終焉のメリークリスマス
20XX年12月24日。
今夜は、言わずと知れたクリスマス・イブだ。
だが、今年だけはいつもとは違う、特別なイブだった。
少なくとも、その少年にとっては・・・。
何故、今夜が特別なのか。
それは明日、世界が終わりの日を迎えるからだ。
今から十年ほど前、マスコミ等に取り上げられ、一時世間を騒然とさせた一冊の「預言の書」があった。
一説には数千年前に書かれたものだとも云われるその「預言の書」に、世界が終わりを迎える日として、今年の12月25日という日付がはっきりと明記されていたのだ。
その「預言の書」は、数多く存在する「聖書」の偽典、外典のうちの一つとされていたが、その内容に関する信憑性の高さを力説する学者達も少なくなかった。
預言、あるいは予言というものは、それを信じる者と信じない者とに分かれる。その割合がどの程度なのかは別として、少年は完全に前者だった。
少年は本気で、明日で全てが終わると信じていた。というより、そうなって欲しいと願っていた。
少年は幼い頃から、両親による虐待を受けながら育ち、学校でも陰湿な苛めを受け続けてきた。
少年にとってこの世界は、決して安息を与えられる事のない「地獄」そのものだった。
この世界の何処にも、自分の居場所など無い。何処に行っても、何をしても、ただ苦しみを与えられるだけだと、少年は感じ続けてきた。
そんな少年にしてみれば、この終末預言は、むしろ希望の光に等しいものだった。
自分を含めて、クソ虫以下の生物としか思えない人類が、この宇宙に存在する価値など断じて無い。
少年のその想いは頑なだった。
人間なんて、即刻一人残らず死滅するべきだ。
そうすれば、もう誰も苦しまずに済むじゃあないか。
少年はそこに唯一の救いを見い出したのだ。
都会の夜の街は、そんな預言の事など忘れてしまったのか、はなから信じていないのか、いつも通りのクリスマスムードに沸き立っていた。
きらびやかなイルミネーション。腕を絡ませ笑い合う恋人達。
少年は吐き気を催した。
全部偽りだ!全部造り物じゃないか!
そもそも少年は、クリスマスというイベントが大嫌いだった。
少年の両親は敬虔なクリスチャンだった。その両親から虐待されていた少年は、神も信仰も全て偽りの造り物だという事を知っていた。
ましてやクリスチャンでもない連中がこの時期に馬鹿騒ぎしている姿は、まさに愚の骨頂としか言い様が無い。
そして少年は、それらの想いを胸に秘め、夜の街へ繰り出していた。
上着のポケットに突っ込んだ拳を握り締めて。
煩いほどにジングルベルが流れている街の其処此処に、サンタ・クロースの衣装を身に纏った人々が溢れている。
少年はもう、怒りを通り越して思わず苦笑した。
狂ってる。世の中狂いまくってる。何故みんなそれに気付かない?いや、気付いていながら気付いてない振りをしてるのか?まぁ、どっちにしても狂ってる事に変わりはないか。
そんな事を考えながら歩いていた少年は、遂に堪えきれなくなって、声を上げて笑い出した。
「ふっ、フフッ・・・ハーッハハハッ!」
いきなり大声で笑い出した少年を、訝しげに横目でチラ見する人々などお構い無しに、少年は笑い続けた。
「何がそんなに可笑しいのかな?」
皆、少年と係わり合いにならぬよう遠巻きに通り過ぎて行く中で、不意に少年に声を掛けてきた者がいた。
少年は一瞬にして真顔に戻り、声のした方へ振り向いた。
そこに居たのは、薄汚れたサンタ・クロースだった。
サンタの衣装を身に纏ってはいるが、ガリガリに痩せこけ、手入れもされていない伸び放題の口髭を貼り付けているその顔は、まるで死にかけのホームレスのようであった。
少年はその薄汚れたサンタ・クロースの方へ向き直り、相手の問いに答えた。
「だって可笑しいじゃないか。明日でこの世が終わるってのに、どいつもこいつも呑気にクリスマスごっこだぜ。これが笑わずにいられるかって話しさ」
「もしかして君は、例の預言の事を言ってるのかね?」
少し興奮気味に言い放った少年に対して、薄汚れたサンタは冷やかに問い返した。
「その通りだよ。で、あんたはどうなんだい?」
「その預言に関しては、私も興味を持っているよ。明日のクリスマスに、ハルマゲドンの地に於いて神と悪魔との最終戦争が行われるという内容だが・・・」
あくまでも冷静さを崩さないサンタの言葉を、少年は無理矢理遮った。
「そして世界は滅亡する。ジ・エンドって事さ」
「だが、その預言にはまだ続きがあるのを、君は知っているのかな?」
「もちろん知ってるよ。その時、復活した救世主が現れ、世界を救うって奴だろ」
少年はそう言ってニヤリとした。
二人の会話は、まるで芝居の台本合わせのように、決められた台詞を投げ掛け合っているかの様であった。
「つまり、結果的に世界は救われる事になるのだよ。
しかし、君はそもそも神の存在など信じていなかったように思うが、何故そんな預言を信じる気になったのかね?」
「ちょいと事情が変わってね。
いつだったか忘れたが、俺の目の前に悪魔が現れた。それも本物の悪魔だ。神様と違って悪魔ってのは、意外と話の分かるいい奴だったぜ」
それまでまったくの無表情だったサンタの顔が、ほんの僅かに歪んだのを、少年は見逃さなかった。
「それで、君はその悪魔とやらと何らかの契約を交わした。そういう事か」
「ああ、俺は悪魔に言ったよ。俺の魂なんぞ幾らでもくれてやるから教えてくれ!その救世主ってのがいつ何処に現れるのか、ってな」
勝ち誇った顔でそう言った少年は、上着のポケットの中で握り締めていた銀色のナイフを引き抜いた。
そして少年は、血に飢えた獣の瞳のように、暗く鈍い光を放つその凶刃を振り翳し、歓喜の雄叫びを上げた。
「今宵初めて、心の底からこの言葉を贈ろう!
メリークリスマス!」