噛み癖
マリアンヌバージョンです。
悪阻が始まり、わたしはイライラすることが多くなった。
自分の身体が思い通りにならないのはストレスが溜まる。
せっかく料理人たちが試作した料理やお菓子を持ってきてくれても、食べられないのも申し訳なかった。
いろいろ上手くいきかけたところで、出鼻を挫かれた感じがある。
なんとも悔しかった。
わたしはそのイライラを半分は責任があるラインハルトに向けることにする。
わたしがこんなに大変なのに、ラインハルトだけ何もないなんてずるい。
ウキウキとわが子の誕生を楽しみにしている姿さえ、本来は嬉しいはずなのにわたしをイラつかせた。
暢気なものだと思ってしまう。
そんな自分がとても嫌だ。
落ち込んでしまう。
精神的にも、わたしは不安定になっていた。
食事も終えた二人だけのまったりとした時間、わたしは隣に座るラインハルトをじっと見つめた。
「ラインハルト様」
呼びかけると、ぎくりとされる。
どうやら、わたしは不穏な気配を漂わせているようだ。
ラインハルトは危険を察している。
「なんですか? マリアンヌ」
それでも笑顔を作るあたりが、さすが王子様だと思う。
貴族的対応は完璧だ。
「わたし、イライラしています」
正直に自分の気持ちを話すと、困惑される。
「それは見ればわかりますが……」
ラインハルトは苦く笑った。
「妊婦って大変なんです。自分の身体なのに全然、思うとおりになりません。突然眠くなったり、だるくなったり、熱っぽくなったり、ホルモンのバランスが崩れまくっているのを感じます」
わたしの言葉を、ラインハルトは神妙な面持ちで聞いている。
掛ける言葉が見つからないのか、口は開かなかった。
わたしはさらに続ける。
「ただでさえしんどいのに、今度は悪阻です。匂いに過敏になって、いろんな匂いが気になるのです。そしてたいてい、その匂いは吐き気を引き起こします」
わたしは上目遣いにラインハルトを見た。
恨めしげに睨む。
「わたしが今、こんなに辛いのは、半分はラインハルト様のせいですよね?」
反論を認めない圧を出しながら、問いかけた。
だが元々、ラインハルトに反論するつもりはなかったらしい。
「そうですね。私のせいです」
認めて、うな垂れた。
「マリアンヌがこんなに辛い思いをするのだとわかっていれば、後2ヶ月、結婚式が終わるまで待ちました。本当にすいません。貴女一人に辛い思いをさせて、申し訳なく思っています」
謝罪の言葉を口にする。
それだけで、わたしの気はだいぶ晴れた。
誠意ある態度に、きゅんとする。
だがここで許すと、わたしの目的は達せられない。
わたしはあえて、渋い顔をした。
「言葉ではなく、態度でその謝罪を示してください」
迫る。
「態度ですか?」
ラインハルトは首を傾げた。
わたしが何を言いたいのか、わからないらしい。
「ええ」
わたしは頷いた。
「イライラしたら、噛ませてください」
噛み付きたいと告げると、きょとんとした顔をされる。
「噛みたいのですか?」
確認される。
「噛みたいです」
わたしは頷く。
別に力一杯、噛み付きたいわけではない。
甘噛みでいいからかじかじと噛み付いたら、だいぶストレスは軽減されそうだ。
イライラの解消にいいだろう。
「いいですよ」
ラインハルトはあっさり、OKした。
「いつでもどうぞ」
わたしに向かって、両手を広げる。
わたしはラインハルトの膝の上に移動した。
横座りになり、抱きつく。
ラインハルトの手が背中に回った。
抱き返される。
わたしはラインハルトの肩口に顔を埋めた。
襟元を大きく開いて、カミカミと噛み付く。
「ふふっ」
ラインハルトは笑った。
甘噛みがくすぐったいらしい。
「もっと強く噛んでも大丈夫ですよ」
そんなことを言われた。
「痛い思いをさせたいわけではないので、いいです」
わたしは断る。
「マリアンヌらしいですね」
ラインハルトはまた笑った。
ラインハルトバージョンもあります。
視点を変えたいのでわけました。




