表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/651

誰のために

閑話です。








 全ての貴族から挨拶を受け、結婚式は無事に終わった。

 わたしはラインハルトより一足先に離宮に戻ることにする。

 正直、くたくただ。

 早く帰って休みたい。

 椅子に座っていられたので、思ったよりは身体は大丈夫だったが、人疲れしてしまった。

 一週間ぐらい、誰にも会わずに引きこもりたい。

 離宮に戻るわたしとメアリには5人も護衛がついていた。

 挙式を終えたので、王族として扱われているらしい。

 今後は王宮の中も自由に歩きまわれるそうだ。

 だが、わたしにそんなつもりはない。

 どちらかといえば、私は引きこもり体質だ。

 家が大好きなので、用事がなければ出たくない。


(離宮でひっそりと、平穏無事に暮らしたい)


 心からそう思った。

 この二ヶ月は挙式のためにドレスの仮縫いがあったり、リハーサルがあったりで、家を出なければいけない状況にあった。

 だがそれも今日で終わりだ。

 明日からは引きこもっていても、誰にも文句は言われないだろう。


(マジで一週間くらい、離宮から出なくてすむようにならないかな)


 誰にも会わず、寝て過ごしたかった。

 それくらい今のわたしは疲れている。


「大丈夫ですか?」


 メアリに問われた。


「何が?」


 わたしは問い返す。


「疲れた顔をしています」


 メアリは答えた。


「そうでしょうね。疲れているわ」


 全く大丈夫ではないと、心の中で答える。

 だがそれを口にしたら、大事になりそうだ。

 護衛の騎士たちが聞き耳を立てているのがわかる。


「離宮まであと少しだから、大丈夫。戻ったら、ゆっくり休むわ」


 わたしは無理に笑顔を作った。

 大丈夫であることを護衛の騎士たちにアピールする。

 わたしに何かあったら責任を問われる護衛たちはほっと安堵を顔に浮かべた。


(具合が悪くても具合が悪い様子を見せられない王族って大変ね)


 そんな王族に自分がなった実感がいまいちない。

 そんなことを考えていると、離宮についた。

 わたしは護衛の騎士たちを振り返る。


「ありがとう。ここまでで結構よ」


 帰るように促した。


「中に入るまで、見届けます」


 そう言ったのはランスだ。

 知った顔がある方が安心だろうと、護衛の中にランスが入っている。


「わかりました」


 わたしは素直に見送ってもらった。

 離宮の入口にはアントンが待っている。


「お疲れ様でした」


 声を掛けられ、ほっとした。

 力が抜けそうになる。


(まだ、駄目。もう少し)


 わたしは自分を奮い立たせた。

 ここまで頑張ったのに、醜態を見せるわけにはいかない。


(気を抜いていいのは、自分の部屋に入ってからよ)


 そう自分に言い聞かせた。






 夫婦の部屋で、わたしはソファに座り込んだ。


「もう、駄目。一歩も動けない」


 そう言って、横たわる。

 このまま眠れそうなほど疲れていた。


「寝かせてあげたいのは山々ですが、そのままではドレスが皴になります。何より、そのドレスでは窮屈で身体が休まらないでしょう。こちらに着替えてから横になってください」


 そう言って、アントンがドレスを持ってくる。

 メアリに渡した。

 見たことがないドレスだ。

 柔らかで肌触りが良さそうな生地が見える。


「それは何?」


 わたしは横になったまま尋ねた。


「マタニティドレスです」


 アントンが答える。


「そんなドレス、持っていたかしら?」


 わたしは首を傾げた。


「先ほど、お針子たちが届けに来ました。無事に許可証も貰ったので安心してくださいという伝言も預かっています」


 アントンは微笑む。


「許可証が。そう、良かったわ」


 わたしも微笑んだ。

 ゆっくりと身を起こす。

 それを見て、アントンは部屋を出て行った。

 わたしの着替えの邪魔にならないようにする。


「メアリ、お願い」


 動きたくないわたしは、メアリに丸投げした。

 自分では何もする気力がない。

 立ち上がりもしなかった。

 ジッパーが下ろされ、脱げる状態になるぎりぎりまで座って待つ。


「……」


 メアリはちょっと困った顔をした。


「マリアンヌ様は忘れていますか?」


 確認される。


「全く忘れていません」


 わたしは答えた。

 メアリが男であることは百も承知している。


「でももう、そんなのはどうでもいいのです。裸になるわけでもなし、下着姿を見られるくらい何でもありません。それより、少しでも休む方が大切です」


 淡々と答えるわたしに、メアリは覚悟を決めたようだ。

 ドレスを脱がせ、マタニティを着せてくれる。


「いいわね、これ」


 わたしは肌触りのいい生地を気に入った。

 座っても締め付けはどこにも感じない。

 楽だった。


「こんなに楽なら、もっと早く作ってもらえばよかったわ」


 本音を口にする。

 まだわたしのお腹はそんなに膨れていなかった。

 普通のドレスを着ようと思えば、着られなくもない。

 だがマタニティの方がずっと楽だ。


「それは無理です」


 わたしが脱いだドレスを片付けながら、メアリは言った。


「どうして?」


 わたしは尋ねる。


「マタニティが着られるのは、妊娠が正式に発表されたからです。発表前に着ることは出来ませんでした」


 尤もなことを言われた。


「確かにそうね」


 わたしは納得する。

 話をしながらベルを鳴らし、アントンを呼んだ。

 ホットミルクに砂糖を入れて、冷ましたものを持ってきてくれるように頼む。

 それから何かつまめるものが欲しいと頼むと、今日の料理が一揃え届いていると言われた。

 食べる暇がないだろうと、料理人たちが届けに来てくれたらしい。

 その気遣いに、わたしは涙が出そうになった。


 他のメイドが料理を乗せたワゴンを押して現れる。

 テーブルに料理が並べられた。

 その間に、冷ましたホットミルクも届く。

 冷めている分、匂いが気にならなかった。

 わたしはゆっくりとそれを飲み干す。

 ほっとする甘さだ。


「みんないい人たちね」


 目の前に並んだ料理を見ながら、呟く。

 メアリ一人を残して、他のメイドもアントンも部屋を出て行った。

 わたしが気を遣って疲れないようにという配慮なのだろう。

 マタニティドレスを届けに来てくれたお針子たちといい、みんな優しかった。

 感動して、うるっと来る。


「それはマリアンヌ様が好意を受けるに相応しい行いをしたからです」


 そんなことをメアリに言われた。


「何かしたかしら?」


 わたしは首を傾げる。

 心当たりはなかった。


「お針子や料理人に偉ぶらない貴族はマリアンヌ様くらいです」


 メアリは説明する。


「ああ。そういう意味ね」


 わたしは納得した。


「わたしは自分が優しくされたいから、誰に対しても優しくすることにしているのよ」


 説明する。


「だから、公爵親子も許したのですか?」


 メアリは不満そうに聞いた。

 わたしの彼らへの処遇を甘いと感じているらしい。

 ルイスと同意見のようだ。


「あれは悪意があってやったことではないでしょう?」


 わたしはメアリに尋ねる。


「ドレスの装飾に悪意がなくても、その前の態度には悪意がありました」


 メアリは反論した。


「確かにそうね」


 冷ましたホットミルクを飲みつつ、わたしは笑う。


「でも例えば、わたしがあそこで真実を口にしたとするでしょう? 本物の宝石は王族のみに許されるのだとか、琥珀は国王以外に使ってはいけないのだとか。そうなると、レイアー嬢はどうなると思う?」


 わたしの質問にメアリは少し考える顔をした。

 虫が入っていると言われただけで取り乱し、パニックになったのだ。

 真実を知ったら、青ざめて卒倒するかも知れない。

 気を失わないにしても、パニックを起こして大騒ぎする可能性は十分にあった。

 メアリもそんな感じの予想を口にする。


「あの壇上で暴れたり気を失ったりして、ぶつかってこられたら厄介です。わたしは妊婦です。普段なら何でもない衝撃が、身体にどんな影響を及ぼすのかわからないのです。わたしはその危険を回避したかったから、レイアー嬢に真実を告げませんでした。彼女のためではなく、わたしのために言わなかったのです」


 わたしの説明にメアリは納得した。


「でも、処分が何もないと言うのは甘すぎませんか?」


 渋い顔をする。


「鉱山の権利を手放すのだから、甘くはないでしょう。わたしは許可を貰っただけで、利益らしいものは何も得ていないとメアリは思っているのでしょうが、そもそも、わたしはあのドレスで不利益を何も被っていないのです」


 プライドが傷つけられたのはわたしではなくポンポコだ。

 だったら、決着はポンポコがつければいい。

 しかし国王が乗り出すと、問題は大きくなるだろう。

 それは面倒だと思ったので、大事にならないうちに手を打つことを公爵に勧めた。

 これもゴタゴタしてわたしが嫌な気持ちになりたくなかったからだ。

 公爵のためではない。

 自分の結婚式の日に誰かが処分されたら、嫌な気持ちになる。


「少しは恩に感じて大人しくなってくれたらいいけど。きっと三日で恩は忘れるんでしょうね」


 わたしは苦く笑った。




人のためではないのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ