出会い
「今日から私がこのクラスの算数を担当する。名前は入谷道路だ。よろしく」
これが私と入谷先生の初めての出会いだった。
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私は親の方針で小学3年生から集団塾に通っている(通わされている)星月百合愛。4年生に上がるときにやっとクラスが一つ上がったのだが、苦手な算数はなんと新人の入谷先生。他の先生とはやり方がかなり違い、授業スピードもすごく早い。やっと塾に慣れてきたのにこれはつらいな、と最初は思っていた。
「このクラスは上から4番目、下から4番目の真ん中のDクラスです。君たちの志望校を見るとほぼ全員がこのクラスにいてはいけない、もっと上を目指すべき生徒たちです。だから、このクラスは通過点だと思っておいてください」
最初の授業でそんな風に話し始めた先生に対し、他のクラスメートもザワザワとし始めた。
決定打となったのは、
「板書はしないのでノートは必要ありません。計算用に落書き帳を持ってきてください」
との言葉だった。
「なんだこの先生は」
「大丈夫なんか?」
これで成績が上がるのか、とクラスメートは困っていた。それはそうだろう。成績が上がらないと親に怒られるに決まっている。しかも、板書をノートに写させるのが当たり前の塾にもかかわらず板書はしないと言われた。私は親に今日の授業は何をやったのか、ノートを見せて説明しなくてはならないのに。
「宿題も本当は出したくありませんが、それだと先生が他の先生に怒られてしまうのでひとつだけ出します。その代わり、次の授業の初めに確認テストをするのでしっかり勉強してきてください」
クラスメート全員の頭の上に?マークを浮かべたまま、授業が始まった。
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「今日はつるかめ算をやるので、教科書開いてください。ノートは取らなくていいのでちゃんと前を向いて話を聞くように」
そういって教科書を使い説明を始めた。意外にもわかりやすく例えを使って説明してくれるし、ホワイトボードに図も書いてくれる。今まで経験した他の誰よりもすっと頭に入ってきて、理解しやすい授業。だが、確かに文章は全く書かない。
気づけば10分ほどで今日の単元の説明が終わっていた。
「では、理解できた人はホワイトボードの左に書いてあるページの問題を解き始めてください。途中式などは教科書に、計算は後で配る裏紙に。理解できていない人は手をあげて」
いままで先生が喋りっぱなしだったが授業は驚くほど上手く、短時間にもかかわらず考え方は理解できた。なので、話を聞いていなかった生徒を除いて全員が取りかかろうとした。もちろん私も。
「ノートを取らずに教科書に書き込むってどういうことですか?」
だが一番後ろに座っている気の強そうな眼鏡をかけた女の子がそう先生に問いかけたため、そこに疑問をもっていなかった生徒も手を止めた。
「ノートをとって、それを見返すんですか? 人間はただ板書を写すだけで満足する。それくらいなら教科書に全部書き込んで復習は教科書だけを見返すほうが何十倍も効果的だからね」
さも当然のように先生は返すが、その生徒は食い下がる。
「そんな授業聞いたことありません。普通に授業をしてください」
「最初に言っただろう? このクラスは通過点。このクラスが嫌なら上に上がる努力をしてくれ。力不足なら下に落ちるだけ。このクラスで成績があがらない人は受験では勝てない。そもそも、余計なことは全くさせていないからな」
宿題は他の先生の1/4くらいだし、追試も補習もないらしい。そんな授業は非常識だろう。だが、理にかなっていると私は感じた。強引だとは思うが。
ほとんどの生徒は納得をして教科書にガリガリ書き始めたので、女子生徒は不満そうにしつつもそれに従った。きっと図星で、ノートを見返したことがないんだろう。ちなみに話を聞いていなかった生徒は放置されている。
解き始めてみると、いつもと感覚が全然違う。いつもは時間内に解けず、解説を聞いてそれを写していたのに、すっと解けてしまう。
不気味だった。ただただ不気味だった。
いつもと違うのはただひとつ。先生が違うこと。私の頭がいきなり良くなるなんてことはない。だから間違いなくこの先生のせいだと思う。おかげ、と言うべきかもしれないが。
「終わった人は手をあげるように。丸付けします。全部にマルがついたら宿題をやってもいい。算数のことなら何をしていても良いぞ」
授業中に宿題をやってもいい? 早く終わらせるに決まっている。他の生徒も俄然やる気を出していた。
しばらくすると算数が得意な子が手をあげ始めた。まだ授業時間も半ば。こんなんでいいのか、と思った。
私もほどなくして全てにマルがつき、宿題に取りかかった。
宿題も終わり、解くのが楽しくなっていた私は別の問題集も解き始めた。
「キリのいいところで終わってください。荷物を鞄に片付けて。配布物を配ります」
授業終了5分前になり、先生から声がかかった。そういえば配布物配られてなかった。なぜ今なのだろう。
「授業前に配ると空気がダレるので最後に配ります。最後に伝えた方が覚えやすいし、机の中に忘れる人もいるし」
私の頭の中を覗かれたのか、そう言われた。
「最後に、来週の確認テストを配ります。答えは配らないので頑張って練習してきてください。これなら当然100点取れますよね」
「「「「「え?」」」」」
確認テストを配る? わけがわからない。テスト内容が事前に分かっていいのだろうか。さすがに100点取れるに決まってる。
「あと、来週から希望者のみ二週間で15分ずつ個人面談をします。授業1時間前から、授業終わりに1時間取るので、どこかに来てください。受付にいえば伝わるようにしておくので」
先生と一対一の個人面談とかしたことがない。2ヶ月から3ヶ月でクラスが変わるこの塾で、小4からする意味があるのだろうか。でも希望者にはしてくれるらしいし、この先生と話をしてみたいと感じた。
「このあと、質問ある人は残っていいので、しっかり親御さんに連絡したあと教室に戻ってきてください」
今日も質問しに行って良いらしい。勉強についてとは言われてないし、授業について質問してみようかな。
「さ、あと10秒で鐘が鳴るので立ってください。気をつけ。ありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
キーンコーンカーンコーン。チャイムと同時に授業が終わった。
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