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控え室

挙式の時間は近づいています。




 軽めの朝食を食べた後、わたしはラインハルトと共に離宮を出た。

 マスクはしっかりつけている。

 わたしのマスク姿に慣れたのか、人目はそれほど感じなくなった。

 マスク職人を紹介し、手に入ることになったのも良かったらしい。

 手に入れると、人は満足するものだ。

 わたしはまず、ドレスに着替えるためにお針子たちの待つ部屋に向かう。

 お針子たちはわたしのドレスに最後の仕上げをするために待っていた。

 ラインハルトと共に現れたわたしを、お針子たちはにこにこと出迎えてくれる。


「本日はおめでとうございます」


 祝いの言葉を口にした。


「ありがとう、みなさん」


 わたしはにこりと微笑む。

 マスクはつけたまま、外さなかった。

 マスクがあるとないではだいぶ違う。

 女性が多い部屋は特に危険だ。

 複数の香水が交じり合うと、大変なことになる。

 ギリギリまでマスクは外さないつもりでいた。


「では、着替えが終わりましたら迎えに来ますね」


 そう言って、ラインハルトは自分も着替えに向かう。

 その姿に、お針子たちはきゃあきゃあ盛り上がっていた。


「相変わらず、ラインハルト様はマリアンヌ様を溺愛されていますね」


 羨ましそうな顔をされる。

 悪阻が始まってから、ラインハルトは毎回、仮縫いに向かうわたしを送り迎えしてくれた。

 その様子が、お針子たちにはラブラブに見えるらしい。

 とても評判が良かった。

 仲が良いのは間違いではないのだが、別に理由があったことを今朝知ってしまったわたしはなんとなく複雑な気持ちになる。


(命を狙われているから送り迎えをしてくれていたのです――なんてとても言えない)


 心の中で苦笑した。

 わたしは余計なことを言わず着替えさせてもらう。

 お針子たちはサイズ調整もしてくれた。

 苦しくないよう、締め付ける加減を慎重に見極める。

 その気遣いがわたしは嬉しかった。


「今日まで、いろいろありがとう」


 礼を言う。


「とんでもない」


 お針子たちは首を横に振った。

 その顔色はいまいちさえない。

 心残りがあった。


「結局、許可は間に合いませんでしたね」


 ぽつりと呟く。

 デザイン変更の申請は未だに許可が下りていなかった。

 審議中ということで引き延ばされている。

 それがわたしへの嫌がらせであることは明らかだ。

 そのことをお針子たちは気にしている。


「なるようにしかならないのだから、考えるのはやめましょう。今日はこちらでも祝宴の料理が振舞われるのでしょう? わたしが料理人たちと最後まで試行錯誤した料理です。ぜひ味わってね」


 わたしは重苦しくなった雰囲気を和らげようと、話題を変えた。


 悪阻が始まった後も、わたしは料理の試作に参加している。

 立食パーティでは温かいものを温かいまま食べるのは難しかった。

 それならいっそ、冷めてもおいしい料理を目指すべきではないかと気づく。

 前世で、駅弁がそんなコンセプトでやっていたことを思い出した。

 温かいときと冷めてからでは、味の感じ方が違う。

 そんなわたしの提案に、料理人たちは当然、困惑した。

 冷めた時に美味しい料理なんて、作ったことがある訳がない。

 だが、食べる時に美味しいべきではないかとわたしは説得した。

 協議を重ねた結果、料理人たちは納得してくれる。

 最初から冷めた状態で食べることを前提に味付けを直してくれた。

 料理が冷めているなら、わたしも試食に協力できる。

 料理人と一緒に、より美味しい料理を目指して研究した。


 冷たい料理を出すことは、わたしにもメリットがある。

 冷めている方がにおいは気にならなかった。

 匂いに過敏になっているわたしには、温かい料理が並ぶより冷たい料理が並ぶ方がありがたい。

 ただでさえ、大広間はたくさんの貴族の香水の匂いがあいまって、大変なことになるはずだ。

 そこに料理の匂いが加わるのは最悪だろう。

 もっとも、わたしに料理を食べる暇があるとは思えなかった。

 料理が置かれたテーブルには、近づくことも出来ないだろう。


「楽しみにしています」


 お針子たちは喜んでくれた。

 手際よく仕事を終わらせる。

 わたしはゆっくりと鏡の前で回ってみた。

 自分の全身を確認する。


「よく、お似合いです」


 お針子たちは褒めてくれた。

 確かにわりと似合っている。

 だが、マスクがそれを台無しにしていた。


(さすがにこのドレスにマスクは無理がありすぎる)


 わたしは苦笑する。

 タイミングを見計らったように、ラインハルトが迎えにやってきた。

 王の前で結婚の誓いをしたあの時の正装より、きらきらしたものがたくさんついている。

 まさしく、物語の中の王子様という感じがした。

 お針子たちはうっとりした目でラインハルトを見ている。

 わたしはそんな人が自分の夫であることを少し自慢に思った。

 にやけてしまう。

 普段ならそんな顔を見せたら、メアリに叱られた。

 メアリは今日もわたしのそばにつかず離れず控えている。

 さりげなく警護してくれていた。

 だが今はマスクでにやけているのはわからない。

 誰にもばれなかった。

 わたしはラインハルトと腕を組む。

 一緒に控え室に向かった。






 新郎と新婦の控え室は別々になっていた。

 ラインハルトと離れるので、警護はどうしても薄くなる。

 ラインハルトと一緒の時は、ラインハルトの警護もわたしを守ってくれた。

 わたしの安全は保障される。

 だが、もともとわたしに付けられている護衛の数は多くなかった。

 そこで、ラインハルトは親族を控え室に招くよう勧めてくれる。

 大公家の人間が集まれば、そこにも警備の人数が割かれる。

 わたしはラインハルトの提案に乗った。

 お祖父様に手紙を出す。

 今、控え室には親族として大公家のみんなが待っているはずだ。

 そこに父やシエルの姿はないことを心密かに寂しく思う。

 養女にいくというのはそういうことなのだと、実感した。


「控え室にはもうみんな集まっているそうですよ」


 わたしを喜ばせようと、ラインハルトは教えてくれる。

 ルイスに聞いたそうだ。


「ありがとうございます」


 わたしは気遣いに、礼を言う。


「あんまり嬉しそうじゃありませんね」


 ラインハルトは心配な顔をした。

 マスクをつけているのにわかるらしい。

 どうせわからないと思って、素を出していたわたしはぎくっとした。


「そんなことありません。嬉しいです。久々に会いますから」


 笑みを浮かべる。

 実際、アルフレットにさえ会うのは久々だ。

 同じ王宮の中にいても、マルクスにもアルフレットにもほぼ会わない。


「そうですね。ずいぶん久しぶりになりますからね。2ヶ月……、もっとですか?」


 わたしに尋ねた。

 意味深に笑う。


「えっ……」


 わたしは戸惑った。

 もしかしてと思う。


「大公家は家族全員で来ているそうですよ。家に泊まっている親戚も含めて」


 ラインハルトはにっこりと笑った。

 わたしの身体は小さく震える。

 涙が出そうになった。


「彼らも家族だそうです」


 ラインハルトは囁く。

 それは他ならぬラインハルトの気遣いかもしれない。


「ありがとうございます」


 わたしは胸がジンと熱くなった。

 心からの礼を言う。


「まだ泣くのは早いですよ」


 ラインハルトは微笑んだ。



ラインハルトは気の利く人です。

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