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笑顔

笑っているから笑っているとは限らない。





 大広間に戻ると、空気がひんやりしていた。

 換気のために全ての扉や窓が開け放たれている。

 空気が入れ代わっているのを感じた。

 大広間に大勢の貴族が集まると、それぞれがつけている香水の香りが部屋の中に篭る。

 それは交じり合って、悪臭に近いものになった。

 わたしは悪阻のせいで匂いに過敏になっているが、そうでなくても気になる人はたくさんいたらしい。

 第一王子の結婚式の時も、第二王子の結婚式の時も、具合が悪くなる人が出たそうだ。

 いつも匂いのことが問題になる。

 みんなが香水をつけるのを止めるというとても簡単な解決策もあるが、貴族のプライドがそれを許さないらしい。

 ようは、負けたくないのだ。

 誰か一人が香水を付けたら、他も負けじと香水をつける。

 結果、部屋の中の匂いは大変なことになった。

 その部屋の中に篭るはずの香水の香りが拡散されて薄まっている。

 過敏になっているわたしでさえさほど気にならないのだから、普通の人はほとんど感じないだろう。

 それはもちろん、ただ扉や窓を開けたからだけではない。

 そのくらいのことは今までも対策としてしていた。

 今回違うのは、外の空気を室内に送り込んでいることだ。

 外には部屋の中に新鮮な空気を送るために大きな団扇を振っている使用人がいる。

 南国の王様が玉座で臣下に大きな団扇で扇がせるのをイメージしてわたしが作ってもらった団扇だ。

 最初にその話をした時、ルイスには呆れられた。

 次から次へとよく考えると苦笑される。

 だが、わたしも必死だ。

 王族としての最初の一歩を躓くわけにはいかない。

 わたしは基本、自分が興味のない相手にどう思われようと構わないと割り切っているタイプだ。

 全ての人に好かれるなんて無理だと思っている。

 だが、悪評を立てられたいわけでも、嫌われたいわけでもない。

 出来ることなら、上手く立ち回りたいのだ。

 悪阻で会場から逃げ去るような事態は避けたい。

 その気持ちはルイスも同じだ。

 だから、わたしにいろいろ協力してくれる。

 今のところ、それは上手くいっているようだ。

 扉や窓を開け放つ分、警護は大変になる。

 全ての扉や窓に一人ずつ、警備の人間がついていた。






 匂いが気にならないから、貴族たちの顔は明るかった。

 内心はともかく、表面上は穏やかに談笑している。

 みんな笑みを浮かべていた。


(この中に、心から笑っている人は何人いるのかな)


 そんなことを考えて、一人もいなかったら怖いなと思う。

 だがありえない話ではない。

 みんな腹に一物を抱えていた。

 今日はわたしやラインハルトと直接話が出来る滅多にない機会だ。

 その前には国王にも挨拶することが出来る。

 壇上には他の王子も揃っていた。

 直訴するチャンスだと言えなくもない。


 中央は三段ほど高くなっていた。

 そこに玉座がある。

 国王が座っていた。

 向かってその右には第一王子と第二王子が側近を連れて控えている。

 2人とも、わたしが作ってもらった座面が高い椅子に座っていた。

 遠目には立っているようにしか見えない。

 椅子の出来映えにわたしは満足した。


 左は本日の主役であるラインハルトとわたしのための場所だ。

 わたしとラインハルトの椅子が二つ、挨拶する貴族のための椅子が二つ置かれている。

 同じタイプの椅子だが、明らかにランクを変えていた。

 王族と同じものを遣うのは不敬にあたり、罪に問われる。

 不敬罪は意外と重い罪だ。

 王族は常に、自分たちが他の貴族より格上であることを誇示しなければいけない。

 それは貴族社会を維持するために重要なことだ。

 身分社会には、そのシステムを守るための厳しい戒律が必要らしい。

 わたし達の椅子と王子たちの椅子は装飾も同じで、凝っていた。

 だが貴族たちの椅子はあえて簡素にしてある。

 座り心地には同じだが、見た目はけっこう違った。

 この国には王族にしか使用を許されていないことがけっこうある。

 ドレスのデザインもその一つだ。

 王族にしか着用を許されていないデザインが存在する。

 ドレスのデザインが許可制なのは、勝手に新しいデザインを使われると下々の者が困るのかもしれない。

 知らずに被ってしまったら大変だ。

 そう考えると、デザインが許可制であることもちょっと納得がいく。


(まあ、でも。わたしのこの帯風のデザインは王族のドレスのデザインに帯を付け加えただけだから、他と被る心配もなければ、迷惑にもならないんだけどね)


 たったそれだけの変更を許可しないのはただの嫌がらせだろう。

 そんなことを考えながら、わたしとラインハルトは自分の場所に立った。

 椅子に座る。

 メアリはわたしのスカートの裾の広がりを直した。

 ラインハルトの後ろにはルイスが控えているが、わたしの後ろにはメアリがついている。

 途中で何かあった時も対応できるよう、いろいろ持ってきていた。

 足元に駕籠を置いている。

 その中にはティーポットとカップがあり、紅茶の代わりに白湯が入っていた。

 シュガーポットの中には角砂糖も用意されている。

 水分と糖分が取れるようになっていた。

 他にも寒い時用にストールが用意されている。

 それを見て、わたしは少し安堵した。

 小心者のわたしは、事前準備が出来ていると安心する。

 椅子にお尻をちょこんと乗せるだけでも、立っているよりはずっと楽なのも良かった。

 挨拶に来た貴族の香水がきつい時に扇ぐよう、扇子も持っている。

 準備はばっちり整っていた。

 それでもきっと、不測の事態は起こるだろう。

 わたしは覚悟を決めて、貴族たちとの挨拶に臨んだ。






 挨拶のため壇上に呼ばれる貴族は当然、身分順だ。

 大公である祖父が最初に呼ばれる。

 まず、簡単な身体検査があった。

 危険物を持っていないか、確認される。

 その後、中央で国王に挨拶した。

 それから第一王子、第二王子の順に言葉を交わす。

 王家の繁栄を願う決まりきった言葉をかけて、わたし達のところに移動してきた。

 わたしの体調を気遣う祖父は、時間をかけずに挨拶を終わらせようとする。

 そんな祖父に、マリアンヌの親である祖父は自分にとっても親であると、ラインハルトは公言した。

 大公家との良好な関係を周りにアピールする。

 檀の下では貴族たちがわたしたちの会話に聞き耳を立てていた。

 ラインハルトの宣言はそこに向けて行われた気がする。

 わたしは知らなかったが、いろいろあるのかもしれない。


(聞いたら教えてくれると思うんだけど、聞いてしまったら何かせずにいられなくなりそうだから、今は止めておこう)


 わたしは心の中で自分に言い聞かせた。

 今のわたしは妊婦だ。

 無理をした方が周りには迷惑をかける。

 自分の立場はさすがに理解していた。


 そんな感じで、貴族たちは名前を呼ばれるたびに壇に上がってきた。

 一人、もしくは二人でやってくる。

 貴族用の椅子が2つあることから、登壇していいのは2人までなのだろう。

 ラインハルトの後ろに控えているルイスが、貴族の名前が呼ばれるたびに簡潔に相手のことを教えてくれる。

 それはラインハルトのためというより、わたしのための気がした。

 おそらく、ラインハルトには説明なんて不要だろう。

 全て覚えていそうだ。

 だがわたしにある知識は、ルイスに習った領地の地図と特産物くらいしかない。

 それでも、全く知らないよりはだいぶましだ。

 知識とは力であると実感する。

 頭の中で、地図と特産物と本人が繋がった。

 既婚者は夫婦で登壇するようだが、中には何故か娘を連れて挨拶に来る人がいる。

 どうやら、家の娘を妃にどうですか?というアピールらしい。

 それがラインハルトに対してなのか、他の王子たちになのかはよくわからない。

 だがわたしはフェンディにもマルクスにも妃を娶るつもりなんてないことを知っていた。

 2人とも、妃のことでは苦労している。

 これ以上、厄介事を増やすつもりがないのはよくわかった。

 そんなアピール、するだけ無駄だろう。


 今日挙式した人間に、第二妃はどうですか? なんていうのもずいぶんと面の皮が厚いと思った。


(わたしの妊娠も、ラインハルトと仲良くやっていることも知った上でのこれなんだから、貴族社会って怖い)


 わたしは心の中でぼやく。






 挨拶が始まって7組目か8組目あたりで、わたしは知った顔が登壇するのを見た。

 わたしに王の前で喧嘩を売ってきた第二王子派閥の重臣だ。


「ローキャスター公爵とその令嬢レイアー様です」


 ルイスの囁きが聞こえる。

 彼が公爵であることを初めて知った。

 偉そうな態度に納得する。

 彼にとって、男爵家の令嬢が第三王子の妃になるなんて、腹立たしいことでしかないのだろう。

 わたしが大公家の養女になっても、その気持ちは変わらないようだ。


(さっきのお祖父様へのラインハルト様の言葉は、わたしが大公家の令嬢であることをアピールしたものだったのかも)


 ふと、そう気づく。

 わたしが男爵家の令嬢ではなく、大公家の令嬢であることを誇示したように感じた。

 くだらないことだが、貴族社会において身分をはっきりさせることはとても大切なことだ。

 わたしはそういう世界に飛び込んだのだから、それに慣れなければいけないのだろう。


 そしてわたしにはもう一つ、ちょっとした衝撃があった。

 公爵が連れている令嬢の顔に見覚えがある。


(こことここが親子だったのか)


 世間は狭いと、驚いた。

 彼女はお妃様レースの初日、偉そうな態度で前列真ん中を陣取っていた人たちのボスだ。

 公爵家の令嬢で、父親は第二王子派閥の重臣だったらしい。

 偉そうな態度にも納得がいった。


「あの令嬢、お妃様レースにいましたよね? 初日に速攻で落ちていましたけど」


 わたしの言葉に、ルイスがギクッとする。


「覚えているんですか?」


 驚いた顔をした。


「ええ。まあ」


 わたしは曖昧に返事をする。

 国王、王子たちへと挨拶をしている公爵と令嬢を眺めた。


 わたしが彼女を覚えているのには理由がある。

 彼女は故意に落選させられたと感じたからだ。

 初日のガラガラポンは当たりの色をあえて発表しなかった。

 落としたい人を落とすためだとわたしは思っている。

 その落としたい人の最有力が彼女だと何故か感じた。

 取りまきを含めた彼女の態度に、誰もが眉をしかめる。

 あの場にいた他の参加者はみんな、彼女の落選を願っていた。

 あの公爵の娘なら、落としたいルイスの気持ちもわかる。

 妃に娶ることになったら、厄介だ。


(父親の命令でお妃様レースに参加したのか。それともラインハルト様が好きなのか。どちらなのかはわからないけど、どちらでも厄介なのは変わらないね)


 わたしは心の中で苦く笑った。





覚えていますか? お妃様レース初日^^;

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