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ドレス

たかがドレス、されどドレス





 公表しない意味がないくらい、わたしの懐妊はあっという間に知れ渡った。

 挙式の関係でそれなりの人数に打ち明けることになったのだから、噂が広まるのが早いのも仕方ない。

 それよりも、わたしはあちこちに迷惑をかけることになってしまったことが申し訳なかった。


 まず、仮縫いしていたドレスを作り直すことになる。

 とても言い難いと思いながら、妊娠したらしいことをお針子たちに告げた。


「おめでとうございます」


 お針子たちは祝いの言葉を口にする。

 思ったより、驚いた反応は少なかった。

 体調不良で寝込んでいた数日の間に、もしかしたら懐妊では?という噂が流れていたらしい。

 ある程度、覚悟はしていたようだ。

 だがドレスを作り直すことがはっきりして、その顔は引きつっている。

 挙式までは一ヶ月を切っていた。

 作り直すのは大変なのだろう。

 そこでわたしはデザインの変更を申し出た。


「切り返しを胸の下に持ってきて、ウェスト部分は後ろをリボンで締めるようにすれば当日の体形に合わせて調整できると思うのだけれど、どうかしら?」


 提案する。

 ウェスト部分は帯を巻くイメージだ。

 その帯をリボンでスニーカーの靴紐のように結ぶ。

 シルエットの美しさは崩れるが、サイズの調整が可能で、今の仮縫いに少し手を加えれば出来上がる。

 とても現実的な案だと思った。

 しかし、お針子たちは渋い顔をする。


「ですがそれですと、伝統的なドレスのデザインにそぐわなくなってしまいます」


 困った顔をした。

 彼女たちは王宮専属のお針子たちだ。

 王族のドレスを伝統に則って作ることを命じられている。

 勝手にデザインを変更することは許されていなかった。

 申請し、許可を得なければならない。

 だがその許可を得るには時間がかかった。

 その間、仮縫いをストップするとドレスが挙式に間に合わない可能性が高い。

 お針子たちの困惑をわたしは理解した。

 すでに許可を得ているデザインの中から、妊婦に着られそうなものを探してみる。

 だが、王族が出来ちゃった結婚をする場合なんてほぼないのだろう。

 妊婦さんがドレスを着ることを想定したデザインは一つもなかった。

 わたしは一応、王族伝統のマタニティドレスのデザインも見せてもらう。

 だがそれはどれも結婚式で着られるような感じではなかった。

 わたしは結婚式にさして思い入れはない。

 だが、何でもいいとは思っていなかった。

 一生に一度のことだから、それなりにはちゃんとしたい。


「はあ」


 わたしは一つ、ため息を吐いた。


「これ、わたしの我侭でデザインを変えたってことにすれば、許可を得る前でも仮縫いを進められるかしら?」


 お針子たちに問う。

 彼女たちはあくまで使用人だ。

 最終的な決定権はわたしにあり、わたしの決断には逆らえない。


「そういうことでしたら、可能ではあります」


 お針子たちは頷いた。

 わたしに作れと命じられたから作ったのなら言い訳が立つらしい。


「つまり、わたしが悪者になればすべて上手くいくのね」


 苦く笑った。


「しかし、それでは……」


 お針子たちは困った顔をする。

 わたしに責任を押し付けるのを申し訳なく感じているようだ。


「わたしの悪女伝説が加速しそうね」


 呟くと、なんとも微妙な顔をされる。

 彼女たちは皆、わたしの悪女伝説を知っていた。

 どんな妃なのだろうとびくびくしながら対面したら、噂とは程遠くて戸惑ったらしい。

 噂が誤解だと知ってからは、何かと良くしてくれていた。

 そんなお針子たちをわたしは気に入っている。

 彼女たちにとばっちりが行くことだけは避けなければならないと思っていた。


「仮縫いを進めながら、同時進行でデザイン変更の申請を出しましょう。許可が間に合えば、問題なし。間に合わなかったり、却下された場合はわたしが悪者になります。ドレスが間に合わないより、その方がましだと思うのだけれど、どうかしら?」


 お針子たちに意見を求める。

 それなら……という雰囲気がその場に漂った。

 問題が解決した空気が流れる。

 だが一番年嵩のベテランお針子だけは渋い顔をしていた。


「ですがその場合、申請を却下される可能性が高いと思います」


 心配そうにわたしを見る。

 さすがにベテランは王宮の内情にも詳しいようだ。

 実はわたしもそう思っている。


 そもそも、王族に相応しいかどうかなんて、デザインを審査する機関なんてものがあることが可笑しい。

 体よく難癖を付けたいだけにしかわたしには思えなかった。

 申請が通らなければ、ドレスを作る人間は困る。

 意地悪するにはうってつけだ。

 審査するのがドレスのデザインの良し悪しなんてわかりそうもない重臣たちなのも引っかかる。

 そこにはわたしに面子を潰されたと思っている第二王子派閥の重臣の名前もあった。

 わたしのドレスのデザイン変更なんて、十中八九、通らないだろう。


「結婚式にドレスを着ないわけにはいかないもの。仕方がないわ」


 わたしは苦く笑った。


「本当によろしいのですか?」


 ベテランお針子は不安な顔をする。


「悪く言われることには慣れているから、大丈夫よ」


 わたしはにこりと笑った。






 ドレスのデザイン変更はあっという間に噂になった。

 王家の伝統をないがしろにしていると陰口を叩かれる。

 わたしの懐妊は公然の秘密なので、妊婦なのでデザインの変更を余儀なくされたことをお針子たちは口に出来なかった。

 噂を訂正することが出来ないことに、お針子たちは申し訳ない顔をする。

 デザインを変更の件は自分たちが洩らした訳ではないとも言い訳した。

 そのことに関しては、わたしも疑っていない。

 お針子たちとは良好な関係を築いていた。

 悪意を持って、わたしの噂を流すことはないと信じたい。

 デザイン変更はお針子の口からでなくても洩れる場所はたくさんあった。

 変更のための申請はすでに行っているし、生地の注文もすでに変更してある。

 ドレスのデザインが変更されることは客観的に見て明らかだ。

 それに気づいた誰かが、悪意を持って噂を流したのだろう。


「マリアンヌ様は何も悪くないのに、悪く言われるなんて酷すぎます」


 お針子たちはわたしのために怒ってくれた。

 自分の代わりに誰かが怒ってくれると、本人は逆に冷静になるらしい。

 覚悟をしていたこともあり、わたしに動揺はなかった。

 いろいろ言われすぎて、慣れてきたところもある。


(そんなことに慣れたくなんてなかったけど)


 心の中で苦笑した。


「皆さん。ありがとう」


 わたしはお針子たちに礼を言う。


「皆さんがわたしを理解し支えてくれるから、顔を合わせることも言葉を交わすこともない他人に何を言われても耐えられます。これからもわたしを支えてください」


 頼むと、お針子たちは目を潤ませた。

 感動している。

 王子の妃にそんな言葉をかけられるなんて思っていなかったようだ。


「私達はいつでもマリアンヌ様の味方です」


 そう言ってくれる。

 わたしはその言葉が嬉しかった。

 わたしには敵も多いようだが、味方もいるらしい。

 妊娠初期で不安定になりがちな気持ちを支えてくれる人たちがいた。






悪女伝説、加速中

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