の令嬢だったはずだ。

 初日にラインハルトが気に入った様子を見せた時点で、彼女の身元は調べてある。

 本人は男爵令嬢だが、大公家の血を引いていた。

 大公家で教育を受けた令嬢が自分の娘を躾けたのだろう。

 田舎くささは見当たらなかった。

 嬉しそうにお茶を飲む姿にはどこか好感が持てる。

 少なくともメアリは彼女を嫌いではなかった。

 他の令嬢が王妃になるよりはマシなのではないかと思う。

 メアリは正直にそのことを報告した。

 こっそりと隣の部屋で聞き耳を立てていた会話も伝える。

 王宮にはいくつか、隣の部屋の会話を聞くことが出来ような装置が付けられた部屋がある。

 それは何代も前の国王が作ったものだ。

 その存在を知っているのは一部の密偵だけで、密偵たちは上手にそれを利用している。

 王子の部屋の会話は、基本的には筒抜けだ。

 国王的には思うことがないわけでもなかったらしいが、結局、彼女は王子の妃になることが決まった。






 結婚が決まった王子は離宮を貰って屋敷の主になる。

 第三王子のラインハルトも例外ではなかった。

 離宮には執事が一人、料理人が一人、メイドが4人配属されることが決まる。

 メアリはメイドとして王子の離宮で働くことを希望した。

 その希望は通り、離宮に配属される。

 料理人には兄のクロウが決まった。

 王子やその妃に毒が盛られることを警戒した国王が指名したらしい。

 結局、残りの3人のメイドも一族の中から選ばれた。

 国王の第三王子への期待と溺愛がその顔ぶれから見て取れる。

 唯一、執事のアントンだけが一族の者ではなかった。

 だがアントンは代々、王家に仕えてきた執事の家系だ。

 その父親は今、国王の侍従を勤めている。

 アントン自身も父親の手伝いをずっとしていた。

 将来、ラインハルトが国王になった時を見据えての人事であるのは誰の目にも明らかだ。

 国王の第三王子贔屓は昔からだが、年々、それは露骨になっている。

 外堀から埋めていく感じだ。

 そんなところに嫁いでくるのはあの変わった令嬢でも大変だろうとメアリは同情する。

 だがマリアンヌはメアリの想像以上に変わっていた。





盗聴器はないけれど、盗聴できる装置はあります。

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