都合のいい女 3
フェンディの話なんですが、周りから見たマリアンヌの話でもあります。
ラインハルトの婚約者になったマリアンヌの噂はその日からいろいろ流れた。
その噂が好意的なものでないのは、国王が彼女との面会を断ったせいだろう。
国王は年上のマリアンヌとの結婚を歓迎していないのだという憶測が広まった。
マリアンヌはレースの優勝者の権利を行使してラインハルトと結婚する。
ラインハルトは望まぬ結婚を強いられた可哀想な王子様ということに、いつの間にかなっていた。
表彰式の様子を見ていたフェンディにはそんな噂は偽りであることは直ぐにわかる。
明らかに結婚を望んでいたのは、ラインハルトの方だ。
だが、噂とはいい加減で悪意があるものの方が広まるのが早い。
そこに真実があるどうかなんて関係ないのだ。
マリアンヌは男爵令嬢である身分を弁えず、強引に王子に結婚を迫った悪い女にされてしまった。
お妃様レースとはそういうものなのだが、そういう道理は関係ないらしい。
そこには嫉妬が過分に含まれていた。
フェンディはその時点で、マリアンヌが側近のアルジャーノの姪であることを知る。
だがアルジャーノは一度も顔を会わせたことがないマリアンヌのことをよく知らなかった。
フェンディにマリアンヌの人となりを説明することは出来ない。
フェンディは噂でしか、マリアンヌを知りようがなかった。
レースの数日後、マリアンヌは無事に国王との対面を果たした。
正式な婚約者になる。
だがその婚約時に、国王が勝手に条件を付け加えたこともいろいろと噂を呼んだ。
憶測が、真実のように広まっていく。
その噂を聞いたわけではないだろうが、マリアンヌは早々に自分の領地に帰ってしまった。
それをラインハルトが追いかける。
ラインハルトが結婚を望んでいないと主張していた連中は慌てた。
今度は若い王子が年上の女の手練手管に惑わされてしまったのだと噂する。
どうしてもマリアンヌを悪者にしたいようだ。
フェンディは気の毒に思う。
勝手にラインハルトが追いかけたのであって、マリアンヌに非はないだろう。
だが、追いかけて行ったのがラインハルトだけではないことが話をややこしくした。
何故かマルクスも一緒にランスローに向かう。
今度は第二王子まで誑かしたのだと、噂になった。
だがその噂はマルクスの名誉も傷つけることになるので、直ぐに立ち消える。
噂はマリアンヌを悪女にしたいだけのようだ。
それでも、しばらくすれば噂は消えるだろう。
フェンディは傍観者の気分でただそれを眺めていた。
自分が手出しすれば、余計ややこしくなる。
こういう時は何もしないのが一番だと、フェンディは知っていた。
噂が少し落ち着いた頃、マルクスがラインハルトより一足先に戻ってきた。
王子たちの不在でざわざわしていた王宮も少しは落ち着くだろうと、フェンディはほっとする。
だが、違った。
マルクスがランスローに居を構えたいと言い出して、波乱が起きる。
それには父王も驚いていた。
王宮もざわつく。
特に第二王妃はパニックを起こした。
寝込んでしまったらしい。
聞くところによると、マルクスは完全にランスローに住むつもりではないようだ。
王宮とランスローを行き来するらしい。
一年の半分くらいをランスローで過ごし、王宮にいる時は王族としての努めを果たすつもりがあるようだ。
ランスローに行きっぱなしになるわけではないことに、第二王妃は少しほっとする。
国王は結局、マルクスの願いを聞き入れた。
マルクスはランスローに家を持つことになる。
そしてそれに関して、噂が流れた。
マリアンヌが王位継承からマルクスを引きずり落とすため、言葉巧みにマルクスを唆したのだと広まる。
フェンディは違うだろうと思った。
そんなことをする必要はない。
マルクスに王位を継承するつもりがないことをフェンディは知っていた。
ラインハルトを可愛がっているマルクスは、弟が国王になることを望んでいる。
そのため、実の母である第二王妃とはずっと険悪な関係にあった。
むしろ、そんな母親から距離を置くために遠いランスローに住むつもりなのかもしれない。
たが、マリアンヌを悪者にする噂は止まらなかった。
本人がほとんど人前に姿を現すことがないのも、悪評が止まらない理由の一つかもしれない。
知らない相手のことは何とでも言える。
罪悪感も少ないのだろう。
ラインハルトもランスローから戻ると、噂は一旦、落ち着いた。
王宮に表面上は穏やかな日常が戻る。
それから二週間ほどは比較的静かな日々が続いた。
だが、結婚と挙式の許可をマリアンヌが貰いに来たことで騒動が起こる。
フェンディはその場には参列していなかったが、第二王子派閥の重臣たちと、マリアンヌがやりあったことをアルジャーノから聞いた。
完全にやり込めたらしい。
マリアンヌの評判は、悪評は悪評でも別のものに変わった。
強かな策略家だと、警戒される。
フェンディでさえ、油断出来ない相手だと認識を改めた。
だがその時点ではまた、フェンディは傍観者だった。
揉めているのは第二王子の派閥とで、自分には関係ない。
だが、火の粉は突然、フェンディにも降りかかってきた。
王宮がマリアンヌのことでざわざわしている隙に、フェンディはミカエルと暮らす家を探そうと考えていた。
人々の注意がマリアンヌに向いているのは、フェンディ的にはとても都合が良い。
密かにアルジャーノに家探しを命じた。
その返事を待っている時、ミカエルから連絡が入る。
常日頃、二人は直接、連絡を取らないようにしていた。
そのミカエルからの手紙に、フェンディは嫌な予感を覚える。
手紙にはラインハルトの側近を通して、米が欲しいと打診を受けたと書いてあった。
なんでも、マリアンヌが所望しているらしい。
米はミカエルの領地の特産だ。
他に米を栽培している領地はほとんどなく、米が欲しければミカエルに頼むしかない。
だが米は一般的な食材ではなく、需要も低かった。
食する習慣がある領地内では流通しているが、他領から求められることはほとんどない。
それをこのタイミングで、マリアンヌが求めた。
裏があると思うのが普通だろう。
先日、王の前で第二王子派閥の重臣とマリアンヌはやりあったからだ。
かなりの策略家であることは、その場にマルクスも引き出し、国王になるつもりがないことを公言させたことでも証明されている。
その手腕はアルジャーノも見事だと感心していた。
そのマリアンヌが次のターゲットとして、自分に狙いをつけたのだとフェンディは察する。
細心の注意を払って隠し続けてきたミカエルとの関係が突き止められたようだ。
自分に接触するのではなく、ミカエルに接触してくるのがなんとも腹黒い。
宣戦布告と、フェンディは受け取った。
だが、フェンディに戦う意思はない。
もともと、王位を継承するつもりはないのだ。
だったら、話し合いで解決するのは容易いだろう。
ミカエルには自分が対応するからと、米を自分の元に届けさせた。
それを持って、フェンディはラインハルトのところに乗り込む。
初めて、マリアンヌとちゃんと顔を会わせた。
けっこう好き勝手言われているマリアンヌ。
噂なんてこんなものなのです。
勝ち過ぎちゃいけないとマルクスに投げたら、さらに面倒なことに。
でも本人は気づいていない^^;




