仁科飛鳥
2人の対決から3日後、何故か葉川と悠は和解していた。それはそれで良かったのだが、何で葉川が家に来てんの…
「いやーいいじゃないか!休日なんだし…それに秋の顔見たかったし。それに聞きたい事あるし」
「そりゃあ久しぶりに会えて嬉しいけどさ、私だって予定あるわけだしちゃんと連絡取ってもらわないと困るよ」
「まあまあ。今日は予定なかったんだろ?」
「それはそうだけど…「お姉ちゃんは私と今日1日ラブラブする予定だったの!」…それはない」
春香がいきなり抱きついてくるが1日ラブラブする予定は勘弁だ。
「で!…結局聞きたい事って何?」
「ああ。それはだな…秋は野球部入らねえの?」
「入らないよ。女の子だし。」
「即答だな…今は女の子でも甲子園目指せるんだし、それにいくら秋斗の時と比べてスペック落ちてても秋なら大丈夫だろ。それに三振ショーの話も紅白戦の話も既に聞いたぞ」
「でも…未だに甲子園の土を踏んだ女の子はいないよ」
「だったら1人目になったらいいだけだろ?目指すのが怖いのか?」
「それは…」
私は怖いのか…自分でもこの事には向き合わないように意図的にしていた。
「ちょっとテレビ付けるぞ。」
今10時だからそんな面白いテレビないと思うんだけどな…ってか急に話変えすぎだろ。
「いきなりテレビ付けてどうするの?」
「まあちょっと見てみろって」
むむっ。葉川の奴。何の番組かだけでも教えてくれたらいいのに…
番組はどうやら特集の様だ。中学生の女の子とアナウンサー、元プロ選手が写っている。
「ええーこの子が天才野球少女の仁科飛鳥さんです。」
女の子が緊張した風によろしくお願いしますと頭を下げた。黒のショートカットで身長160ぐらいかな?絶対にモテるだろ。この子。
「実は女の子ながら全国準優勝の硬式野球チームでレギュラーなんです。では彼女の野球センスを皆さんに見てもらいましょう」
「見て下さい。このスピード。実は飛鳥ちゃんは女子陸上100m中学生の日本記録保持者なんです。」
すごっ…守備の映像を見るとセカンドだが広い守備範囲と捕ってからが投げるまでが異常に速い。肩の強さは才能だ。でも捕ってからの動作の速さは努力の証拠。これなら強豪校でも守備は十分に通用するだろう。
でも…問題は打撃だ。打撃でのパワー不足の解消が無い限りは無理だろう。
「さあここまででも十分凄いと思うのですがここからが彼女が甲子園の土を踏めると思った理由です。皆さんここちゃんと見ておいて下さいね。信じられない光景ですよ!」
やたらと誇張するアナウンサー。バッティングの様だ。
ピッチングマシンのスピードは140キロ。バッティングセンターとは違いボールは硬球。中学生3年生でこれが打てたら凄いなと思うレベルだ。男子でも中々このレベルは打てない。これを打つのか?流石にこれは……
しかし私の予想と反してヒット性の当たりを連発している。凄いな…そう思っていると彼女が指を指した。
指した方向は三塁ベース。
左打ちの彼女は綺麗に流して三塁ベースにボールを当てた。
何てバットコントールだよ…いくらなんでもこれが女?いや男でも中々いないんじゃ…
そこから彼女はセカンドベース、ファーストベースと狙い当てた。
「凄いですね。このスピードのボールを狙った方向に当てるなんて考えられませんよ。」
アナウンサーが驚きの声をあげる。隣の元プロ選手も驚いてるようだ。
「凄いですけど、これからの問題はやはり飛距離ですね。まあ確かに率は稼げるかもしれませんけど飛距離が無いのは厳しいですよね」
元プロ選手、意地悪だ。そこは流石に無理な所でしょ。
「ちょっと待って下さい!狙って打ちますから」
仁科飛鳥がテレビの撮影を終えようとした周りを止める。アナウンサーと元プロ選手も?マークのようだ。
今度はマシンの球を綺麗にバットに乗せた。なっ…アーチストの様な放物線を描いた打球がフェンスを越えた。いくら狭い球場とはいえ…これは…
「言う事無しですね。」
太鼓判を押す元プロ選手。私じゃあれは絶対に無理だ。体格も私の方が大きいくらいなのにあの飛距離なんて…
「では最後に目標をどうぞ!」
アナウンサーがマイクを仁科飛鳥に向ける。
「市山高校に進学してレギュラー取って甲子園に導く事です。」
「何故市山高校なんですか?」
「勿論、家から近いのもありますが憧れの人がいるからです。名前はあげられませんけどね」
そう言って微笑んでいる仁科飛鳥。これは明日学校が騒がしくなりそうだ。てか、男目線で言うと軽く惚れてるな…って放送終わった。
「で、これ見せて何が目的なの?」
「やる気出ただろ?」
葉川がニヤリとして言ってきた。確かにそうだけど…
「まあゆっくり考えてみろよ!じゃあこの話は終わり。春香ちゃんはほっといて前の続きしようぜ!」
「前の続き?」
前の続きって何だろう…
「またまた〜キスだよキス。」
ぶっ…いきなり何を言い出すんだコイツは…
「おっお姉ちゃん?…こんな変態な奴とそんな事するなんて嘘だよね?」
「無理矢理こいつががしようとしただけだよ。勿論キスしてないし、続きもしないよ。」
葉川がかなりテンション下がったように落ち込んでいる…
「良かった〜。お姉ちゃんのファーストキスは私の物だからね。」
逆に春香はテンション上がっている。口走ってる事も変だし。
「それもおかしいからね春香」
あっ今度は春香が落ち込んでいる。2人ともやっぱりおかしい。
「ってか大体葉川はさ。私が元男って事知ってるでしょ?」
「うん。知ってるよ」
「だったらなんでこんな事するの?気持ち悪いだけでしょ?」
「だって俺前から秋の事好きだし。今の姿になって正直ラッキーと思ってる。それに元から女顔だっただろ?」
いくらなんでも混乱だ…何言ってるのこいつ。元男なのに…
「それはそうだけど…」
「俺はお前の過去を受け止めれる。」
「葉川…」
私の元男という過去受け止めれるのは葉川だけかもしれない。
「だからキスを…「それとこれとは別!」……」
だからと言っても葉川とキスをしたいとは思わないし、されたくない。
「お姉ちゃんは女の子が好きなんだよ!!ねー!お姉ちゃん」
春香が葉川にドヤ顔でビシッと決める。いやまあ決まってないんだけど…
「まあ男よりはね」
「そんな…いや、時間が経てば女の子の気持ちになって俺の元に来るはず…」
「絶対ないから」
なんだかんだバカなやり取りをしつつ休日を終えた。こんな事で貴重な休日を潰すなんて…絶対葉川許さない…でも仁科飛鳥か。実際にどんなプレーするのか見てみたいな。
この時、この仁科飛鳥の存在が私の野球人生を大きく変える事になるなんて私は思いもしなかった…




