試食会2
料理人もけっこう大変なのです。
暖かな料理を前に困惑の表情を浮かべる料理人の皆さんにわたしは名乗った。
「はじめまして。わたくしがマリアンヌです。今日は打ち合わせのために忙しい中、時間を作ってくださってありがとう」
ぐるりとその顔を見回す。
にっこりと笑みを浮かべた。
「まだ時間には早いですが、皆、揃ったようなので、先に料理を一口ずつ召し上がってみてください。これが当日、皆に作ってもらう料理になります」
わたしの説明と共に、メアリがクロウを除く10人に取り皿とフォークを配っていく。
料理にはスプーンがついていた。
一口分ずつ掬えるようになっている。
だが誰も動こうとしなかった。
初めての状況に戸惑っているらしい。
毒なんて入っていませんよ――そんな冗談を言おうとして、冗談にならないことに気づいて止めた。
「どなたからでも構いません。冷めないうちに、どうぞ。ラインハルト様の前で召し上がるより、今の方が気楽だと思いますよ」
わたしはもう一度、勧める。
互いの出方を窺っていた中の一人が動いた。
比較的若い料理人だ。
美味しそうな料理に食指が動いたらしい。
冷める前に食べるべきだと思ったのだろう。
「では、頂きます」
取り皿を持って、料理に近づいた。
それを見て、何人かが続く。
やはり若い料理人たちだ。
思い切るのが早い。
ベテランの料理人はまだ戸惑っていた。
取り分けを終えた最初の彼が壁際に戻る。
料理を口に運んだ。
「美味い」
独り言のようにこぼす。
予想以上に美味しかったようだ。
目を輝かせる。
わたしは料理人からの評価に気を良くした。
それを聞いて、躊躇っていた料理人の中にも料理を取りにいくものが現れる。
興味が沸いたようだ。
美味しいと言われたら、試さずにはいられないのだろう。
料理人として、それは正しい姿勢だと思った。
(うんうん。探究心や向上心は料理人として必要だよね)
そんなことを思いながら見ていると、二人だけ動かない人がいた。
どちらもけっこう年配だ。
王の専属料理人かもしれない。
王の専属は二人だと聞いていた。
(王の専属としてプライドが許さないのかな?)
そんな風に思う。
その気持ちは尊重したいと思っていた。
手伝いを強要するつもりはない。
集まった料理人の数は必要人数より多かった。
手伝いを希望しない人は外すことが出来る。
嫌々作った料理が美味いはずがない。
料理のクオリティを落としたくないわたしにとって、やる気がない人には最初から退場してもらう方が助かった。
「料理を食べたからと言って、強制的に手伝わせるつもりはございません。都合が悪ければ辞退してください。でもせっかくですから、召し上がりませんか? 冷めたら、もったいないですよ」
わたしの言葉に、二人は互いの顔を見た。
小さく頷き合った。
一人がおずおずと動き出すと、もう一人が続く。
結局全員が、料理を口にした。
好評なのは食べている顔を見てもわかるので、わたしはとても満足だ。
クロウも嬉しそうな顔をしている。
実はこの試食は、わたしの味覚と世間一般の味覚とに誤差がないかの確認でもある。
わたしだけが美味しいと思う料理ではいけないのだ。
誰が食べても美味しい料理でなければ困る。
だがその心配はいらないようだ。
料理人たちは満足な顔をしている。
ラインハルトが来るまでにまだ少し時間があったので、わたしは自己紹介してくれるよう、料理人たちに頼んだ。
人数と普段働いている場所を確認したい。
最初に口を開いたのは王の専属の二人だ。
ベテランだが、わたしが思っていた二人ではない。
わたしが王の専属料理人だと思った彼らはフェンディの離宮の料理人だった。
第一王子の離宮には、第一妃、第二妃にそれぞれ一人ずつ専属の料理人がついているらしい。
一つの厨房で二人の料理人が、全く同じ材料で同じメニューを作るそうだ。
何のためにそんな面倒なことをするのか聞きかけて、止める。
想像がついた。
料理が出てくるのが、どちらが先だ後だと揉めたのだろう。
それをフェンディはそれぞれに料理人をつけることで解決した。
メニューが違うとまた揉めるので、全く同じ材料で全く同じメニューを二人とも作ることになったらしい。
(料理一つでこれなんだから、フェンディが愛想を尽かす気持ちがわかるかも)
心の中でわたしは呟いた。
フェンディの苦労の一端が見えた気がする。
同情を覚えた。
基本的に、フェンディはいい人なのだろう。
妃たちの要望を出来るだけ叶えようと奮闘したようだ。
ちなみに料理人はそれぞれが自分の実家から呼び寄せているらしい。
忠誠心はフェンディより妃の方にありそうだ。
わたしにとって敵かどうかは微妙なところかもしれない。
他にはマルクスの専属の料理人が一人、第一王妃(フェンディの母)、第二王妃(マルクスの母)のそれぞれ専属の料理人が一人ずつ、王宮の食堂に働いている料理人が3人だ。
王宮の食堂なんて耳慣れない単語が出てきて、わたしは食いつく。
王宮内に食堂があるなんて初耳だ。
社員食堂みたいなのをイメージする。
詳しく話を聞いたら、あながち外れていなかった。
王宮で側近や護衛騎士として働く貴族用と、王宮の使用人たちのいわゆるまかない用の2つの食堂があるらしい。
そしてたいていの噂はこの食堂から広まるようだ。
(それはぜひ一度、お忍びで行ってみるべきではないかしら?)
密かにそう思ったことが、顔に出ていたらしい。
「その食堂をマリアンヌ様は利用できません」
メアリに先に釘を刺された。
「……はい」
わたしは頷く。
見てみたかったし、食べてみたかったので、残念に思った。
そんな話をしていると、お茶の時間になる。
ラインハルトがやって来た。
すでに集まっていたわたしたちを見て、戸惑った顔をする。
「遅れましたか?」
尋ねた。
「いえ。遅れていません」
わたしは首を横に振る。
わたしたちが早かっただけだ。
わたしはラインハルトに椅子を勧める。
ラインハルトはわたしの隣に座った。
「当日の料理を試食してもらっただけで、まだ何も決めていません。ラインハルト様からお話しされますか?」
わたしはお伺いを立てた。
でしゃばっていると言われると面倒なので、丸投げする。
だがそのボールはそのまま返ってきた。
「いいえ、マリアンヌからどうぞ。料理のメニューを決めたのは貴女なのですから」
譲られてしまう。
わたしは要点だけ掻い摘んで話した。
それぞれの料理ごとに担当を決め、その料理に対して責任を持ってもらうこと。
レシピはわたしが用意して教えるが、担当する料理が決まったら、試作を繰り返して料理のレベルを上げて欲しいこと。
試食はラインハルトが行うので、最低限、週に一回は担当の料理を持ってきて欲しいこと。
この3つは最低限守って欲しいのだと伝える。
ちなみに料理は7品だ。
挙式後のパーティは人数が多いので立食になる。
コース料理のように順番に運ぶ必要はなかった。
その代わり、一気に大量に必要になる。
一人に一つの料理だけを担当してもらうのはそのためだ。
わたしは料理人たちの顔を見回す。
「今、ここには全部で11人の料理人がいます。料理は7品なので、4人余ります。なので、主を慮って協力が出来ないというなら、4人まではそれを認めます。でも辞退者が4人出てしまった後では、それが出来ません。辞退を希望する方は早目に言ってください」
わたしは告げる。
料理人たちはざわついた。
自分たちに選択権があるとは思っていなかったらしい。
戸惑う顔をした。
だが、それにラインハルトが異を唱える。
「それは駄目ですよ、マリアンヌ」
やんわりと注意された。
「何が駄目なのでしょう?」
わたしは尋ねる。
「国王、第一王妃、第二王妃、第一王子に、第二王子。彼らの料理人に辞退を許すことは出来ません。許せば、彼らの主は私達の結婚を祝福していないことになってしまいます。……その意味はわかりますね?」
ラインハルトに問われた。
「はい」
わたしは頷く。
上げられた名前で気づいた。
「結婚式に協力しない=祝福していないってことなってしまうんですね」
わたしの言葉にラインハルトは微笑む。
「他の王族は料理人を貸し出したのに、それをしないのは結婚を祝福していないからだとあっという間に噂になるでしょう」
眉をしかめた。
「それは……。誰も得しない話ですね」
わたしは納得する。
「すいません、皆さん。わたしの考えが足りなかったようです。人数が多いから、希望しない人には辞退を……と考えていましたが、そう簡単にはいかないようです。辞退できるのはしがらみの少ない、食堂に勤める3人だけのようです」
どうしますか?と、3人を見た。
3人は何かを頷き合う。
「今回のレシピ、教えてもらえるのは担当する一品のみなのでしょうか?」
代表して、一人が尋ねる。
どうやら、レシピを知りたいらしい。
「いいえ」
わたしは首を横に振った。
「今回の料理はどれも、王都から遠く離れた辺境にある領地でよく食べられている郷土料理です。それに少しだけわたしが手を加えました。秘匿するようなものは何もないので、希望者には全ての料理のレシピを公開するつもりでいます」
それ聞いて、彼らは嬉しそうな顔をする。
「ぜひ、お手伝いさせてください」
頭を下げた。
「わかりました」
わたしは頷く。
「では、それぞれの部署ごとにわけるとちょうど7つなので、部署で割り振りましょう。米料理は材料の準備が少し大変なので、家の料理人が担当します」
わたしはさっと米料理を確保した。これは米を精米する必要があるので、他に任せられない。
残りは、国王、第一王妃、第二王妃、第一王子……と主が偉い順に作りたいものを選んでもらった。
どこからも文句が出なかったので、妥当な決め方だったのだろう。
わたしは担当が決まった料理のレシピを料理人たちに渡した。
ざっと目を通してもらう。
わたしの手書きのもので、一つずつしかなかった。
料理ごとにレシピは分かれている。
貸し出すことは出来ないので、わからないところや大切なところはメモを取るように勧めた。
料理人たちは何やらざわついている。
「このレシピはどなたが書かれたんですか?」
国王の専属料理人に聞かれた。
「わたしですよ」
わたしは答える。
「……」
なんとも奇妙な沈黙が流れた。
「何か間違っていましたか?」
問うと、料理人たちは目配せしあう。
「とても細かいので驚きました」
フォローするようにそう言われた。
無自覚に何かやらかしているらしい。
(何がいけなかったんだろう?)
わたしは首を傾げた。
だが聞いても答えてくれないのはわかっている。
ラインハルトがいる前で、彼らは余計なことを口には出さない。
仕方なく、ついでにお願いしてみようと思っていたことを言ってみた。
「ところで今回の料理ですが、デザートはまた決まっていません。もし、自分の得意なデザートがあって、それをパーティで出してみたいという思いがあるなら、試作品を持ってきてください。パーティに出すのに相応しいものであれば採用しますし、改良する点があるなら一緒に考えたいと思っています。……わたしの体調が悪くならない限り」
最後の一言は苦笑いで付け加える。
今は体調がいいが、今後はどうなるかわからない。
せめて、吐き悪阻でないことをわたしは祈っていた。
だが、こればっかりはどうにもならない。
レシピの観覧のためと、試作品の持ち込みに関して離宮に出入りする許可を料理人たちにラインハルトから与えてもらう。
この日はそれで解散になった。
レシピでなにかしらやらかしている模様です。




