みんなの夢
「起立。気をつけ。礼。よろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
「着席。では確認テストします。よーい、スタート」
1限の国語の授業と昼休みが終わり、2限が始まった。普通なら出席を取ったり配布物を配ったりするが、この授業では全て後回し。それが、入谷先生スタイル。超合理主義。
私は今まで以上に本気で勉強してきたので、2分足らずで終わった。スラスラと解きたいと思って勉強してきたこともあり、少し安堵した。
「やめ。隣の人と交換してください」
通常よりも短い時間で確認テストが終わり、交換採点の時間に。私は隣がいなかったので、前の席に座っていた男の子と交換した。あ、この子先週のクレーマーの息子だ。
きっと全然解けてないんだろうな、と思って受け取ると。あれ、全部解けてる。なぜだろうか。前回全然話聞いてなかったのに。
「じゃー、点数聞いていくよー。阿部」
「76です」
「綾瀬」
「100」
すごい笑顔でみんなの点数を聞いていく先生。ちょっと怖い。綾瀬さんさすが。
結局、100点満点だったのは前回の4人に園倉くんとあと1人だった。私は答え覚えるくらい練習したおかげでなんとか。15人くらいいるこのクラスで満点が6人は普通であれば多い方だが、問題を配られているという要素は無視できない。
「はい。じゃあ荷物持って立ち上がって。100点の6人は前に座って。それ以外は帰っていいよ」
え?
なんて言った?この先生。
「星月さん、行こう?」
綾瀬さんに連れられて前の席に座る。
「みんな帰っていいよ? 事前に問題知ってて、勉強する時間もちゃんとあって、勉強してきたのが6人? やる気ないなら帰っていいんだよ。まあ聞きたいなら残ってもいいけど」
最後の言葉で張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩み、各自席に座る。
「前回の授業で理解できたからといって、宿題やっただけで全部覚えられるわけがない。覚えられるほど頭がいいなら君たちはこのクラスにいないんだよ。上に行きたいなら勉強しろ。やり方がわからないなら聞きに来い。やる気のあるやつだけに授業をする」
先生の言葉に何人かはハッとしたようだ。次からはもうちょい良くなるかな。半分くらいには全然響いていないようだが。
「じゃあ今日の授業をはじめる」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
授業が終わり、今日も補習の時間だ。
「そうか、佐野は宇宙について勉強したいんだな。確かにまだ未知の領域だし面白いよな。頑張れよ」
「私はね、科学者になるんだ! 新しいお薬作って、たくさんの人の命を救いたい!」
「僕は医者になる。お父さんみたいな町の医者じゃなくて、命を救う医者になる」
綾瀬さんの発言に触発された園倉くんもそう話す。
「2人ともいい夢だ。だが園倉、お父さんのこと悪くいうのはやめような。町のお医者さんも立派な先生だ。町医者がいるから重症患者に集中的に治療ができるんだぞ」
「ごめんなさい」
「わかればいい。柴田は?」
そう言って少し話の外にいた柴田さんに話を振る。
「私は……。まだ決まっていません。もう決めた方がいいのでしょうか?」
「そんなことないよ。まだ決まっていないなら選択肢を広げるためにも勉強して、いい中学高校大学に行こうな。その中で探せばいい。今の社会、学歴があるとないとではぜんぜん違う。見つかってからそれに一直線すればいい」
ズキ。先生は私との面談の時と同じ優しい笑顔で語りかけていた。なんかモヤモヤする。なんだろう。
「星月は?」
先生は、初めて聞くかのように尋ねてくれる。
「私はデザイナーになりたい。みんなみたいに高尚な夢ではないけれど、絵を通じてみんなに笑顔になってもらいたい」
私が半年で塾をやめることはみんなには言わなかった。
「へー、星月さんって絵描きさんになるのが夢なんだね! 今度描いてよ!」
「い、いいよ」
綾瀬さんとそう約束した。
「園倉くん、どうしてここにいるの?」
私は気になっていたことを聞いてみた。
「前回、お母さんとここに来たでしょ? あの時、君たちが残って勉強してることにびっくりした。あの時初めて会った先生なのに4人も生徒が楽しそうにしていたのを見て、どうして?と思ったんだ。だけど、『お前の人生だ。自分で考えろ』って先生にいわれてハッとした。お母さんに受験しろとは言われたけど、僕は自分で医者になりたいと思った。医者になるのは僕の夢。そう思い出したんだ。それで、自習しに次の日塾に来たときに先生に相談したんだ。結果、中学受験するのが一番だと言われたから、勉強頑張ろうと思ったんだよ」
そんなことがあったのか。
「園倉は小1から俺と一緒で塾通ってるもんな」
そう言う佐野くん。知らなかった。
「成績上がらない2人だけどね」
2人は意外と仲いいのか、苦笑し合う。
「それもこれまでだ。頑張ろうな」
「おう」
これが男の友情かぁ。どうでもいいことを考えていると先生が宣言した。
「さ、雑談もこれくらいにして補習始めようか」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
今日は先生に5人とも個別に宿題を出された。勉強だけじゃなく、それぞれの夢に近づけるような宿題を出された。私は読書や計算、そして絵を100枚。
先生が両親を説得する条件は、半年で算数と国語の成績を最上位クラス並みにすること。先生の教え通りにやればできる、と言われたらやるしかない。逆に言えばそれ以外はやらなくていいということ。他の4人よりも私に期待してくれてると思っている。だからそれに応えたい。
家に帰ると、お母さんが電話をしていた。
「あ、今娘が帰ってきました。本当にありがとうございます。今後とも娘のことよろしくお願いします。では失礼いたします」
先生と電話をしていたようだ。
「今、入谷先生から電話があったわ。お話聞かせてちょうだい」
先生は約束通りお母さんに話をしてくれたようで、今日あったこと、言われたことを話した。
うんうん、と全部聞かれた後、こう言われた。
「先生のこと、信じられる? まだ2回しか会ってない。それでも、あなたの人生を先生に預ける覚悟がある?」
既にそれは考えていた。だからすぐに答えられた。
「預けられる。これでダメでも諦められる」
「わかった。じゃあ、お母さんだけじゃなくお父さんにもその覚悟を見せて。楽しみにしている」
それだけ言って、半年後に塾をやめることを許可してくれた。
私の両親はこうやって、私のしたいこと、考えたことをちゃんと尊重してくれる。大好きな両親のためにも頑張ろう、と改めて誓った。
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