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その他大勢のわたしの平穏無事な貴族生活  作者: みらい さつき
第四部 第二章 ミカエル・ローレライ
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アントンはいい人です。








 国王が第三王子の離宮を訪れたことはあっという間に広まった。

 王子たちと食事をしたことやその料理を気に入ったことも伝わる。

 それがわたしのレシピで、挙式の後の披露宴で出されることまでその日のうちに知れ渡っていた。


 そんな噂の数々を、わたしはお茶を飲みながらアントンから聞く。


(もう広まっているのか、早いな)


 暢気にそんなことを思った。

 アントンは噂の真偽を知り合いから聞かれたらしい。

 代々、王家に使えている家系のアントンは王宮内に知り合いが多い。

 噂は比較的耳に入るそうだ。


(ということは、わたしの噂もいろいろと聞いていたってことよね)


 わたしは心の中で呟く。


(わたしに仕えるのは嫌だったろうな)


 そう思ったが、そんなことをアントンには聞けない。

 『そうです』とは答えられないだろう。


「大丈夫ですか? マリアンヌ様」


 アントンは心配そうにわたしを見た。


「何が?」


 わたしは首を傾げる。


「料理の件です。引き受けてしまって、よろしかったのですか?」


 不安な顔をされた。

 思った以上に大事になっていて、動揺したらしい。

 どんな噂を聞いたのか、こちらの方が不安になった。

 

「それね……」


 わたしは苦笑する。


「よろしくなくても、断れそうな雰囲気ではなかったでしょう? 仕方ないわよ」


 ため息をついた。


「仕方ない――で、すませていい問題なのですか?」


 アントンに呆れた顔をされる。

 どうやら、この屋敷の中で一番の常識人はアントンのようだ。


(でもこういう場合、常識人が一番苦労するのよね)


 アントンを気の毒に思う。

 今後もいろいろ苦労するだろう。

 それが自分のせいなのは、とりあえず棚の上に置いておくことにした。


「ちなみに、どんな噂だったのかしら? 詳しく教えてくださいな」


 わたしは流れている噂を確認する。

 自分がどんな風に周りから見られいるのか、知っておくのは重要だ。


(こんなエゴサみたいな真似、本当はしたくないけど)


 心の中でぼやく。

 自分のことをネットで調べることをエゴサーチと言う。

 前世のわたしはそんなことしたって、自分が傷ついて不幸になるだけだと思っていた。

 エゴサする人の気持ちが理解出来ない。


 だが今、わたしはエゴサみたいな真似をしている。

 積極的に自分の噂を集めていた。

 アントンには耳に入った噂を教えてくれるよう頼んである。

 噂好きが寄って来るよう、餌も撒いた。

 こちらからもある程度、噂を流す。

 どうせ流れる噂なら、こちらに都合のいい情報に少しでも変えていけばいい。


(まあ、この程度のことで上手くいくなら苦労しないんだけどね)


 いい噂は広まらないことはわかっていた。


 アントンは自分が聞いた噂を教えてくれる。

 ほとんどは事実だ。

 多少誇張されているが、嘘ではない。

 だが中には、わたしが密かに国王を招いたのではないかという憶測もあった。


「何のためにそんなことをするの?」


 思わず、アントンに尋ねる。

 自分にどんなメリットがあるのか、わからなかった。


「それは……」


 アントンは困る。

 言い難いことのようだ。

 わたしはお茶の給仕をしてくれているメアリを見る。

 視線に気づいたメアリは苦く笑った。


「国王様に嫌われているから、点数稼ぎがしたかったということだと思います」


 説明してくれる。

 相変わらず、遠慮がなかった。


(見た目美少女で、中身は男で毒舌……。マニアに受けそうなタイプだわ)


 わたしは心の中で笑った。


「わたし、国王様に嫌われていたのね」


 ぼそっと呟く。


「そんなことはないと思います」


 アントンは慌ててフォローした。

 人がいい。

 そんなアントンをわたしは好ましく思った。


「大丈夫よ。本当に嫌われているとは思っていないわ。むしろ、王子の妃の中では好かれている方なのではないかしら?」


 あのポンポコは自分が嫌いな相手とは口を聞かないタイプだろう。

 話しかけてくるだけ、好意があるに違いない。

 他の王子の妃には声を掛けたことがないとも聞いていた。


「そう思います」


 アントンは安堵した顔で頷く。

 その態度は、国王のことをよく知っているように見えた。


「アントンは国王様に仕えていたことがあるの?」


 わたしは何気なく尋ねる。


「はい」


 アントンは頷いた。


「わたしはずっと父と共に国王様の侍従を勤めていました」


 意外な経歴を知らされる。


「それって、この離宮の執事とではどちらが偉い役職なのかしら?」


 わからないので、聞いた。


「そうですね。国王様付きの方が上でしょうか」


 アントンは正直に答える。

 聞かれたから、質問に答えたという感じがした。

 自分が王子付きに落とされたことを気にしている様子はない。


「それは申し訳ないことをしました」


 わたしは謝る。

 アントンは驚いた。


「何がでしょう?」


 困惑した様子で尋ねる。


「王子付きに降格し、なおかつ苦労を背負い込んだ感じがなんだか申し訳なくて」


 わたしは苦く笑った。


「そんなこと、思っていません」


 アントンは首を横に振る。


「わたしは旦那様と奥様にお仕え出来て、幸せです」


 真顔でそんなことを言った。

 国王がラインハルトにつけた理由がわかる気がする。

 忠義に厚いようだ。


「ありがとう」


 わたしは礼を言う。

 ちょっと照れくさかった。


「他にはどんな噂があったのかしら?」


 話題を元に戻す。


「わたしが聞いたのはこんなところです」


 アントンは答えた。


(あれ?)


 わたしは心の中でそう思う。

 だが、何事もなかった顔をした。


「ありがとう、アントン。仕事に戻ってちょうだい」


 アントンを下がらせる。

 姿が完全に見えなくなってから、メアリを見た。


「ねえ、メアリ。こういう噂って、いったいどこから広まるの?」


 尋ねる。

 疑いの眼差しをメアリに向けた。

 彼女(彼)が国王のお庭番もどきであることは知っている。

 わかっていながら側に置いているのでそれは別に構わないが、勝手に噂を広められるのは困る。


「わたしではありません」


 メアリはきっぱり否定した。


「こういう噂は意外と簡単に流れるんです。国王が離宮を訪れるところを見ていた使用人は何人もいるでしょう。王子たちと食事したことは想像するに容易いです。料理の件は国王が何かしらの指示を出したのかもしれません。その指示を受けた者がそれを誰かに話せば、あっという間に噂は広まります。特に王宮にはそういう噂が大好きな人間が集まっていますから」


 メアリの説明に、わたしはなるほどと納得する。


「ここでは何をしても噂になるのね」


 困った顔をした。


「その通りです」


 メアリは頷く。


「国王様が突然来たのは、それが理由かも知れないわね」


 わたしは呟いた。

 アントンから噂を聞いて、今回の噂には偏りがあると感じる。

 基本的には事実が広まっていた。

 そして、第一王子を誑かした系の噂はない。

 そういう噂が出ることは覚悟していたので、驚いた。

 どうやら、王子より国王の行動の方が目立つので、噂になりやすいらしい。

 国王が動いたことで、関心はそちらに集中していた。


(これも狙いの一つなのかしら?)


 わたしは首を傾げる。

 ポンポコはやはり食えないと思った。





メアリは味方です。

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