(三)少女の願い 後編
少女を落ち着かせ俺は料理を作る。メニューはご飯、卵焼き、サラダだ。彼女の好みは分からないがお米を買ってくるといっていたのでご飯が良いと思ったのと卵焼きなら無難だろうとう理由だ。そしてサラダは野菜を食べらすためだ。好き嫌いはいけないのでこれはそういう点に気を遣わなくて良いと思ったからだ。
手際よく料理を作り皿を並べる。
「さて食うか」
「いただきます」
そう言って手あわせて食べ始める少女。その仕草から育ちが良い環境だったように思える。俺こと飯野 豊也、35歳独身は一人暮らしの生活が長い。仕事柄料理は一通りできる。
「ごちそうさまでした」
やがてご飯を食べ終える。どうやら今日のメニューの中で嫌いなものは無かったようだ。
「美味かったか」
「はい、えっと料理お上手なんですね」
「職業柄色々あってな。それよりさっき言ってた一人にしないでっていうのは何だ?」
「あ、あれは、その・・・」
「慌てなくていい。別に単なる興味本位で聞いただけだ。答えたくないなら答えなくても良い」
「えっと、その」
言葉を選んでいるのだろうか。まだ子供なのだから自分の気持ちをうまく表現できないのは当たり前だが、それを待てるほど俺は人間が出来ていない。
「イエスかノーかはハッキリ言え。それがここで暮らす第一条件だ」
「え?」
「俺はお前の里親になったんだろう?」
「は、はい」
「お前はここに住むんだろう」
「は、はい。迷惑でなければ」
「ハッキリって迷惑だ」
「え?!」
「だが迷惑であっても断れない理由があるからお前はここで住んでも構わない。俺の言っていることがここまでは分かるな」
「はい」
少女は寂しそうに頷く。
「物分りが早くて助かる。それでだ、ここで暮らす限り俺が親だ。親の言う事は絶対だ。良いな」
「はい」
「その第一条件がさっき言った事だ。覚えているか?」
「えっと、イエスかノーかはハッキリ言うことですか」
「そうだ。俺は優柔不断な人間が嫌いだ。大人であろうと子供であろうとな。だからイエスかノーかはハッキリ言え、ハッキリしないときはその理由を言え、ただ黙っているだけや曖昧な返事はするな。分かったな」
「はい」
少女の表情が引き締められ適度な緊張感が出てくる。
「よし、じゃあ改めて聞くが一人にしないでっていうのは何だ」
「私はお父さんとお母さんと暮らせなくなったの。だから別のお父さんになる人に引き取られるって言われて」
「言われた?誰に?」
「スーツを着たお姉さんです」
「なるほどな。それで?」
「お姉さんは、里親に決まった人は最初は里親であることを受け入れないから、気に入られるようにしなさいって。そうしないと次は誰も拾ってくれないからって」
「・・・」
「あなたは大人になって結婚して子供を産むように務めないといけない、そうしないと捨てられてしまうって」
これが現代日本の闇だ。
少子化に歯止めを掛けるべく子供を守ると言う名目の元に子ども大きな重圧を背負わせている。もっともそのとばっちりを俺たち独身貴族が受けているわけだが。
「だから泣いちゃった私は捨てられたのかなって思って・・・」
そう言っている間にも泣き出しそうな表情だ。
「・・・料理はまだ出来ないけど覚えます。ご飯は炊飯器があれば炊けますから出来ることは自分でします。何か手伝えることがあるなら何でもします、何でもしますから」
不安を広げた瞳で俺を見て少女は言う。
「一人にしないで下さい」
そしてまた瞳から涙を流していった。
「俺はお前のことを迷惑だと思っている」
その一言で少女は肩を震わせる。
「だが成り行きとはいえ里親になってしまったからには責任が俺にはある。責任を果たすのが大人だ。だから俺はお前の里親としてお前を捨てることは無い」
「本当、ですか」
「俺は責任を果たす。だからお前は俺に捨てられる心配はしなくて良い。ここまでは理解できたか?」
少女の不安を取り除きこれまでの日常を取り戻す。そのために少女を説得しようと心に決めていたが
「はい。私は信じます、その、豊也、さん」
いきなり名前を呼ばれて俺は肩透かしを食らう。
「ん??何で俺の名前を知って」
そこまで言って新里親協会の女性役員の顔が思い浮かぶ。
「お姉さんから豊也さんの事は聞いています。名前とか生年月日とかお仕事とか。いきなりお父さんって呼ぶのも難しいだろうから名前で呼んでみたらよい、と言われて。嫌なら呼び方を変えます」
「そうか」
俺は思案する。父親になってもいないのに父さんとかパパと呼ばれるのは心外ではある。しかしかといって小学生低学年の少女に下の名前で呼ばれるのは色々と問題がある気がする。なので妥協案を取る。
「慣れないだろうがお父さんと呼べ。里親とはいえ親子だからな。慣れないのはお互い様だがそれが自然になるだろう」
「はい、分かりました、お、お父さん」
そうしてなぜか顔を赤らめて俺をそう呼ぶ少女。
「よし、じゃあ今日はここまでだ。もう寝るぞ」
正直今日は色々あって疲れた。明日からは仕事だ。だから俺は早めに寝ることにした。
※
朝起きていたら実は夢だった・・・などと言う事はなかった。しかもまだ夜だ。
「・・・1時か。2時間くらいしか寝れてないのか」
一度眠りに入ったものの目が覚めたようだ。俺は2LDKのマンションの自分の部屋で寝ていた。少女は隣の部屋に布団を敷いて寝かせた。
「何か飲むか」
俺は部屋を出て冷蔵庫を開けてお茶を飲む。コップに入ったお茶を一気に飲み。
「はあ」
ため息が出た。
俺は子供が好きではない。ゆえに結婚願望も子供が欲しいとも思わない。一人で自分のやりたいことをやる。それが今の俺の生きがいだ。家庭や子供はその生きがいの障害物でしかないからだ。
「まさか俺も里親になるなんてな」
周囲で里親に選ばれた人物を何人かしっている。そいつらから話をきいていると俺は里親になりたくないと言う思いが強くなっていた。
「とりあえず色々と調べてみないとな」
里親を免除する手立てを考えることにした。
「あ、あの」
そう思っていると
「お前、まだ起きていたのか!」
少女が立っていた。扉が開く音がしなかったので気付かなかったのだ。気を遣って静かに扉を開けたのだろうが、俺を驚かすことでしかなかったためつい強い口調で言ってしまった。
「ご、ごめんなさい」
俺はすぐに冷静さを取り戻す。
「声を荒げたが怒っているわけじゃあない。ただ子供はもう寝る時間だぞ」
「はい、でも、その」
言い難いことなのだろうか少女は歯切れが悪い。
「ここで暮らす第一条件を忘れたのか」
それで少女はハッとした表情になり少し戸惑ったがやがて意を決した様子で言う。
「お父さん!」
「ん?、うん、なんだ」
一瞬誰のことを呼んだのか考えてしまった。
「一緒に寝てください!!」
「は?」
「ひ、一人では寂しくて寝れません!」
少女は顔を赤らめてそう言う。
冷静に考えよう。相手は小学高学年の少女だ。ネットで調べたところこの時期に一人で寝れるかと言うのは家庭によって違う。小学校上がるとともに一人で寝させたと言う家庭もあれば小学校高学年まで親と一緒に寝ていたと言う話もある。また物理的に部屋がないので一緒に寝ていると言う家庭もあった。一概にこの時期までと言えない難しいところだ。
しかし彼女は本来なら両親と一緒に暮らしている年齢だ。一人を心細く思うのは当然だろう。
だからと言って里親になったとはいえ会って間もない少女と一緒に寝ると言うのはどうなのだろうか。いや相手は年端もいかぬ少女だから何も気を遣わなくても良いのだ。むしろ気を遣うほうが怪しい人と思われるかもしれない。
「構わないよ」
色々考えたが決定打となったのは少女の表情だった。不安を湛えた表情をされては嫌とは言えない。そうして俺の布団少女がもぐりこんできた。お互いにパジャマを着たまま顔だけを布団から出して俺を見た彼女は謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい、我がまま言って」
「気にするな。それよりも早く寝ろ」
「最後にもう一つだけ我がままを言って良いですか」
「言ってみろ、わがままを聞くかどうかは分からないけどな」
「私は飯野さんのことをお父さんって呼びますから、お父さんもわたしの事を名前で呼んでください」
そう言うわがまままか、と俺は呆れた。
「私は汐美です」
「名前は覚えているよ」
そこまで無関心ではない。
「すいません、私を引き取るのは迷惑と言ってたのであまり感心がないのかと思って」
「そう言う事か。それくらいのことなら構わないからわがままをきいたら寝るんだぞ」
「はい、お父さん」
「じゃあおやすみ、汐美」
「おやすみなさい、お父さん」
そうして汐美は目を閉じ、ほどなくして寝息が聞こえてきた。どうやら睡魔はあったが眠れなかったようだ。
(初日から色々ありすぎだ。俺も、疲れた)
そうして俺もまどろみに入っていった。