悪役(後編)
後編です。
わたしは前世の子供の頃に読んだ絵本を思い出していた。
それは赤い鬼と青い鬼が出てくる話だ。
人間と仲良くなりたい赤鬼の願いを青鬼が自分を犠牲にして叶える。
青鬼は自ら悪役を買って出て人間の村を襲った。
そこに正義の赤鬼がやって来て、村を救う。
青鬼はやっつけられて山に逃げ帰った。
村を助けた赤鬼は恩人として感謝され、人と仲良くなる。
しかし赤鬼が自分の住処である山に帰ってみると、青鬼は自分と赤鬼が仲間であることをばれないよう置手紙を残して姿を消していた。
赤鬼は人と仲良くなる代わりに、唯一の仲間であった青鬼を失ったことに気づき、後悔する。
人間との友好関係なんていつまで続くかわからないものと引き換えに、自分のことを本当に思ってくれる友を失くしたのだ。
わたしは子供の頃からこの話が嫌いだった。
青鬼という仲間がいるのに、自分を嫌う人間と仲良くなりたい赤鬼が理解できない。
そのために青鬼を犠牲にするのも愚かだと思った。
だが本当に腹が立ったのは、青鬼に対してかもしれない。
青鬼は自分から悪役を買って出て、それがばれないよう姿を消すほどの知恵があった。
だったら何故、その先のことを考えなかったのだろう。
人間は勝手な生き物だ。
一時は感謝して受け入れても、きっと直ぐまた赤鬼を迫害するだろう。
悪いことが起きれば、その責任を赤鬼になすりつけるに違いない。
そうなった時、赤鬼は今度こそ1人になってしまう。
唯一の友であった青鬼はもういない。
それを考えたら、自分が悪役になって姿を消すなんていうのは一番の悪手だ。
赤鬼がどうしても人間と仲良くなりたいなら、その方法は一つしかない。
無駄だろうと何だろうと、話しかけ続けるしかないのだ。
それでも、無理かもしれない。
どんなに言葉を尽くしても、わかりあえないかもしれない。
そんなこと、世の中にはままある。
どうしてもわかりあえないという相手は、一定数存在する。
それはもう仕方ないと諦めるしかなかった。
全ての人とわかりあえるなんて、絵空事だ。
人と人は簡単にわかりあえるほど単純ではない。
むしろ、わかりあえないことが普通なのかもしれなかった。
ただ、わかりあえなくても敵対しないことは可能だと思う。
共存することはできるはずだ。
言葉を尽くしてわかりあおうとした努力は無駄ではない。
少しでも縁が出来てしまえば、簡単には斬り捨てられなくなるものだ。
赤鬼と青鬼の失敗は、わかりあおうと努力をするのではなく、手っ取り早く嘘の上に友好を築こうとしたことだ。
嘘の上に築いたのものは例えそれが真実でも、嘘に染まってしまう。
だから青鬼は姿を消すしかなかったし、赤鬼は永遠に友を失ったのだ。
(わたしは赤鬼も青鬼も嫌い。どっちにもならない)
心の中で呟いた。
「共通の敵がいれば国は確かに纏まり、結束が強まるかもしれません。でもそんなの、一時のことです。敵がいなくなれば、元に戻ります。本当にわかりあいたいのなら、面倒でも、大変でも、言葉を尽くして分かり合う努力を互いにしなければ駄目なのです。わたしを悪役にして国を纏めようなんて、そんな手抜きは駄目ですよ。わたしはそんなのに手を貸すつもりはさらさらありません」
きっぱりと拒否する。
そんなわたしにラインハルトは微笑んだ。
安堵を顔に浮かべる。
「そもそも、マリアンヌに悪役なんて無理です」
国王に反論した。
「権力なんて欲していないのですから、どんな噂が流れようと、会えば噂が真実でないことはわかります。父上の思惑通りにことが運ぶことはないでしょう。マリアンヌにそんな役目を押し付けるのは諦めてください」
わたしを庇う。
わたしはそっとラインハルトに身を寄せた。
守ってくれるのがとても嬉しい。
ラインハルトはわたしを見つめ、わたしはラインハルトを見た。
微笑み合う。
「なかなかいい案だったんだけどねぇ。駄目か」
国王は残念そうに呟いた。
わたしは国王を見る。
なんとも憮然とした顔をしていた。
わたしは小さく笑う。
「だいたい、考え方が短絡的過ぎませんか? わたしを悪女にして、その後、どうするつもりなのです? ラインハルト様は悪女を妻にしたことになるし、わたしの子供も悪女を母に持つことになるのですよ。そんな人が次期王やその次の王になるのは問題あるでしょう。わたしが国民なら、そんな王様は嫌ですよ」
首を横に振った。
「だが、私が何もしなくてもマリアンヌの悪い噂は流れ続けるだろう」
国王の言葉に、わたしは頷く。
それはわかっていた。
「そうですね。でも、わたしはその噂を一つ一つ潰していきます。無駄だとしても、諦めません。最終的に分かり合えないかもしれませんが、わかってもらおうという努力は続けます。それは無駄にはならないと思うから」
わたしの言葉に、国王はため息を一つついた。
「悪役に徹するより、その方が大変だろう」
同情するようにわたしを見る。
「そうですね。でも、悪役なんて目立つ役、その他大勢のわたしの役ではありません。わたしは王宮の片隅でひっそり目立たず平穏無事に暮らすのが目標なんです。そういう目立つ役はその内、誰かがやりたいと手を上げるのではないですか?」
簡単に言ってのけたわたしに国王は呆れた顔をした。
「誰かが悪事を働くまで、待てと?」
睨まれる。
「まさか」
わたしは首を横に振った。
「悪事を働く前に止めてください」
にこやかに言う。
「それくらい、国王様には可能でしよう?」
小さく首を傾げて国王を見つめた。
「……」
国王は答えない。
出来ないとは言わなかった。
(さすがポンポコ。食えない)
わたしは心の中で笑う。
「悪役なんて、いなくてもいいじゃないですか」
独り言のように呟いた。
「悪役をやりたい人なんていません。わたしだって、自分を悪く言われるのは嫌です。人に憎まれたくないし、恨まれたくもない。そんな人、いなくてもいいんです。そう思いませんか?」
真っ直ぐ、国王を見る。
「世の中がみんな善人なら、そうなるだろうね」
国王は自嘲気味に笑った。
そうならないことを知っている。
もちろん、わたしにもわかっていた。
「勝手に出てきた悪役に仕事をしてもらうのは国王様の好きにすればいいと思います」
邪魔をするつもりはない。
にこっと笑った。
国王も意味深に笑う。
そんなわたしと国王のやり取りにラインハルトは不安を覚えたらしい。
「でも、そこにマリアンヌを巻き込むのは止めてください」
国王に釘を刺すことは忘れなかった。
悪役なんてやりません。
平穏無事な生活は諦めていないのです。




