スキンシップ
仲良きことは美しきことなのです
ルイスが日程を調整してくれた結果、試食会は三日後に開かれることになった。
仕事を終えて帰ってきたラインハルトから、ルイスの伝言を聞く。
そろそろ悪阻が始まるのではと、びくびくしているわたし的にはなんとも微妙な日程だ。
出来ることなら、悪阻が始まる前に料理についての話し合いは終わらせておきたい。
どんな症状が出るのかわからないから、不安だ。
食べ物の匂いで気持ちが悪くなる場合だってある。
その場合、試食を兼ねた話し合いはかなり辛いものになるだろう。
だが、ルイスが最速で予定を取ってくれたのはわかっていた。
ラインハルトは地味に忙しい。
抱えている仕事はいろいろあるようだ。
ラインハルトが説明してくれないので詳しくは知らないが、通常の仕事のほかに今は挙式の諸々についての仕事もある。
ちなみに近日予定されていた挙式のリハーサルは、わたしの懐妊で中止になった。
本来は何度もリハーサルを繰り返すはずだったが、前日の一回だけになる。
それはそれで不安はあった。
だが、立ちっぱなしのリハーサルを繰り返すよりはましだろう。
身体に負担が少ない方をわたしは選択した。
ラインハルトが意外と忙しいことを知ると、わたしを追ってランスローまで来たことがどれだけ無謀なことか、よくわかる。
わたしの悪評が立つのも、仕方ないかもしれないと思った。
迷惑を被った人は少なくないだろう。
だが、王子への文句は口に出来ない。
矛先はわたしに向かうしかなかった。
わたしは自室に戻って、部屋着に着替えてラフな格好になったラインハルトを見る。
部屋着を着ても王子様はキラキラだ。
「なんですか?」
ラインハルトは問う。
ソファに座っていたわたしを一度立たせ、自分が座った。
そしてわたしを自分の足の間に座らせる。
腰に手を回し、抱き込んだ。
わたしの背中とラインハルトの胸が密着する。
わたしたちは今、故意にスキンシップを取るようにしていた。
たくさんキスをしたり、身体を密着させる。
寝室ではもう少しエッチなこともしていた。
身体を触られたり、揉まれたり、吸われたりする。
だが、それ以上はなかった。
挙式が終わるまで、とりあえず夜の生活は控えることにしている。
お産婆さんからそうするようにラインハルトも言われたそうだ。
その分、いちゃいちゃする時間を作っている。
常時わたしの側にいるメアリはちょっと迷惑そうだ。
だが、わたしとラインハルトがいちゃつき始めると、明後日の方向に目を逸らすという業をいつの間にか身につけている。
そんなメアリにわたしは小さく微笑んだ。
(恋愛とか結婚って、意外と努力が必要なイベントなんだよね)
しみじみと思う。
前世ではその努力が面倒で、放棄してしまったことを思い出した。
「試食会、本当に参加するんですね」
わたしはポツリと呟いた。
まだほとんど膨らんでいないお腹を愛しそうに撫でているラインハルトの手に自分の手を重ねる。
手を握った。
「迷惑ですか?」
ラインハルトは尋ねる。
首筋に息がかかった。
顔が埋められたのがわかる。
「迷惑ではありませんけど、王子様がいたら料理人が緊張するのではないでしょうか?」
わたし相手ならさほど緊張しなくても、ラインハルトがいたら料理人たちはガチガチに固まりそうな気がする。
「それはそうかもしれませんね」
ラインハルトは認めた。
だが、参加しないとは言わない。
何か考えがあるようだ。
「何か心配事でもあるのですか?」
わたしは自分から尋ねることにする。
「いいえ。でも、自分が食べるものを誰が作っているのか知らないのは不安だと言ったのはマリアンヌですよ。私達の挙式で供される料理です。誰が作っているのか確かめておくのは悪いことではないでしょう?」
ラインハルトは答えた。
それは万が一に備えてというようにも聞こえる。
だが、わたしもその意見には賛成だ。
今回、料理人を外から呼ばずに城の中にいる人だけに任せるのにはわけがある。
見知らぬ人間が厨房に出入り出来ないようにするためだ。
担当している場所が違うとはいえ、王宮の料理人たちはそれなりに面識がある。
見知らぬ人間がいたら直ぐに気づくだろう。
わたしが尤も懸念しているのは、第三者の手によって料理に毒が混ぜられることだ。
料理で問題を起こすのが、わたしの評価を落とすのには一番手っ取り早い。
わたしが敵だったら、まず間違いなく料理を狙うだろう。
人が死ぬほどの問題を起こす必要はない。
料理を食べた人が具合悪くなったという程度で構わないのだ。
それで十分、わたしの立場は悪くなる。
「確かにそうですね」
わたしは納得した。
「わたしの体調も、試食会の時にはどうなっているのかわからないので、万が一の時にはお願いします」
わたしの言葉に、ラインハルトの身体がピクッと反応する。
「どういう意味ですか?」
問われた。
声には不安そうな響きがある。
わたしはラインハルトを振り返った。
眉をひそめている顔を見て、ふっと笑う。
頬に触れ、キスをした。
そのまま、抱きしめる。
「大丈夫ですよ」
ラインハルトの背中をポンポンと叩いた。
「そろそろ悪阻が始まりそうな時期なので、試食の匂いで気持ちが悪くなった場合を考慮しただけです。ラインハルト様が心配されるようなことはありません」
説明する。
わたしがその場を立ち去っても、ラインハルトが話を進めてくれるように頼んだ。
「具体的に、何をすればいいんですか?」
ラインハルトは聞く。
「どの料理を誰が作るか決めて欲しいのです。それぞれの料理に担当を決めるつもりでいます。出来れば、本人が得意としているジャンルの料理を任せたいのですが、それが上手くいくかはわかりません。自分がメインを作ると言い張って譲らない人が出ないとは限らないですしね」
わたしの言葉に、ラインハルトは笑った。
「そんなことを言い出しそうな心当たりがあるんですか?」
問われた。
「いいえ。王宮で働く料理人なんて、クロウしかわたしは知りませんもの」
わたしは答える。
「でも、プライドが高そうな人はいそうでしょう? そういうことを考えると、ラインハルト様が同席してくださるのは幸いかもしれませんね」
わたしの言葉より効果がありそうだ。
わたしの言葉は無視できても、王子様の言葉は無視できないだろう。
「最後に、ラインハルト様から料理人たちに宿題を出してください。自分が担当に決まった料理を、作って持ってくるように。それをラインハルト様が食べて、判定してください。合格が出るまで料理を作ることになっても、ラインハルト様が相手なら文句は言いませんよね?」
わたしがウキウキと頼むと、ラインハルトは渋い顔をする。
「それは連日、私は同じ料理を食べ続けなければならないということですか?」
質問された。
「そうなりますかね?」
わたしは恍ける。
首を傾げた。
「そういうことですよ」
ラインハルトはため息をつく。
「料理人が一発合格すれば、何の問題もありませんよ」
わたしはにこりと笑って、ラインハルトに甘えた。
「機嫌を取れば、私が何でもいうことを聞くと思っていませんか?」
ラインハルトは疑いの目を向ける。
「思っていません」
わたしは首を横に振った。
立っている者は親でも使う主義です。




