抱擁
王子としてはいろいろショックです。
午後の仕事が始まる前に、ラインハルトはまたわたしを離宮まで送ってくれた。
朝と同じ場所で別れようとすると、腕を掴んで引っ張られる。
腕の中に包み込まれた。
ぎゅっと抱きしめられる。
「?!」
突然のことにわたしは驚いた。
「ラインハルト様?」
呼びかける。
「……」
ラインハルトは返事をしなかった。
わたしを抱きしめる腕に力を込める。
その身体は震えているようにも感じた。
「どうしたんですか?」
問いかける。
そっとその背中に手を回した。
優しく擦る。
王宮の使用人の何人かがこちらを見ていた。
抱き合うわたしたちの姿に不思議そうな顔をする。
わたしは苦笑した。
「人が見ていますよ」
ラインハルトの耳元に囁く。
「……」
ラインハルトは黙ってわたしから離れた。
わたしはその顔を覗き込む。
泣き出しそうな表情をしていた。
わたしはその頬に手を伸ばす。
優しく触れた。
「どうしたんです?」
もう一度、尋ねる。
「……すまない」
ラインハルトは謝罪した。
なんのことなのかは考えなくてもわかった。
さっきの国王との会話のことだろう。
「ラインハルト様は悪くないでしょう?」
わたしは微笑んだ。
「だが、私と結婚しなければしなくていい苦労だ」
ラインハルトは顔をしかめる。
「確かにそうですね」
わたしは頷いた。
それは否定出来ない。
ラインハルトはますます辛そうに顔を歪めた。
「父のことも許して欲しい。決して、マリアンヌを嫌っているわけではない」
言い訳する。
「わかっています」
わたしは頷いた。
嫌われているなんて思っていない。
むしろ、厄介な気に入られ方をしたなと感じていた。
「むしろ、気に入られていると思っているから、大丈夫ですよ」
そう言うと、ラインハルトは苦笑する。
わたしらしいと思ったようだ。
「すまない」
もう一度、謝る。
そんなラインハルトにわたしはきゅんとした。
あるはずのない耳とシッポが見える。
それはどちらもへにょんと垂れていた。
反省している。
(ラインハルト様は本質的に犬なのね)
わたしは心の中でそんなことを呟いた。
基本的に素直で真っ直ぐなのだろう。
そしてわたしはそんな犬に弱かった。
(どうしよう、可愛い)
このままぎゅっと抱きしめて、離したくない。
一緒にいたいと思った。
だが、ラインハルトにはまだ午後の仕事が残っている。
ここで引き止めたら、仕事の邪魔をすることになるのはわかっていた。
それでは本当に悪女になってしまうだろう。
「そんな顔しないでください。このくらいのことは覚悟して結婚したので大丈夫です」
わたしは自分からチュッと触れるだけのキスをした。
不意打ちのキスにラインハルトは目を丸くする。
その様子に、わたしは笑った。
「お仕事に戻ってください。遅くなるとルイスが心配しますよ。午後のお仕事も頑張ってくださいね。そして終わったらわたしのところに帰ってきてください」
ラインハルトの耳元に口を寄せる。
「帰ったら、たくさんいちゃいちゃしましょうね」
こっそり、囁いた。
「なっ」
ラインハルトは言葉を詰まらせる。
そんなセリフ、予想していなかったようだ。
わたしはにこにこ笑う。
「愛していますよ。このくらいのことで嫌いになったりしませんから、大丈夫です」
その言葉に、ラインハルトは安堵したようだ。
ようやく、笑ってくれる。
わたしも嬉しくなった。
「それに、ラインハルト様はちゃんとわたしを守ろうともしてくれたでしょう? ちょっと格好良かったですよ。ラインハルト様のしたいことを何でもしてあげたくなるくらいには」
意味深な顔をすると、ラインハルトはふっと息を吐く。
「なんでも?」
小さく首を傾げた。
「ええ、なんでも」
わたしは頷く。
「わかった。では、仕事を終わらせて直ぐに戻ろう」
ラインハルトはニッと笑った。
いつもの雰囲気が戻る。
キラキラ王子様オーラが復活していた。
わたしはほっとする。
「待っています」
微笑んだ。
仕事に戻って行くラインハルトを見送る。
国王との会話はわたしにとってはそれほど想定外ではなかった。
まさか悪役を振られるとは思わなかったが、流れた噂を利用しようとするのは悪くないとはわたしも思う。
自分にその悪役を引き受ける気がないだけだ。
そしてそれをはっきり意思表示できたことで、わたしはある意味すっきりしている。
国王の無茶振りもこれに関してはなくなるだろう。
わたし的には一つ問題が解決したくらい軽い気持ちでいたので、ラインハルトがあんなに責任を感じていたなんて、夢にも思わなかった。
(なんか可愛いな~)
わたしはくすくす笑う。
帰ってきたら、目いっぱい甘やかしてあげようと心に誓った。
なんだかんだいってラブラブです。




