今から私とゲームを始めましょう
連載に載せている一話と同じ内容になります。
本作は以下のお題を使って書いています。
『ゲーム』
「育人さん、私とゲームをしませんか?」
私の言葉に、育人さんは可愛らしい顔を苦々しく歪めました。
それを見て、私は期待通りの反応だと思い頬が緩みます。
「いや、しないよ。だってまひるちゃん、性格悪いし」
「いけない人ですね。十年来の幼馴染みに対する言葉とは思えません」
「言ってもいいと思うけどなあ。事実だもの」
そう言って育人さんはぷいっと顔を横に逸らしました。
「いくら事実といっても、真正面からそんなことを言うから、育人さんは女子からひどい人と言われてるんですよ?」
「いったい誰が言っているのかな? 初耳なんだけど」
「言えません。女子の友情は固いんです」
私が牛のクッションで口元を隠すと、育人さんは諦めたようにため息を吐きました。
「一度も勝てた試しがないからなあ。まひるちゃんは勝つためなら、容赦せずになんでもするし」
「一番になるためならどんな手でも使えと、母からの教えですから。やる気が出ないのなら……育人さんが勝ったら、私から贈り物をするというのはいかがでしょうか?」
「いらないものを渡されるだけな気がするけど」
育人さんは私の性格が悪いと思っています。
不信感いっぱいの目ですね。
こういうところが可愛いと思うあたり、やはり私は性格が悪いのでしょうか。
まあ、些細な事ですが。
「いらないものかどうかは、私が決めることではありません。これです」
私は本棚から一冊の本を抜き取りました。
「……意図がわからないよ。『幼馴染みから始まる恋』って。まひるちゃんの事だから、これに意味なんてないんだろうけど」
「いい本ですよ。タイトルに騙されてはいけません。それ、最後は幼馴染み同士の愛憎入り混じる殺し合いですから」
「一周回って面白いかもだけど、ネタバレするのはどうなのかな?」
「いちいち配慮する必要もないでしょう。態度を見れば、どうせ読まないことくらいわかりますから。仕方ありません、奥の手を使わせてもらいます」
「いくらか嫌な予感がするけれど、何?」
私は姿勢を女の子座りから、正座に移し、育人さんの瞳を見つめます。
濃い黒色で、とても素敵な瞳です。時々無性に独り占めしたくなって困ります。
ああ、いえ、今は大事な話の最中でした。こんな事を考えている場合じゃありません。
育人さん、そろそろ決着を付けさせてもらいますね。
「一度目の勝利には、やはり相応の特別を。育人さんが勝ったら、その、私がメイドの格好をして、一日だけなんでもお願いを聞いてあげるなんていかがです?」
「一個だけいいかな? 僕がメイドに喜ぶのが当然みたいになってるのはなんでだろう?」
「一部の女子の間で噂ですよ? 育人さんは一日中メイド服のフリル部分を弄んで喜んでそうだって」
「いい加減すぎるでしょその噂……」
「イメージが多分に含まれているのは、まあ否定しませんが」
「一部の女の子からそんなイメージ持たれてるの、僕?」
暗い声になる育人さんに、私は意味深に含み笑いを返すことにしました。
育人さんがため息をもう一つ吐きます。
「いいや。聞き出すより気にしない方が楽みたいだ。それよりまひるちゃん、なんでも言うこと聞くなんて、簡単に言わない方がいいよ」
育人さんが心配そうに言います。
間違いなくこの人も性格の悪い人なのですが……ああ、これは本当に心配してくれてますね。
私の読み通りです。気遣わせてすみません、育人さん。
「いけませんか? 育人さんは高校二年生、私ももう高校一年生。言っても大丈夫な人とダメな人の分別くらいつきますよ」
「一応、信頼されてると好意的に捉えたらいいのかな? でもメイドかあ。確かにまひるちゃんって綺麗だから、すごく似合いそうだよね」
「……生馬先輩も、メイド姿の私はとても愛嬌があって可愛いと、そう言っていましたし。見ておいて損はないですよ?」
「いや、誰その男!? ――あ」
しまった、というように育人さんが頭を抱えます。
決着が付きました。私は満面の笑みで育人さんの手を握ります。
「『いや』は育人さん二度目です。この『い』勝負、私の勝ちですね。ところで――生馬和子先輩、部活の先輩です。今度の学祭で着る私のメイド姿がとても可愛いとのことですが、どうかしましたか?」
「……いえ、何もないです」
頭文字を統一して会話を続けるこのゲーム――今回は『い』から始める会話ですね――今回も私の勝利で終わりました。
口を挟まれるまでは自由に喋っていい。
同じ意味の言葉を自分で二回言ってしまうと負け。
これしかルールのない、非常にいい加減なゲームですが、退屈しのぎにはちょうどいいです。
そうそう。育人さんが、男性の名前だけであんなに焦ってくれるとわかったのも、嬉しい収穫でしたね。
「今した僕の噂もやっぱり嘘なんでしょ?」
「いいえ、と言ってあげたいところですが、やはりここは黙秘を貫いておきましょう」
そう言って私が笑うと、育人さんが困ったように頬をかきました。
私の好きな仕草です。なんだか幸せな気持ちになるんです。
「いいさ、まひるちゃんの性格の悪さは知っているからね。……まあそこが好きなんだけど」
「――――」
突然の告白に、私は思わず息を詰まらせてしまいました。
「まひるちゃんの言うとおり、僕たちももう高校生だ。どうだろう、幼馴染みからもう一つ踏み込んで、彼氏彼女の関係になるっていうのは。もちろん、この本の結末みたいにはしないよ」
「い、育人さん!? ――ぁ」
しまった、と思いました。
私の最初の言葉は確か……
育人さんが澄ました顔で笑います。
「僕の名前で始まるのは二回目。ああ、あとちょっとで勝てたのになあ」
「ふ、不覚です。急に告白なんて……不意を突かれました」
「今度こそはと思ったんだけどね。出すタイミングを間違えたよ」
……勝った気がしません。
いえ、ゲームは私の勝ちに違いないのですが……
私は試合に勝って、勝負に負けたのでしょうか。
「それはそうと、まひるちゃん。さっきの返事は貰えるのかな?」
「――っ! ゲームを利用してしか告白できないような男性が受け入れられるとでも?」
言葉尻を強くして、わたしは拒絶の意を示しました。
この選択は間違っていないはずです。
「……そうだね。うん、軽率だった。ごめん」
育人さんが頭を下げました。
「謝るよ。僕が悪かった」
「……いいです。そこまで気にしていません」
きっとこの人に他意はないんでしょうね。分かります。ただ失礼だったと思っているのでしょう。
やっぱりこの人は、私よりもよっぽど悪い人です。
……そういうところも好きなのが、困りものなのですが。