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団欒

自重という言葉は知っています。





 水車を作ってもらうことになり、わたしはご機嫌だ。

 ラインハルトの隣に座り、自分も食事をする。

 無事にミカエルとも会えそうでほっとした。

 忙しくなるのはわかっているので、その前に会いたい。

 ぜひ、米について話がしたかった。


 米が食材としてこんなにも流通していないことをわたしは不思議に思っている。

 前世での主食としてのシェアを考えると、ローレライだけというのはおかしい気がした。

 もっと広まってもいいだろう。

 何か理由があるのかもしれない。

 もしかしたら、それは米を玄米のまま食べているからかもしれないと思った。


(玄米って栄養価は高いんだけど、ちょっと扱い難い食材なんだよね)


 一口大のおにぎりを食べながら、思う。

 ナイフとフォークで食事をするこちらでは玄米はポロポロしてとても食べ難いだろう。

 噛み応えがある食感もあまり好まれないのがわかっていた。

 ああいう食感はこちらの料理にはない。

 パエリアのように煮込むとしても、白米よりずっと時間がかかるので大変だ。

 そんな手間暇かけてまで、米を食べなければいけない理由がこの国ではない。

 小麦粉は十分間に合っていて、パンは比較的手に入りやすかった。


(それでも米を作っているローレライ領はそれはそれで謎だけど)


 それ以外の作物にはあまり適していない土地なのかもしれない。

 わたしは米文化を絶やして欲しくないので、出来ることは協力したかった。

 白米として流通させることでそれは可能かもしれないが、迂闊なことは出来ない。

 米の値段が上がって、それを主食としている領民の口に入らなくなるのは困る。

 わたしは自分の行動が予想外の結果を生むことをこの一月あまりで実感していた。

 わたしの意図しない結果を招くことの方が多い。

 行動は慎重にするべきだと身に染みていた。

 米を作っているローレライの人々が困ることは万が一にもあってはならない。


 そんなことを考えていると、アントンがやたら慌ててとんできた。


「あの……。大変です」


 ラインハルトに話しかける。

 だがその内容は聞くまでもなく、わかった。

 アントンの後ろから、アントンの父親である侍従を連れて国王がやってくる。

 誰もがぎょっとした。

 国王を見て、固まる。


「何故、こちらに?」


 驚愕から立ち直ったラインハルトが問いかけた。

 困惑を顔に浮かべる。


「息子たちがここに集まっていると聞いてね」


 国王は王子たちを見回した。

 にこにこと笑う。

 揃っている姿を見て、嬉しそうだ。

 さっと側近たちは立ち上がり、布から降りて靴を履く。

 場所を空けた。

 わたしもなんとなく、それに倣う。

 布の上には王子たちとリルルだけが残された。


「私も昼食に呼ばれて構わないかい?」


 国王はわたしを見る。


「ええ、もちろん」


 わたしは頷いた。

 それ以外の返事があるわけがない。

 国王は靴を脱いで、布の上に上がった。

 王子たちの近くに座る。

 布の上で、国王は3人の王子と孫に囲まれる感じになった。

 王子たちは困惑している。

 だが、国王は嬉しそうだ。

 にこにこしている。

 その光景はなんだかちょっと微笑ましい。


(家族の団欒って感じ)


 悪くないと思った。

 わたしはメイドに指示して、国王のところに水を運ばせる。

 手を洗ってもらった。

 取り皿とフォークも用意させる。

 料理もおにぎりもあらかた食べ終わった後だが、仕方ない。

 このタイミングで勝手にやってきたのだから、あるもので我慢してもらうしかなかった。

 わたしは一通り用意を整えると、勝手にやってくれとばかりにその場から離れようとした。

 家族水いらずの邪魔をするつもりはない。

 嫌な予感もするので、あまり関わりたくなかった。


「マリアンヌ」


 だが、国王に呼ばれる。


「なんでしょう?」


 心の中でチッと舌打ちした。


「洩れていますよ、舌打ち」


 近くにいたルイスにこそっと耳打ちされる。

 心の中だけのつもりが、うっかり出てしまったらしい。

 わたしはとりあえず笑顔を作って、国王に近づいた。


「見慣れない料理ばかりが並んでいるが、これはなんだい?」


 問われる。

 わたしは一つ一つ、説明した。

 国王はそれを興味深そうに聞いている。


(そんなに関心を持たれるようなものでもないんだけど)


 わたし的には定番のザ・弁当という感じなので、説明するのはちょっと恥ずかしかった。

 気にせずさくっと食べて、王子たちや孫とちょっと交流して、ささっと何事もなく帰っていただけるとありがたい。

 だがそうなりそうにない雰囲気を感じていた。


「ランスローの郷土料理なのかい?」


 国王に問われる。


(いいえ。全然)


 わたしは心の中で否定した。

 あえて言うなら、前世の故郷の味になるだろう。


「わたしのオリジナルです」


 それ以外、説明のしようがないのでそう答える。


「マリアンヌは料理をするのか?」


 国王に驚かれた。

 貴族の女性は厨房になんて立たないから、無理もない。


「わたしは一人で生きて行くつもりでしたので。生きることに必要なことはたいてい出来るのです」


 説明した。


「それは凄いね」


 国王はふむふむと何かを考える顔をする。

 わたしは嫌な予感がした。

 先手を打って止めようとするが、遅かったらしい。


「せっかくだから、挙式の後に出される料理をマリアンヌに任せよう」


 とんでもないことを言い出した。


「……」


 わたしは困惑する。


「何のためにですか?」


 当然の質問をした。

 意味がわからない。

 何故、花嫁が披露宴(?)の料理を準備しないといけないのだろう。


(まあ前世でも、披露宴のメニューは新郎新婦が選んでいたかもしれないけど。それとは絶対に意味が違うよね?)


 わたしは心の中でぼやいた。


「新しいものを発信するのは、王族の努めの一つだよ。こんなに変わった料理を作れるなら、それを活かせばいい。ついでに米の流通が増えるのも悪くない。前に食べた米より、これはずっと美味しいね」


 おにぎりを誉めてくれたが、嬉しくなかった。


「米の流通が増えて、困る人はいないのですか?」


 わたしは尋ねる。


「米はローレライの人々の主食だと聞いています。米の流通が増えるのは結構ですが、それによって米の値段が上がり、ローレライの人々の口に入らなくなるのは困るのです。そういうのをちゃんと確認した後でないと、米に関しては手を出すことは出来ません」


 お断りした。


「では、ローレライの領主を呼んで、話し合えばよかろう」


 国王は命じる。

 そのつもりはあったが、国王からそう言われるとは思わなかった。

 わたしはちらりとフェンディを見る。

 フェンディは小さく頷いた。


「まあ、そういうことなら」


 わたしは頷く。


(ん? ちょっと待って。これって料理の件、引き受けたみたいになっていない?)


 気づいた時には、遅かった。


「では、料理の件は任せたよ」


 国王にそう言われてしまう。


(せっかく自重したのに、なんでこうなるの?)


 わたしは心の中で叫んだ。

 人生が自分の思い通りにいかないことをしみじみと思い知る。


「……はい」


 渋々、わたしは頷いた。




自重してもあまり意味がないことを知りました。


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