2人目
わかりやすく無視されたりします
ローキャスター公爵とその娘のレイアーは国王に挨拶していた。
令嬢は両手でスカートを掴んで、軽く持ち上げる。
優雅に挨拶した。
それが様になっているのは、さすが公爵令嬢だと思う。
キラリ。
スカートで何かが光った。
(あれ?)
わたしは目を凝らす。
だが、何が光ったのかはわからなかった。
2人は王子たちの前に移動する。
派閥の違う第一王子だけでなく、第二王子も距離のある態度を取った。
とても素っ気ない。
マルクスにとっても、公爵は厄介な相手のようだ。
(国王になる気はないと言っているのに、勝手に担ぎ上げられていたらそんな態度にもなるよね)
わたしにはマルクスの気持ちがわかる。
だが、自分が担ぎ上げたい相手に距離を取られる公爵にも少し同情した。
わたしのドレスの申請を邪魔したり、いろいろしているのが、例え彼だとしても。
王子たちへの挨拶を終えると、2人はわたしとラインハルトの前にやってくる。
用意されている椅子に座った。
椅子はわたしたち2人の方を向いているが、二人の視線は明らかにラインハルトにだけ向けられている。
わたしのことは居ないかのように無視した。
「本日はおめでとうございます」
公爵は祝いの言葉を口にする。
「ありがとう」
ラインハルトはそれに応えた。
穏やかな笑みを浮かべる。
それは一見、爽やかで優しげに見えた。
だが、わたしはそれが怒っている時の笑顔だと知っている。
ラインハルトは本当に怒ると笑顔になる。
わたしも最近、ようやくそのことに気づいた。
ラインハルトが優しげに笑みを浮かべていたら、注意しなければいけない。
そのことはもちろんルイスも知っていた。
失礼な態度を取っている2人に、ラインハルトが腹を立てていることに気づく。
公爵たちを早々にこの場から退場させようとした。
しかし、2人は動こうとしない。
喋り続けた。
ラインハルトと話をしたいらしい。
それは別にローキャスター公爵に限ったことではなかった。
面会依頼を出さずに、王族と直接話をする機会は側近以外の貴族にはない。
それは重臣であっても同じだ。
ラインハルトと話をしたければ、ルイスに面会依頼を出すしかない。
だがその依頼は通るほうが稀だ。
重要な案件以外、ルイスは受け付けない。
ラインハルトと1対1で話をするのは、実は簡単なことではなかった。
そのため、今日の挨拶をチャンスと捉える貴族は多い。
ここぞとばかりにちょっとした要望やお願いを口にする貴族は少なくなかった。
それをラインハルトは上手くかわしている。
わたしは余計なことを言わないよう、口を閉じていた。
令嬢はラインハルトの笑顔に騙されて、ぽーっとしている。
頬を赤く染め、うっとりしていた。
もしかしたら、ラインハルトの妃になりたかったのは彼女の意思なのかもしれない。
お妃様レースのことを、わたしはちょっと思い出した。
それをルイスが故意に落としたことも。
ちょっと後ろめたい気持ちになる。
それは自分が贔屓された自覚があるからだろう。
ちょっともやもやした。
すると公爵は突然、娘の自慢話を始める。
その場にいた誰もが、ぽかんとした。
だが公爵は懸命だ。
自分の娘がいかにすばらしいか自慢し、将来は必ず、この国に必要な存在になるだろうと力説する。
(この国に必要な存在って、王妃ってことかな? いずれ王妃になると言っているのかな?)
自分の解釈が合っているのか気になって、わたしはルイスをちらりと見た。
ルイスはとてもとても渋い顔をしている。
どうやら、わたしの解釈は間違っていないらしい。
わたしの目の前で、堂々と2人目の妃に公爵は自分の娘を勧めているようだ。
驚くのを通り越して、感心する。
その前にも、令嬢を連れた父親はいた。
さりげなく娘をアピールしていたことは気づいている。
だがそれはあくまで、さりげなくだ。
決して、匂わせるようなことを口にしたりはしない。
わたしとラインハルトが睦まじくやっていることはみんな知っているようだ。
ラインハルトの前で、わたしを蔑ろにするような失礼な態度は取らない。
だが公爵は堂々と、将来の王妃に相応しいのは自分の娘だと勧めていた。
(わたしの目の前ではっきりと口に出す根性は凄いよね。それとも、男爵令嬢に気を遣う必要なんてないということかしら?)
ルイスに、すべてが終わるまでは厳密にはまだ王族ではないと言われたことを思い出した。
公爵の中ではまだわたしは、王子に嫁ぐ男爵令嬢なのかもしれない。
(まあでもその場合、正確には大公家の養女になると思うんだけど……)
公爵家より大公家の方が身分は上だ。
わたしがまだ王族の一人ではないとしても、大公家の娘に公爵が失礼な態度を取ることは許されないだろう。
そのことに、気づいていないのか。
気づきたくないのか。
わたしにはどちらかわからなかった。
わたしの隣で、ラインハルトの笑みは一層深まる。
かなり怒っているようだ。
わたしやルイスでも持て余すレベルに達している。
しかし、困ったことにそうは見えなかった。
機嫌がいいように見える。
その笑顔に公爵も令嬢も騙されていた。
ラインハルトの機嫌がいいと、公爵は思っている。
手応えを感じたのか、ますます、公爵の話には熱が篭った。
公爵は第二王子の派閥だが、王の前でマルクスがはっきりと王位を継ぐ気がないことを公言したことで、諦めたのかもしれない。
ラインハルトに乗り換えたいようだ。
だがそれは絶対に無理だろう。
ラインハルトにはこれ以上ないくらい不興を買っていた。
そのことに、公爵と令嬢は気づいていない。
(さて、困ったな。どうやって、ラインハルトがキレる前にこの場を終わらせよう)
公爵の娘自慢を聞きながら、わたしは考えこむ。
穏便にこの場を収めたかった。
キラリ。
令嬢のドレスでまた何かが光る。
それがドレスに縫い付けられた宝石だと気づいた。
小さな宝石で花の模様がスカートに刺繍されてある。
黄色い小さな花が可愛らしかった。
それがドレスをとても豪華に見せている。
ちなみに刺繍されている花はこの国の人間なら誰でも知っているくらい有名で、国花に指定されていた。
(これって……)
わたしはあることに気づく。
国王を振り返った。
目が合った瞬間、国王はふいっと目を逸らす。
素知らぬ顔をした。
(まさか……)
予感が、わたしの中で確信にかわる。
自分がどうするべきなのか、わたしは迷った。
本人は無視されても別にって程度です。
でも目の前で二人目の奥さん勧められるのは面白くないのです。




