告白
親に電話し、残ってもよいと許可が出たので教室に戻ると、3人の生徒が残っていた。
「お、星月か、やっぱりくると思っていたぞ」
なぜか待たれていた。しかもさっきまでの雰囲気と全然違う。
「今なんの話をしていたの?」
「宿題以外にしたほうがいい勉強について聞いていたんだよ」
私の質問に、今日授業で課題を1番に終わらせていた佐野くんが教えてくれた。
「まだ4年生だし、計算力を身につけてほしいから計算テキストをやってくれ。20×20の400マス計算も効果的だな。あとは、しっかり復習して確認テストの問題を何がなんでも100点取れるように勉強してほしい。ただ、佐野の場合は既に計算力がついているから、他の科目を中心に勉強すべきだ。算数は好きだろ?」
他の3人に対する答えと同時に、佐野くんに対しては別メニューを言いつけた。先生は、たった100分の授業で彼の能力を見抜いていたようだ。
「あぁ、算数ならいつまででも解いてられる。自分で言うのもあれだが、国語が算数ほどできていればこのクラスにはいないからな」
「なら算数は最低限にして、休憩がてら問題集の中から何か目についた問題を解くようにしてみて。国語に疲れたら算数、社会に疲れたら算数、のようにな。授業の先取りをしてもいいぞ?」
算数は休憩と言うが、そんなことあるだろうか。私にとって絵を書くみたいなものかな。
「なるほど」
「あと、確認テストで満点取れたら授業聞かなくていいから。聞いてもいいし、予習してたら問題解き始めちゃってもいい」
「ほんとに満点取ったら聞かなくてもいいのか?」
ビックリしたように訊ねる。そりゃそうだろう。先生が自ら”授業聞かなくてもいい”と言うなんて。
「もちろんだ。君なら教科書読んで理解できるだろう?」
ニヤッと佐野くんを見る先生。ほんとにこいつ先生か?
「おう! 算数の時間を国語に回してどんどんクラス上がってやるぜ!」
「頑張れよ! 質問あれば国語でも話聞いてやるから」
「え!? 国語も教えてくれるの?」
今まで黙って聞いていた綾瀬さんがその言葉に食いつく。
「あぁ、4科目なんでも教えられるが。国語は国語の先生がいるじゃないか」
「「小山先生は、ねぇ」」
もう1人の女の子である柴田さんと綾瀬さんが嫌そうな顔をした。わかる。あの女子を舐め回すような眼。正直気持ち悪い。佐野くんもウンウンと頷いている。
「事情は知らんが、算数のついでなら聞いてやってもいいぞ」
何か察したのか、無条件のような条件付きで許可してくれた。
「やったぁ! ありがとう先生!」
これは全女子に共有しないと。
ドタドタドタドタ
その後も補習という名の雑談をしていると、放置されていた生徒の親が乗り込んできた。
「ちょっと先生! うちの子今日何もノートに書いてないんですけど。授業も覚えてないし。授業中何していたんですか!」
なんだこのおばさん。ノートのこと子供に聞いてないのか?
「私は授業しましたが、お宅の息子さんは授業を聞いていなかったので。ノートについては本人に聞いてください。では、まだ補習中なのでこれで」
「なんですかその態度は。先生としてしっかりうちの子に教えて頂くことが仕事ではありませんの?」
「息子さんに『先生が教えてくれなかった』と言われたのですか?」
「そ、それは……」
冷徹な先生の指摘に口籠るおばさん。
「受験は子供たちの戦いであり子供たちの人生です。子供は親のおもちゃでもペットでもありません。息子さんが勉強したくないというなら仕方がないではありませんか」
さすがにちょっと言い過ぎじゃない?と思った。
「なんですって!!」
案の定キレた。ほらぁ。
「先生の仕事は生徒に教えることです! それ以上でも以下でもありません! 勉強だけ教えていればいいんです!」
「授業を聞いていない生徒に時間をかけることはしません。聞いていて理解できないのとはわけが違います。真面目に受けている生徒に申し訳がたたない。時間は有限です。私は、今ここにいる彼らのように真剣に自分の人生に向き合い、勉強をしている生徒たちに私の時間を使いたい。クレームなら窓口に言ってください」
めんどくさそうにそう話す先生。
「園倉、お前の人生だ。お前自身がどうしたいかしっかり考えろ」
そう言って無理矢理親子を追い払った。
「あれでいいの?」
「あぁ。園倉はきっと大丈夫」
謎に確信めいた先生を見て、なぜか”大丈夫なんだろうな”という感覚になった。
「さ、今日はこれくらいにしてまた来週にしような。ちゃんと宿題やってこいよ」
「「「「先生さようならー!」」」」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
次の授業日、私は学校から帰るとすぐに塾に向かった。
「先生おはようございます!」
「おう、おはよう」
去年の担当の先生が驚きながらそう答えてくれる。1年間一切自習室に来ることもなかった私が授業1時間以上前に来るとか、私ですら驚きだ。
「入谷先生いますか?」
「上の教員室にいるから行ってみて」
「ありがとうございます!」
受付のお姉さんに言われるがまま、2階に上がる。
「お、星月。どうした」
今日の授業の準備をしていたのか、先生は座りながらこちらを向いた。
「面談してください」
「早いな。ちょっと準備したら行くから少しそこの面談室Aにいてくれ」
「わかりました」
なぜか先生は笑顔だった。
なぜ私はこんなに早くから塾に来てしまったのだろうか。わからないまま面談が始まってしまった。
「面談をするんだけど、始めてもいい?」
モヤモヤしつつも、面談をしに来たことには変わりないので頷いて返す。
「えーと、志望校は中高一貫校ばかりだけど、理由はあるの?」
私は答えに詰まってしまった。なぜなら
「親に言われたから、か」
そう、先生の言う通り。自分の意思ではない。
「なんで中学受験をしたほうがいい、って言われたの?」
なんでだっけ、と思いを巡らせる。この一年間、全く考えていなかった。受験することだけ、成績を上げることだけに焦点を当てていた。
「私は、絵を描くことが好きです。小さい頃からずっと絵を描いてきました」
先生は今まで見たことのない、真剣でかつ優しい表情で続きを促してくれる。
「将来はデザイナーになりたいんです。それは両親も納得してくれています。でも、専門学校入るなら偏差値の高い中高一貫校に入ったほうがいいって言われて。だから少しでもいい学校を受験しなさいって」
少しずつ思い出してきた。私の口は止まらない。
「去年から塾に通い始めて、宿題が出て、絵を描く時間が減った。私は絵が描きたい。将来のために勉強しなきゃいけない、という両親の話もわかる。でも、私は絵が描きたい。今描きたいんです」
そこまで話すと、先生はこう言った。
「今描いてよ」
「は?」
「ここにホワイトボードあるから、なんか描いてよ」
そう言ってペンを渡された。私は何を描こうかと考えたが、前回の授業で先生が書いたウサギとカメを思い出したのでそれにすることにした。
白黒なら2分もかからない。風景付きで書いた。
「星月、お前すごいな。めちゃめちゃいい絵じゃねーか。絵本に載ってるような、綺麗な絵。これ写真撮っていいか?」
まじまじと絵を見られるのは、なんだか恥ずかしい。
「絵、描きたいんでしょ? 先生はもう星月のファンになった。星月は絵をもっと描いたほうがいい。親御さんには先生も説明するから。先生のためにも絵を描いて欲しい」
私は嬉しくてポロポロと泣いてしまった。絵が得意だという自信はあった。でも先生が予想以上に褒めてくれてとても嬉しかった。未だにキラキラした眼で先生は絵を見ていて本当に嬉しい。
「絶対に星月には才能がある。先生が保証する。だから塾辞めてもいいし、学校にもいかなくていいと思う。だけどそれでは深みがない、感動のない写真のような絵になってしまう。半年間だけは塾に通ってほしい。その間に勉強含めいろいろ教えるから頑張ってくれるか?」
この先生の下でなら、私は変われる。そう思った。
「はい! 頑張ります! よろしくお願いします!」
断る理由もない。この先生に人生を預けようと思った。
その後、勉強の仕方だけでなく時間の使い方や人生の考え方、今後の方針を事細かに教えてもらい、しっかりと漏らさないようにメモをして教室へ向かった。
気づけば先生を訪れてから1時間半が経っていた。
まだまだ続きます。よろしくお願いします。
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