現状確認
確認したいのは米のことだけではありません
ローレライの状況をわたしはなんとなく理解した。
「では、米にもっと市場価値が生まれて流通するならその方がいいということですか?」
回りくどい駆け引きは苦手なので、ずばっと尋ねる。
わたしの直接的な物言いに慣れないようで、ミカエルはちょっと戸惑う顔をした。
「そうなると、助かります」
だが、しっかりと返事はする。
「わかりました」
わたしは頷いた。
どうやら、好きにやって問題はないらしい。
それがわかっていたから、国王は話を振ったのだろう。
相変わらずの食えなさだ。
(でもそれで米の需要が確実に高まるかはわからないんだけどね)
そこまでは責任を負えないと思った。
その他大勢のわたしの範疇ではないと切り捨てる。
わたしに出来ることなんて高が知れていた。
それ以上のことは出来ないのだから、出来ることを頑張るしかない。
(手を抜くつもりはないけれど、頑張りすぎることもしないわ)
わたしはそう決めている。
責任感に押しつぶされるつもりなんてなかった。
クロウにその他大勢という認識を改めろと言われても、やっぱりわたしは自分をその他大勢だと思う。
その認識を改める気は今のところない。
自分を過大評価するつもりはなかった。
(その他大勢はその他大勢として頑張らせてもらいます)
心の中で呟く。
「ところで、ローレライではどうして米を精米せずに玄米のまま召し上がっているんですか?」
わたしはずっと気になっていたことを尋ねた。
長い間米を主食としていたら、当然、誰かは精米すればもっと美味しく食べられることに気づいただろう。
それなのに、精米することが広まっていない。
玄米のまま食べているのには理由があるのかもしれないと思った。
玄米の方が栄養価は高いことをもちろんわたしも知っている。
(たしか江戸時代とかは玄米がバランスのとれた栄養食だから、主食をたくさん食べてその他の副菜はすこしでも栄養学的に問題なく暮らしていたんだよね)
前世でそんな内容の番組を見た覚えがあった。
山盛りの玄米ご飯に、おかずはたくあんがニ切れとかだ。
それで栄養学的には問題がないのが凄い。
玄米は貧しい食生活の中の栄養の優等生らしい。
ローレライもそういう意味であえて玄米を食べている可能性があった。
他の食材の生産が難しいなら十分に考えられる。
なんせ、この世界の基本は地産地消だ。
輸送手段がないので、食材の運搬は活発ではない。
せいぜい馬車で一日の距離が限界で、一番多いのは半日程度の距離の運搬だろう。
他に特産がないほど米の栽培のみに特化した土地なら、その他の食材が潤沢に生産できているとは思えなかった。
ローレライの食糧事情は苦しいのは想像するのに容易い。
「特に理由はないのですが……」
ミカエルは困った顔をした。
「米は籾を外せば食べられるので、それ以上手をかける必要はないと思っていました」
説明する。
(それはそうか)
わたしは納得した。
食べられないものを食べられるようにする手間はかけるかもしれないが、食べられるものをより美味しく食べるために手をかけるという発想はあまりこの世界にはない。
前世で飽食の時代を生きていたわたしにとって食事とは娯楽の一つだが、この世界の食事は生きるための行為だ。
基本的には栄養が取れれば問題ない。
貴族の料理はさすがに美味しさも追求されているが、庶民の食事は食べられればOK的なところがあった。
不味くなければ、それ以上の美味しさは求めない。
(そもそも、精米に無駄に時間と手間がかかるからね)
人力でやってみて、精米の大変さを実感した。
毎日の食事にそんな手間をかけることはしないだろう。
「ミカエルさまは精米したお米、食べたことがありますか?」
わたしは尋ねた。
「いいえ」
ミカエルは首を横に振る。
「出来れば、食べてみたいです」
微笑んだ。
そのはにかんだ笑顔が可愛くて、きゅんとする。
(何、この人。なんか……魔性)
モテる理由がよくわかった。
何でもしてあげたくなってしまう。
「では今日は家で夕飯を召し上がってください。精米したお米を貰いに行き、その米でご飯を炊きましょう」
わたしはにこりと笑った。
「え? あ、はい」
ミカエルは戸惑いながらも頷く。
わたしはルイスを振り返った。
「フェンディ様に水車小屋に米を貰いに行く許可を取ってもらえますか?」
頼んだ。
王宮で生活するようになって、数日。
さすがにわたしも自分の行動には事前に許可が必要なことは理解していた。
勝手に小屋まで米を貰いに行くようなことはしない。
「それは侍女が米を取りに行くってことですよね?」
ルイスは釘を刺す。
わたしを水車小屋に行かせるつもりはないようだ。
「……それでも、いいです」
わたしは妥協する。
本当は水車で精米する様子をミカエルに見せたかった。
だが水車小屋は先日、出来上がった時に訪れたばかりだ。
頻繁にわたしが足を運ぶのは問題があるのかもしれない。
わたしは素直にルイスの判断に従うことにした。
わたしだって、問題を起こしたいわけではない。
王宮のしきたりには疑問も多いが、古い慣習を壊したいわけではなかった。
「それなら、問題ないです。さっそくフェンディ様に許可を貰い、米を取りに行く手配をしましょう」
ルイスはさっと動く。
ラインハルトに断りを入れて、出て行った。
わたしは改めて、ミカエルを見る。
フェンディの名前が出ても、無反応であることを不思議に思った。
付き合っている相手の名前が思いがけなく出たら、普通は何かしら反応するだろう。
だが、まったく反応がない。
(付き合っているのがフェンディ様の妄想とか、そういう怖いオチはないわよね?)
わたしはちょっと不安になった。
ミカエルはストーカーとかを引き寄せそうなタイプに見える。
だがさすがに、この流れでフェンディと付き合っているのが本当かなんて確かめようがなかった。
わたしは適当な会話のきっかけを探す。
「ミカエル様はこの後、いつまで王都に滞在されるんですか?」
何気なく尋ねた。
「それはその……」
ミカエルは困った顔をする。
「わかりません」
苦笑した。
「国王様からはマリアンヌ様と話をするように言われただけで、その後の指示は特にありませんでした。どうすればいいのか、実はマリアンヌ様にお聞きするつもりでいました」
じっと見つめられる。
その眼差しに、ちょっとドキドキした。
国王はローレライ領主と話をすればいいと簡単に言っていたが、本当にそのためだけにミカエルを呼んだらしい。
ローレライはランスロー並みに僻地だ。
馬車で三日はかかかる距離をこの話のためだけに呼ばれたのかと思うと、わたしが申し訳なくなる。
このまま帰すことは出来ない気分になった。
こうなることもあのポンポコは読んでいたのかもしれない。
(呼びつけておいて、こっちに丸投げか)
ポンポコずるいと心の中で毒づいた。
だがそんな話を聞いたら、放っておけない。
「それではどこに滞在するかも決まっていないのですか?」
わたしの問いかけに、ミカエルは苦笑した。
「はい」
静かに頷く。
「ラインハルト様」
わたしはラインハルトを見た。
ラインハルトは困った顔をする。
「それは父上や兄上の目論見どおりだと思うよ」
苦笑した。
わたしが言いたいことはわかっているらしい。
「そうですね。わたしもそう思います」
わたしは頷いた。
「でも……」
縋るような目でラインハルトを見る。
「放っておけないのでしょう? わかっていますよ」
小さなため息を漏らした。
「ローレライ。よければ家に滞在してください。そして、妃を手伝ってください。米料理をいろいろと考えたいようなので」
ラインハルトはわたしを見る。
優しく微笑んだ。
男前過ぎるその行動に、わたしはきゅんとする。
(大好き)
心の中で呟いた。
「本当に、仲がよろしいんですね」
ミカエルはのほほんとそんなことを言う。
にっこり笑った。
「お世話になります」
頭を下げる。
こうして、ミカエルの滞在が決まった。
フェンディ様、ストーカー疑惑 ^^;
いえいえ、大丈夫です。




