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新しい問題

5章はここでラストです。





 貴族たちとの挨拶は延々と続いた。

 気が張り詰めているせいか、悪阻で体調を崩すこともない。

 そんな余裕はなかった。

 位が下の貴族たちはラインハルトには話しかけ難いのか、わたしに話しかけてくることが多い。

 辺境地の領主の中には、自分の地元の郷土料理が供されている人もいて、ひとしきりその話で盛り上がった。

 どの料理も美味しかったと誉められると、お世辞でも嬉しい。

 あえて冷めた時に美味しく食べられるように工夫したことを話すと感心された。

 ぜひ地元の郷土料理のアレンジレシピを教えて欲しいと頼まれる。

 担当した料理人の許可が取れたら教えることを約束した。

 秘匿するようなことは何もないのだが、料理人たちの努力の結晶をわたしの一存では公開出来ない。

 領主たちはそれで納得してくれた。

 是非にと何度も繰り返して、去っていく。

 そんな料理の話で会話が成立するような相手は気が楽だった。

 わたしも楽しく話が出来るので問題ない。

 しかしもちろん、そんな相手ばかりではなかった。

 多くの貴族と会話を交わす内に、わたしはとある傾向に気づく。

 わたしの実家であるランスローやその周辺の西側地域の貴族たちの顔は総じて明るかった。

 わたしの結婚を喜び、祝ってくれる。

 最初はそれを、わたしが嫁いだことにより自分たちにも利権が発生すると勘違いしているのではないかと、疑った。

 だが違うらしい。

 彼らが嬉々として語るのは、ランスローに第二王子が滞在することだ。

 第二王子のマルクスはランスローに研究所という名目で家を構えて、生活することが決まっている。

 一年の半分はランスローで暮らす予定だ。

 西側の貴族はそれを喜んでいる。

 王都から遠い西側地域は中央とのつながりが薄かった。

 その分自由でのんびりしていてわたしはいいと思うのだが、西側貴族の大半はそれを寂しく思っていたらしい。

 国にも王族にも自分たちは必要とされていないと感じていたようだ。

 人間とは、誰かの役に立ったり頼られたりすることに生きがいを感じる生き物だ。

 王族が自分たちの地域に常駐することはとても嬉しいらしい。

 自分たちにも役に立てることがあると感じたようだ。

 マルクスにそんな意図は全くないことを知っているわたしは、内心、冷や汗をかく。

 だが、喜んでいるのに水をさすことはないだろう。

 国や王族の役に立ちたいというなら、立ってもらえばいい。

 マルクスより、同行するアルフレットの方が大変なことになりそうだが、そこは頑張ってもらおうと丸投げすることにした。

 アルフレットもそれなりに有能だと思う。

 辺境地の田舎貴族の相手は、王宮で猫を被りまくっている貴族たちの相手をするよりは容易いはずだ。

 そんなマルクスのランスロー滞在を喜ぶ西側の貴族たちは問題ない。

 わたしが気になるのは、ローレライを含む東側地域の貴族の表情は暗いことだ。

 何か言いたげにわたしを見るが、誰も何も言わない。

 そのもやっとした態度に、わたしはだんだん苛立ってきた。

 そのタイミングで、ミカエルが挨拶に来る。

 わたしは東側の貴族が何を言えずに飲み込んでいるのか、思い切って尋ねた。

 ミカエルは苦笑する。


「東側の貴族たちは、自分たちだけが取り残されたと感じているのです」


 ミカエルは思いもしない言葉を口にした。


「何から取り残されているのですか?」


 わたしは首を傾げる。

 意味がわからなかった。


「国や王族から必要とされていないと思い込んでいます」


 その言葉には、わたしだけではなくラインハルトやルイスも驚いた。


「どういうことだ?」


 ラインハルトの表情がいつになく厳しくなる。

 ミカエルは苦く笑った。






 ミカエルは状況を説明してくれた。

 わたしが前世で暮らした国は南北に縦長だが、この国は東西に長い。

 南北の端の領地には王都から馬車を飛ばせば一日もあれば着いた。

 しかし、東西にはそれぞれ三日はかかる。

 そのため、東側も西側も中央との関わりは薄かった。

 辺境地への情報伝達はいつも遅い。

 大事なことを知るのは最後だ。

 王族に、この国に、必要とされていないと辺境地の貴族たちは心密かに感じている。

 だがそれは西側も東側も状況は同じだ。

 辺境地なのだから仕方ないと、貴族たちは自分たちを納得させる。

 王都から物理的に遠い問題は、致し方ないことだ。

 しかし、西側の辺境地の令嬢であるわたしが第三王子に嫁ぐことになり、西側の状況は変わる。

 第二王子が西側に研究所を構えることになった。

 西側の貴族たちは自分たちに日の目が当たる日が来たのだと喜ぶ。

 中央との繋がりができたことに浮かれた。

 そして逆に東側は、自分たちが取り残されたと落ち込む。


 今までは西も東も辺境地として同等の扱いを受けていた。

 だがこれからは差がつくだろう。

 ただでさえ、西側は気候も温暖で、作物も豊富だ。

 厳しい天候が多い東側は肥沃な土地を持つ西側が羨ましい。

 何故西側だけ――そんな思いが、東側の貴族にはあるらしい。

 不満が鬱積しているようだ。


「マルクス様のランスロー滞在に、そんな深い意味はないし、政治的な意図もないのに」


 わたしは驚いて、否定する。


「わかっています」


 ミカエルは頷いた。

 おそらく、フェンディから話を聞いているのだろう。


「でも、人にとって大切なのは真実ではなく、自分がどう感じるのかなのです。思い込んだ人間は他者の意見に耳を貸しません」


 ミカエルは困った顔をした。

 彼は彼なりに、周囲の誤解を解こうとしてくれたらしい。

 だが、無理だったようだ。


「困ったわね」


 わたしは苦く笑う。

 ミカエルを見つめた。


「?」


 ミカエルは不思議そうにわたしを見返す。

 わたしは口にするかどうか、迷った。

 だがどう考えても、それが一番いい気がする。


「例えば、東側にも王子が滞在することになったら、彼らの気持ちは落ち着くかしら? 不満は解消されるのかしら?」


 ミカエルに尋ねた。


「マリアンヌ」


 ラインハルトが困った顔をする。

 わたしが何を言いたいのか、気づいたようだ。


「例えばの話です」


 わたしはにっこりとラインハルトに微笑む。

 ミカエルを見た。

 ミカエルは戸惑っている。


「例えば、王族の誰かがローレライに一年の半分滞在することになったら、西側と東側で、バランスが取れると思いませんか?」


 わたしはさらに言い募った。


「そうですね。東側の貴族は喜ぶと思います」


 ミカエルは頷く。

 少なくとも、西側への嫉妬はなくなるだろう。


「東側には王族が滞在する理由がないだろう?」


 ラインハルトは苦く呟いた。

 貴族の要望に応えて、王族は簡単に動くわけにはいかない。

 そんなことをすれば、貴族たちは次々に要求を突きつけてくるだろう。

 わたしももちろん、それはわかっていた。

 わかっているから、提案したいことがある。


「ありますよ」


 微笑んだ。


「東側の地域は米の生産に適していると聞いています。むしろそれ以外の生産にはあまり向かないようです。それならば、米の需要を高めて、東側全域で米の生産に取り掛かるべきです。それは一大国家プロジェクトであり、簡単に出来ることではありません。東側に常駐し、プロジェクトを取りまとめるリーダーが必要になります。それには王族が一番相応しいのではないですか?」


 わたしの質問に、ラインハルトは是も否も口にしなかった。

 返事を差し控える。

 わたしも返事は求めていなかった。


「また後でお会いしましょう、ミカエル。お料理の感想、聞かせてくださいね」


 にこっと笑う。

 その言葉を合図に、ミカエルは檀を降りていった。

 わたしは笑みを浮かべて、それを見送る。

 そんなわたしにルイスが冷たい眼差しを向けた。


「一つ問題を解決したら、次の問題を起こすのは止めてください」


 注意される。


「問題を起こしたのではなく、対処しようとしただけです。尤もそれを考えるのはわたしではないのはよくわかっています。余計な口出しはしません。後のことは国王様たちが考えるでしょう」


 わたしはちらりと国王を見た。

 わたし達と国王の玉座には少し距離かある。

 だが会話が聞こえないほど離れているわけではなかった。

 ポンポコ狸はこちらの話を聞いていたのかいないのか微妙な顔をしている。

 相変わらず、何を考えているのか読めなかった。




次回は閑話です。

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