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1 中村晴希

 六藤は梓の後輩なら大事な人だから、とあたしと中村くんの昼食代を払ってくれた。

 あたしにとって大切な人たちを同じように大事にしてくれる、そういうところが好きだな、と惚れ直す。勿論、後で昼食代分のお礼はするつもりだ。

 大学までの道を三人とも無言で歩く。六藤は中村の前だというのに手を繋いできた。彼氏と手を繋いでいるところを知り合いに見られるというのは、こんなに気まずいものらしい。中村の方も照れるあたしの姿を見て何とも言えない顔をしていた。

「梓、今夜はお仕置きだね。」

「へ?」

「そんなに可愛い顔、彼に何回見せたの?」

「……六藤くん、からかわないで。」

「しかも、」

 俺のいないところで俺の名前呼ぶなんて、とあたしの耳元で囁いた。

(それもう聞いてるってことじゃないの!?)

 とあたしが叫ぶ前に六藤は唇を塞いできた。

「っなん、中村くんの前で……っやだ。」

 中村は唖然とあたしと六藤のキスを見ているようだった。あたしも今驚愕している。

 六藤に見せつけたい願望があったなんて。これからどうするべきだろう。いつか近い未来にもっと破廉恥なことをしているのを他人に見せたいと言われたら。あたしはなんて応えれば良いのか。

(ま、まだ言われてないもんね? だって、そういうコトするとき動物は無防備になるから、そういうの好きな人は少しぶっ飛んだ人だもん。……あれ、六藤くんもぶっ飛んだ人だ。やっぱり、あたしも好きにならないといけないのかな。やだな。六藤くんを他の人に見られるなんて。)

「梓?どうしたの?」

 ぼうっとしてしまったあたしの視界に六藤の心配そうな顔が映る。

「いっ、いや何でもない。というより六藤くん! 人前でこういうことしないで!」

「どうして?可愛い梓に少しお仕置きしただけだよ。でも、後で覚悟しててね。」

 しまった。今日は金曜日だから泊まりの日だ。今週はただでさえ疲れているので、勘弁願いたい。最悪の場合、変なことしたら別れる、と言って逃げよう。

 何しろ、結婚するまでそういうことはしなくてもいいと六藤本人が言ったのだ。男に二言はないはず。あたしも別れるなんて嘘でも言いたくないから、簡単に引き下がってくれるといいのだが。

「あ、ねぇ、中村くんは再来週の四連休ってあっちに帰ったりする?」

 とにかく面倒な絡みをしてくる六藤は放っておいて、中村に話しかける。六藤は中村が気まずくなるように、わざと変なことしてくるのだろう。

「えっと、多分おれは長期以外は家に帰らないです。」

「そっか……。」

 あたしも六藤も中村も実家から出て大学周辺に住んでいるのだが、通っている大学は実家と同じ県内にある。電車などで通うには遠いのでこっちまで出ているのだが、三連休などの休みであたしは帰ることが多い。

 あたしはインドアな上、実家をこよなく愛す女だからだ。

「梓、また帰るの?」

 六藤は呆れた顔をしている。しかし、あたしはどちらかといえば陰気なタイプなのだ。環境の変化にかなり弱い。

「やっぱり家族のいる実家の方が落ち着くから。」

「「………………。」」

 なぜか六藤だけでなく中村にまで何とも云えない顔をされてしまった。どうしてそんな目で見られなければならないのか。ぐーたらな女は彼らにとってダメなのか。

 あたしは取り繕うように笑って、ホームシックなこと以外にも理由があるんだぞと胸を反らした。

「あ、でも今回は違うんだよ? 久しぶりに店長から連絡が来たの。たまには食べに来いって。久しぶりにあそこのスパゲッティ食べたいと思って帰ることにしたの。」

 あくまで実家に帰るのは『ついで』だと主張してみる。本音はこっちがついでだ。

「え、今も店長から連絡あるの?」

 しかし、六藤は怖い顔をしてあたしに詰め寄ってきた。あたしは何か失言をしてしまっただろうか。

「そうだけど、六藤くんには連絡とか来ないの?」

「……大学入りたての時に入学おめでとうってメールは来たけど。梓には頻繁に来るの?」

「頻繁に来ないけど。二ヵ月に一回くらい?だと思う。」

「そう。やっぱり店長ってい人だね。」

 含みを持たされた言葉に少し引っかかる。が異性が絡んでいるから通常運転だろう。と判断したあたしだが、判断をミスしていた。あたしを見る六藤の目は珍しく怖いくらい焦りで塗られていたのだ。それに気付かないあたしは人を見る目のある六藤と同じ印象を店長に抱けたことに嬉しくなって、はしゃいだ。

「そうだよね! 何ヵ月か前の連休の時もご馳走してくれたんだよ。学生割引だって。」

 この時、おそらくゲロってはいけないことを吐いてしまった。自ら爆弾を持ち込んでいたのだ。

「ちょっと待って。いつ店長と会った?」

「あれ? 六藤くん知ってるんじゃないの?」

 なんでもお見通しでしょ?とキラキラした目で見つめるあたしに、六藤は溜め息を吐いた。

「俺も人間だから、こっちの事は把握できてもあっちに帰った後は把握できないから。」

(前、あの人にバレちゃったからね……。)と心の中で呟いた六藤はじぃっと目の前の彼女を見つめる。

 しかし、目の前の彼女あたしは呆然と彼氏むとうを見つめていた。

 今までGPSでも付けているのかと思うくらいあたしの行動を把握していた六藤にも限界があることに驚いていた。あたしは馬鹿なので、彼が街中の防犯カメラを全て掌握しているのかと思っていたこともある。とっても意外だ。

「じゃあ、夏休みに店長の店でご馳走になったのも、従兄弟の皆で遊園地行ったのも知らないの?」

「遊園地は知ってる。でも、店長の事は知らないかな?」

「へぇ~。ふふっ、六藤くんにも分からないことがあるんだね。」

 にやりと意地悪に笑ったあたしに、六藤は底知れない何かを感じさせる笑みを返した。

「俺も普通の男だから。まだ、知らないことが多いみたいだね。」

 思わず息を呑んだあたしに六藤が顔を近付けようとした時だ。遠くから六藤の名を呼ぶ男の声が聞こえてきた。

「お~い! 日向! 教授が呼んでんぞ。」

 不満そうな顔をしてあたしから顔を外した六藤は、友人と思われる人の方を見て外面を被った。

「すぐ行く! ……梓、また後で。」

 そっとあたしの頬に口付けを落としてから、六藤は振り返ることなく友人の方へ駆けて行った。

 中村と二人になったあたしは、ふぅと息を吐いて中村に向き直る。

「ごめんね。中村くんとあんまり話せなかったね。しかも中村くんに分からない話題ばっかりで……。六藤くんも人前であんなことするし……。気まずくなっちゃって。本当に申し訳ない。」

「謝らないでください!新しい先輩の姿も見れて楽しかったですから。」

「中村くんにそう言ってもらえると救われるよ。ありがとう。六藤くんには後でちゃんとお説教しておくから。」

 任せて、というように親指を立てたあたしに中村はぷっと吹き出した。

「もう、笑わないでよ。」

「先輩は変わらないなって思っただけです。」

 高校時代から成長していないとでも言いたいのだろうか?じとっと中村を見つめる。

「でも、先輩の彼氏さんって思ってたより……。」

「いいよ、率直な感想言ってみて。大体分かってるから。」

「その、変わった人だなと……。すいません。なんか牽制がすごくて、本当に先輩のこと好きなんだなと。」

「本当ごめん。」

 六藤はかなりの美形なので、そんな彼に睨まれると迫力があっただろう。牽制なんてしなくても中村はあたしを好きになったりしないのに。六藤があたしを好きでいてくれるのなら、あたしはそれで十分なのだ。

「先輩ってもっと見た目からして優しそうな人を好きになるんだと思ってました。」

「分かる。あたしもそう思ってた。」

 有名人でもイケメンより優しそうな人が好きだった。まさか六藤のようなかっこいい人を好きになるとは、年を取るというのも大事だ。視点が変わる。

 初恋の人もそれなりの顔立ちだったが、誰が見ても六藤の方が上だと云うだろう。でも初恋の人は優し気な雰囲気だったから、二人を足して割れば完璧な超人の完成だ。

「こんなに好きになるなんて、思ってもみなかったよ。ずっと忘れられなかった人がいたのに、もう悩んでたのが懐かしいって思えるくらい。恋愛っていいものだね。」

「そ、そうですね。好きな人に会うと疲れ吹き飛んじゃいますよね。」

 うん、そうだね。と返そうとしてはたと気付く。

「中村くん好きな人いるの?」

「え!? あの、その……今のは一般論というか、あれですよ。ありますよね。」

 一般論にしては実感がこもっていたような気がする。あまり突っ込んで聞いても困るだろうからこれ以上は聞かないが、女の子と目も合わせられなかった彼にも、普通に好きな人がいるのだと分かって安心した。


 *~*~*~*~*


 中村は遠く離れていく梓の背中を見て溜め息を吐いた。

(もっと早く告白すれば良かった……。)

 あの先輩は少し押しに弱いところがある。対人関係になるとさらにそれが顕著に表れるのだが、そこに付け込んではいけないと思っている間に、他の男は付け込んだようだ。

 今、幸せそうにしている梓に告白する勇気はなかった。いや、高校時代から告白する勇気がなかった。

 中学の頃、中村はとんでもない不良生徒だった。でも、梓はそんな中村を変えるきっかけをくれたのだ。

 あまりにも学校に行かなさ過ぎて勉強にもついていけなくなってから、親にたこ殴りにされて家から閉め出された中村に、道行く誰も足を止めない中、梓だけが話しかけてくれた。どうしたの?と優しい声で。

 しかし粋がっているガキは舐められたと思って、不良仲間のいる溜まり場にその女を連れ込むことにした。見た目も地味で明らかに処女であろう梓を滅茶苦茶にしたら、自分の全ての苛立ちも解消されると馬鹿な考えを抱いて。

 今の状況を話して同情でも引いてから連れ込むことにした中村だが、思っていた反応は得られなかった。今まで中村の周りにいた女なら「可哀そう。」となったはずなのに、梓は斜め上の反応を返したのだ。

『大丈夫、あたしの合格した高校なら馬鹿でも入れるから!』

 なんだそれ、と思った。この女馬鹿じゃねぇの?と。梓が口にした高校は馬鹿が入れるものではなく、この近辺で中の上くらいのレベルだったのだ。

 今度こそ、言いがかりではなく本当に馬鹿にされた気がした中村は、今までの不良っぷりを封印して必死に勉強をした。元の仲間には馬鹿にされてハブられたが、そんなことより、よく知りもしない女に馬鹿にされたことが嫌で嫌でしょうがなかった。

 その後、無事高校に合格したのだが、その時家族にも先生にも涙を流された。中村もそんな大人たちの姿を見て泣けてきて、気付けば号泣しながら謝っていた。

 高校に入学した後、あの時の彼女にお礼をしたいと思って探したのだが中々見つからず、クラスメイトに誘われて渋々行った演劇部の体験入部でようやく梓に出会えた。

 だが、梓は髪が金髪でなくなった中村を覚えておらず、初めましてと声を掛けられてショックを受けた。しかし、中村にあの時の不良です、と真面目そうな梓に自己紹介する勇気はなく。良い印象を持たれたくて可愛い後輩のイメージでアピールすることにした。

 我ながら分かりやすいアピールだったと思うが、演劇部員の皆は気付いてくれるのに肝心の梓はスルーする。

 梓以外の女とは目を合わさないようにしていても、女慣れしてないんだねと斜め上の解答だ。

 中村は女慣れはしていても、本当に好きになると手も出せなくなるタイプだったようで、強引に迫れずにいるうちに相手に彼氏が出来てしまった。

 あの六藤という男は中村なんて比較にならないくらい『ヤバい奴』だと確信している。

 しかし、心底惚れている風の梓を見ていると「やめとけ」と言ったら、蛇蝎のごとく嫌われてしまいそうでもう何も言えなかった。六藤は梓を傷つけないだろう。

 いっそのこと、暴力を振るう最低野郎だったら「おれにしてください」とでも言えたのに。見た感じ六藤は梓にべた惚れのでろでろだ。

 やはり成長しても根っこの部分は変わらないらしい。

 中村はここぞというときに自分の力で立ち上がれない意気地なしのままだ。

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