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2 井手野下涼

 早速、あたしは自分のアパートに帰り、しばらく帰ってこなくても困らないように着替えとタオル、その他化粧水などの日用品を大きなカバンに詰めた。ついでに冷蔵庫にある日持ちのしないものを涼の家に持って行くことにする。ただで泊めてもらうのは心苦しい。家事を積極的にしよう。

「じゃあ、しばらくお世話になります。」

 お邪魔します、と涼の部屋に足を踏み入れた。

 夜遅くまで研究所にいることも多い涼の部屋は、生活感があまり感じられない。

「一応、合鍵は渡しとく。明日も多分遅くなるだろうから。」

「ありがとう。失くさないように気を付けるね。」

 後でキーホルダーに付けておこう。自分のアパートの鍵と一緒にしておけば、失くさないはずだ。

「今日から炊事、洗濯なんでもあたしがやるから。して欲しいことあったら言ってね。」

「そこまでしなくていい。手伝いでいいよ。」

「一人暮らしして、あたしも色々出来るようになったんだから、任せてよ。ついでに涼の不摂生な生活を正してあげる。」

「そう、ありがと。気持ちだけは受け取るよ。」

 素っ気ない涼にあたしはむっとするが、わざわざ宣言しなくても勝手にお世話すればいいのだ。

「ねぇ、涼。今日は何食べたい?」

「食べれるもの。」

「もう、食べられるものくらい作れるから! カレーとかハンバーグとかスパゲッティとか、せめてあっさり系とかこってり系とか教えてよ。」

「かけうどん。これならあずでも失敗しないし。」

 どうやら涼はあたしの料理の腕を信用していないらしい。

「うどんなら、涼の好きな激辛うどん作れるけど。どうする?」

 親戚みんなが辛いもの好きなので、あたしと涼の好みは大体似ている。

 こっちに引っ越してきた後に、あたしが生み出した自分のためのオリジナルメニューは大抵辛いものばかりだ。オムライスを作る時もチキンライスにあらかじめタバスコを入れているし、カレーも大辛のルーを使った上で豆板醤などの香辛料を追加投入している。

 あたしはスマートフォンを取り出し、写真に撮っておいた激辛うどんの写真を見せた。すると、涼の視線がスマホの画面にくぎ付けになる。

「……具材は?」

「ネギと豚と椎茸、あとニンジン。お金があるときは海老も入れるよ? その他、お好みのものがあればそれもね。ちなみに辛さはうちの母さんの麻婆豆腐くらいかな。」

 これで落ちたな、とあたしは涼を見つめる。

「そう、今日はあずに作ってもらおうかな……。お金出すから、海老と餅入れて。」

「分かった。じゃあ、買い物行ってくるね。どこのスーパーがいい?」

「あず一人で行かせないから。作ってもらうんだし。」

 夕方なんだし危ない、と言われあたしは戸惑う。この従兄がそんなことを言えるようになるとは。女に気を遣えるようになったなんて。あたしも年を取るわけだ。

「ありがとう、涼。じゃあ行こっか。」


 *~*~*~*~*


「あずは酒飲めるっけ?」

 食材をあらかたカゴに入れた後、酒類のコーナーで涼は足を止めた。

「あたし飲めるよ?」

「明日学校だけど、どうする? 飲む?」

「あたしも涼もあんまり酔わないから、大丈夫でしょ。」

「ま、そうだけど。」

 あたしも涼も家系的に酒に強い。おそらく、六藤とお酒で対決をしたら勝てると思う。

 六藤は腹の中は真っ黒なくせに酒に比較的弱いらしく、飲み会の誘いは余程のことがない限り断るようにしていると言っていた。あたしが六藤の家に泊まりに行った時も、あたしだけ飲んでいる。

 涼の家に帰ってきた後、あたしは早速調理に取り掛かった。

「あず、何か手伝えることない?」

「うん? 大丈夫、どちらかというと手抜き料理だから。涼はゆっくりテレビでも見てて。」

「そっか。」

 しゅんと項垂れて台所を去っていく涼に、あたしは頬を緩めた。

(何だか。子供みたい。)

 涼の姿が、お手伝いをしたがる可愛い子供に見えた。あたしもいつかは母親になって、本当の子供と料理をすることがあるのだろうか。ここの台所は狭いので涼の手伝いは断ったが、将来はここより少し広い台所がある家に住みたい、そんな風に考えてあたしは想像の世界から帰ってくる。

(いやいや、気が早いから! まだまだ子供いないでしょ。あたし。)

 あたしは無心になって目の前の料理に集中した。

「「いただきます。」」

 真っ赤なスープに具材がたっぷり乗ったうどん。

 完成した激辛うどんは我ながら美味しく作れたと思う。涼の反応も上々だ。

「おいしい……!」

「ふふっ。あたしもやればできるの。」

 余った椎茸の軸やネギなどは、明日の朝のみそ汁にでもぶち込むつもりだ。

 あたしがいる間は、朝食を抜かしがちな涼に食べられる朝ごはんを提供しよう。嘘を吐いてここに置いてもらっている分、しっかりやることをやっておかないと。

 うどんを食べ終わると、食器くらい洗わせて、と涼がせっせと洗ってしまった。

「あず、浴槽浸かる?」

「ううん。あたしシャワーだけで良いよ。」

「そう、なら先に入って。」

「やること……ないみたいだね。うん。先に入らせてもらうね。」

 荷物の中から着替えとタオルを取り出して、あたしは浴室に向かう。

 脱いだ服のなかに下着を一応隠しておく。見られたところで何かあるわけでもないが、涼が余計な気を遣ってしまうだろう。

「涼、高そうなシャンプー使ってる。」

 彼は癖っ毛だから良いシャンプーを使っているのだろう。美容室に売ってありそうなボトルデザインだ。

 このシャンプーの名前を覚えておいて誕生日にでもプレゼントすることにする。流石にシャンプーとかは持ってきていない。今は使わせてもらおう。

 すっきりさっぱりして、お風呂から上がったあたしは冷蔵庫に入っていたお酒を持って、涼の隣の椅子に座る。スマートフォンを見ていた涼はちらとあたしの方を見た後、風呂入ってくると言って浴室に向かって行った。

「早く上がってきてね。一人酒は寂しいから。」

「はいはい。酔っぱらわないように気を付けて。」

 そう簡単には酔わないと思っていたあたしだが、二缶開けたあと急に眠気に襲われた。

 やはり疲れがたまっていたのだろう。主に六藤のせいで。

「あず? 眠いなら布団に行ったら?」

 丁度、お風呂から上がってきたらしい涼に言われあたしは頷いた。

「うん。そうする。」

「布団持ってくるから、少し待ってて。」

「や、あたしが……あ、場所わかんない。涼、お願いします。」

「うん。」

 涼に布団を敷いてもらって、あたしは横になった。

「本当にありがとね。」

「あずは大切な人だから。困ってるときは頼って。」

「あたしも涼が困ってたら助けになるから。何かあったら言ってね。」

「……ありがと。おやすみ、あず。」

「うん。おやすみなさい。」

 そして、あたしは六藤からの逃亡初日を終えた。

 完全に眠りの世界に入る寸前、誰かの吐息を唇に感じた気がしたが、どうせ夢だろうと片付けあたしの意識は沈んでいった。


『あず――。悪い虫はちゃんと退治してあげるから。大丈夫だから。』


 *~*~*~*~*


 それから一週間経ち、六藤は痺れを切らしたのか大学の校門前であたしを待ち構えていた。

「梓、今どこにいるの?」

「……。」

 話しかけられても無視して通り過ぎようとするあたしの進路を塞ぐように立った。あたしが視線だけで文句をつけると、悲しそうに眉を下げる。そんな顔をされるとあたしも少し心が痛くなってしまうが、ここで動揺させられてはいけない。あたしは今怒っているのだから。

「え、何だろ?」

「あれ六藤さんと、女は知らねぇな誰?」

「なになに、修羅場? 面白そ~。」

 傍から見て明らかにトラブルが発生している二人に、ひそひそと話す他の学生の視線が突き刺さる。こんなところで痴話喧嘩を始めたら、明日には脚色された話が広まることだろう。それは嫌だ。ひとまず、場所を変えることにした。

 大学から十五分程度かかる公園まで来て、あたしは後ろを付いて来ていた六藤に振り返る。

「何か用?」

 用事は分かっているが、怒っているということをアピールするためにあたしはつっけんどんに言った。

「ごめん、梓。」

「それは何に対しての?」

 あたしが怒った理由は二つある。

 一つは頻度が高いこと。二つ目は、間隔を開けた場合に加減をするつもりはない。と明言されたことだ。どこの中坊だ、とあの時突っ込まなかったあたしを褒めてほしい。そういう目的であたしと付き合ったつもりでないのは知っているのだが。

 イケメンな六藤はあたしレベルじゃなくてもホイホイ寄って来るので、わざわざ胸も可愛げもないあたしを彼女にして、欲のはけ口にする必要はない。六藤なら女性を一晩だろうが定期的だろうが簡単に釣って利用できるはずだ。彼に愛されすぎているのを実感しているから、六藤の愛は信じられる。

 だがしかし、愛しているから何をしても良いというわけではない。

 あたしにだって、生活があるのだ。もう少しあたしの事情を慮って欲しいと思う。

「俺ががっつき過ぎたことに対して謝りたい。愛情って他のことでも伝えられると思った。無理させてごめん。二週間とか三週間とかじゃなくて、梓がしたくなった時がいいから。本当に申し訳なかったです。」

 どうやら、あたしが怒った理由には辿り着いたようだ。しかし、一点気になることがある。

(あたしがしたくなった時、って……。なに? 報告しないといけない感じ?)

 絶対に言いたくない。あたしからは何があっても言うまいと心に決めた。

「六藤くんがあたしのことす、好きなのは分かってるよ? これから気を付けてもらえるなら、あたしはもう良いよ。スマホの設定も戻しとくね。」

「梓! ねぇ、抱きしめてもいい?」

「別に、いいけど。」

 久しぶりに嗅いだ六藤の匂いに、あたしは息を吐く。すりすりと首筋に顔を寄せられくすぐったくて首を竦めた。

「キスしていい?」

「……これから先、いちいち聞くつもりなら、あたし六藤くんとお別れしたい。」

 羞恥なんやらがしたいのなら、他所を当たってほしいとあたしは六藤を睨みつけた。

 見せたい願望については疑惑の段階だから何ともいえないが、もともと六藤はあたしが羞恥に震える姿がお好みのようなので、この許可を取る形式が続くのなら本当に嫌だ。

「ごめん……。」

 項垂れた六藤の姿に諸々の溜飲が下がる。

「分かってもらえたみたいで何より。」

 あたしは上から目線の話し方をして、悪人面で笑った。

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