ミカエル
はんなりしています
ミカエルと会うのをわたしは楽しみにしていた。
フェンディが愛した人に興味がある。
下世話な好奇心だが、かなりわくわくしていた。
そわそわしているわたしにメアリは呆れた顔をする。
「少し落ち着いてください」
注意された。
「……はい」
素直にわたしはソファに腰掛ける。
「ミカエル様ってどんな人なのかしら?」
にまにましているわたしをメアリは不気味そうに見た。
「何をそんなにはしゃいでいるんです?」
問われる。
「何故って、人の恋バナは楽しいでしょう? 自分には全く無関係なのが、いいのよね」
ふふんと浮かれたわたしは鼻歌を歌い出す。
メアリは心の底から驚いた顔をした。
「マリアンヌ様にもそういう普通の女性みたいところがあるんですね」
かなり失礼なことを言われる。
(普通の女性みたいなところって何? 普段のわたしはなんだと言うの?)
突っ込みたいところは満載だが、アントンがラインハルトの帰宅と来客を告げた。
メアリに文句を言うより、ミカエルへの興味の方が勝つ。
お茶の用意をするようメアリに言いつけて、わたしは出迎えに行った。
玄関先でラインハルトがわたしを待っている。
当たり前のようにルイスも一緒だ。
「お帰りなさいませ」
そう声を掛けながら、わたしはラインハルトの隣に立っている人の方が気になった。
彼がミカエルだろう。
ラインハルトにハグされて頬にキスを受けながら、わたしの視線はミカエルに注がれる。
ミカエルは天使みたいな名前をしているのに、はんなりとした京美人だ。
もちろん、日本人ではない。
黒に近いダークブラウンの髪はさらさらのストレートで、ボブより少し短めに切りそろえてあった。
目元は涼やかで優しい。
だが爽やかな感じはなかった。
目の下に泣き黒子があって、それが妙に色っぽい。
「いらっしゃいませ、ミカエル様。マリアンヌと申します」
挨拶しながら、失礼にならない程度に観察した。
(とりあえず、フェンディが面食いなのはよくわかったわ)
心の中で呟く。
「ご招待ありがとうございます、マリアンヌ様。いろいろ骨を折っていただくようで、すいません」
感謝の言葉を口にされた。
そのいろいろの部分が何を指すのかはいまいちわからないが、とりあえずミカエルの第一印象はすこぶる良い。
(わたしたぶん、この人、好きだ)
直感的にそう思った。
そしてわたしの勘はこういう場合、外れない。
「いいえ、こちらこそ。ミカエル様とはいろいろお話したいと思っていたので、お会いできて嬉しいです」
にこりと笑った。
わたしはミカエルを居間に案内する。
居間ではメアリがお茶の用意を整えていた。
わたしたちはソファに座って向かい合う。
ラインハルトはいつものようにわたしの隣に来た。
くっつくように座ろうとするのを、わたしは視線で制す。
話の邪魔になると思った。
それはラインハルトにも伝わったらしい。
苦く笑うと、少し離れて座る。
わたしは満足な顔で小さく頷いた。
ラインハルトの後ろにはルイスが立っている。
「とりあえず、お茶をどうぞ」
なんとなく緊張しているように見えるミカエルにお茶を勧めた。
「頂きます」
ミカエルはカップを口に運ぶ。
その仕草はどこか優雅だ。
ゆったりした動きがそう見えるのかもしれない。
思わず、見惚れてしまった。
「マリアンヌ」
ぼうっとミカエルを見ていたわたしをラインハルトが呼ぶ。
困った顔をしていた。
「失礼しました。ミカエル様がお綺麗で、見惚れてしまいました」
わたしが正直に言うと、ミカエルは驚いた顔をする。
ちらりとラインハルトを見た。
「誘っているわけではないので、気になさらなくて大丈夫です。ただの感想です」
ラインハルトの代わりに、ルイスが答える。
(え? 誘っている要素、どこにあったの?)
わたしは驚いた。
そんなわたしにラインハルトは苦笑する。
「話があると呼んだのはマリアンヌの方なのだから、話を切り出さないと。ローレライが困っているよ」
ちらりとミカエルを見た。
それに釣られるように、わたしもミカエルを見る。
確かに困った顔をしていた。
「何から切り出したらいいのかわからなくて、すいません。ローレライでは米が特産だそうですが、たくさん採れるのですか?」
わたしは尋ねた。
「そうですね。ローレライは気候の関係で小麦などの生産には向かないのです。そのため、米を特産としてたくさん作っています。しかし、ご存知の通りに米は一般的な食材ではないので流通しているのはほぼローレライの領内だけになります」
ミカエルは説明してくれる。
朗々とした声もいい感じだ。
耳に心地よい。
うっとり聞き入ってしまいそうになって、不味いと思った。
(隣からの視線が痛い)
ちらりと横を見ると、ラインハルトが憮然とした顔をしている。
(うーん。面倒臭いことになりそう)
後から大変そうなので、機嫌を取っておくことにした。
そっとラインハルトの手を握る。
ラインハルトは手を握り返してきた。
表情が少し和らぐ。
わたしはほっとした。
「なるほど。米は好んで作っているというよりは、必要に迫られてという感じなんですね」
わたしの言葉にミカエルは頷く。
「では、主食が米なのも小麦などが採れないからですか?」
尋ねたら、『そうです』と返事が返ってきた。
「ちなみに、ローレライでは米をどのように召し上がっているのですか?」
わたしは質問を続ける。
「どのようにと言われると……」
ミカエルは困惑した。
質問の意図がわからないらしい。
わたしは米を精米して食べるのか、玄米で食べるのか確認した。
そもそも、精米という概念がミカエルにないことを知る。
米は玄米で食べているようだ。
食べ方を確認すると、パエリアみたいにスープで煮込むか、炊き上げた後にバターで炒めてバターライスにするかのどちらからしい。
当たり前だが、和食とは全く無関係のようだ。
あくまで洋食のメニューらしい。
(まあ、それが当然よね)
わたしは自分を慰めた。
米があるから和食があるかもなんて、甘い幻想なのだろう。
前世でも、ヨーロッパ圏で普通に米を食べている国はいくつもあった。
それと同じ感じなのだろう。
(やはり味噌や醤油は無理だったか)
がっかりした。
「マリアンヌ様、どうかしましたか?」
そんなわたしをミカエルは気遣う。
「いえ、何でもないのです」
わたしは首を横に振った。
人の恋バナは自分に関係ないから楽しいのです。




