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森の中で。

全てを投げ出したかった。


だから全てを捨てて、着の身着のままで家を飛び出した。


森をさまよい、歩き、疲れ果て、もう一歩も歩けないというところで崩れ落ちた。


いったいどれくらいの時間自分は歩き続けていたのだろうか、それさえもわからない。


ただ無我夢中に歩き続けた。


来た道がわからなくなるくらい、進み続けた。


でも、ここまでか。


水も食べ物もしばらくの間通していない喉は枯れ果て、もはや声すらもでない。


遠くなる意識の中で、考える。



このまま死ぬことができれば、どんなに楽だろうか。






夢をみた。


母が泣いている。


『あなたが立派な人間になるようにとやってきたのに、どうしてわかってくれないの?!』


嗚呼、また同じセリフか。


何度繰り返したかわからない口論。


その都度泣く母に、もう言い返す気力さえ残っていない。


『全てあなたのためじゃない!!』


繰り返される、同じセリフ。


俺のためにと繰り返されるその言葉。


それは本当に俺のためなのか?


やめてくれ。


全ては家のため、自分のためだろうが。



嫌な夢だ。


夢にまででてくるとはな。


のがれたいと思えば思うほど、この呪縛から逃れることができない。




夢の中で様々な思考をくりひろげていると、ふいに冷たいものが頬をなでた。


それが手だと認識するうちに、その手は肩に行き、俺を揺する。



「こんなとこで寝ていたら、風邪をひきますよ。」


女性の声が、聞こえる。


意識は半分あるが、体は疲労のせいか言うことをきかない。


それに、ほっといてほしいという思いから、無視をきめこむことにした。


すると


びっっったん!!


すごい衝撃が頬を伝った。


驚いて目を開くと、視界を女性の顔が埋め尽くした。


「あら、やっぱりこういうのはショック療法がきくのね。」


物騒な発言とは裏腹に、鈴を転がしたような女性の声が鼓膜に響く。


ジンジンと痛む頬から、自分がビンタをされたのだということに気づいた。


「目が覚めたかしら?」


そういって女性はほほ笑む。


金色のブロンドの髪はすこしウェーブがかっており、前髪は目の上できれいに切りそろえられている。


吸い込まれそうなビー玉のように真ん丸な青い目に自分の間抜けな面が映っている。


肌は雪のように白く、透明。


微笑みにはどこか優雅さが漂っており、思わず見とれた。


「それにしてもこんなとこで寝ているなんて、自殺行為みたいなものよ。」


女性は俺の目をしっかりととらえたまま話す。


その目の光の強さに耐え切れなくなり、思わず目をそらした。


「別に、もしそれで死ぬならそれでいい。」


女性は少し驚いた様子を見せてから、尋ねた。


「あら。どうしてかしら?」


「どうしてもこうしても、あなたにそんなの関係ないだろ。」


ぶっきらぼうに答えると、顔をつかまれ、無理やり視線を合わせられた。


「関係ないなんてことはないわ。だって私はあなたの命の恩人だもの。」


女性はほほ笑む。


その微笑みにまた見惚れそうになる。


「・・・それに、聞いたところであなたになんの利益もないでしょう。」


「私の損得はあなたが考えることではないわ。」


女性の目は俺を捕えて離さない。


「そうでしょう?」


また女性はほほ笑む。


この人に、勝てる気がしない、なぜだか直観的にそう思った。


「どうしてそこまでして聞きたいんだ?」


「あなたに興味がわいたから。」


少し笑いを含んだ声。


「お話がてら、私の家でお茶でもしない?」


そういって女性は微笑みながら俺に手を差し出す。


その手を、俺は一瞬迷ってから、つかむことにした。




森を歩きながら、話す。


「私の名前はリリィっていうの。あなたは?」


「・・・俺の名前は、エリアス。」


リリィの家は森のさらに奥にあるらしく、どんどん進んでいく。



「ファミリーネームは、教えてもらえないのかしらね?」


リリィは俺よりも身長が20センチほど低いので自然と上目遣いになって尋ねる。


その空の色をした大きな瞳に尋ねられると、まるで拒否する権利がないかのような感覚になる。



「............シュタットフェルト。」


しぶしぶといった感じで答えた。


なるべくなら名乗りたくはなかった。


この名前は自分にとってはただのレッテルでしかなかったから。


「あの名門貴族さんのシュタットフェルトいいのかしら?」


リリィの問いに無言で頷く。



シュタットフェルトは代々国王専門の医者として仕えてきた名門貴族。


家系の男子は代々医者になるのが慣わしである。



俺はそんなものにはなりたくはないのに。


人の命を救えるほどの、高尚な人間ではない。


ちっぽけな、人間なのだ。



ぐるぐると思考を巡らしていたらいきなりリリィに頬をつねられた。


あまりいたくはないがびっくりしてリリィをみると


「なんだか難しい顔しているわよ。」


そう言ってリリィはまた微笑んだ。


その微笑みを見ていたら、心の中の黒くてぐるぐると複雑に絡み合ったものがほどけていくようで、少し気分が軽くなった。


「お前のファミリーネームは、なんなんだ?」


こっちも教えたのだからいいだろうと思い、尋ねる。


「知りたいかしら?」


「......別に。」


「だったら教えてあげないわ。」


リリィは意地悪な笑みを浮かべる。


「あなたに必要なのは、きっと素直さね。」


そう言ってクスクスとリリィは笑う。


なんだか悔しくなり、そっぽをむく。


「拗ねるなんてかわいいわね。」


笑いを含んだ声。


「別にすねてなんかない!」


むきになって反論すると


「はいはい。ほら、ついたわよ。」


視界が開けてくると、一軒の木の家が目に入ってきた。


屋根はクリーム色をしており、全体的に柔らかい雰囲気である。


家の横にある小さな花壇には可愛らしい桃色の小振りな花が咲いている。


「さあ、入ってちょうだい。」


開かれたドアから家に入るのに一瞬迷い、足を踏み入れる。


家の中に入ると、キッチンがついているリビングが目に入った。


部屋の全体は赤と白で統一されているようだ。


「今お茶をいれるから、座って待っていてちょうだい。」


白い木のテーブルに赤いギンガムチェックのテーブルクロスがひかれている。


椅子に座り、辺りを見回す。


目の前にはキッチンがあり、リリィがお茶を淹れている姿が見える。


なにもすることがないので、そのまま眺めていると


「そんなに見られるとなんだか緊張してしまうわよ。」


くすくすと笑いながら話しかけられる。


みていることき気づかれるほど見ていたのかと思い、恥ずかしくなる。


「........悪い。」


「構わないわ。ほら、できたわよ。」


白いおぼんにのせられたカップもまた白く、紅茶のいいかおりが漂ってくる。


リリィは俺の前に紅茶を差し出し、二人の真ん中にクッキーを置いてから俺の前に座った。


「早速聞かせてほしいわね。どうしてあんなとこで倒れてたのかを。」


じっと青い瞳に見つめられる。


この瞳はずるいと思う。


言う気などなくても、言う気にさせる力をもっている。


「.........なにもかもが嫌になって、家から飛び出したんだ。」


リリィは瞳で相づちをうつ。


「.........俺は、医者なんかになりたくないんだ。だけど両親はそんなの認めるわけないからな。話し合いなんかするきにもなれない。」


どんどん感情が溢れてくる。


「あんな家に、生まれてきたせいで......!」


握りしめた拳は、力をいれすぎていろが白くなっている。


なにをしていてもつきまとう、家の名前。


それに縛られ、つまずき、奪われてきた。



本当は医者なんかじゃなくて、俺は




「あなたには、他にやりたいことがあるのかしら?」


問いに驚き、知らないうちに下げていた頭を上げる。


リリィの目は、まっすぐに俺を捉えていた。


「なんだかすごく必死そうにみえたから。他に求めているものがあるのかな、と思って。」


まっすぐなその目を見ていると、今まで誰にもいったことがなかった自分の夢を言ってもよい気になる。



それに、ここでこいつになにを言おうときっと何もかわらない。



「........騎士になりたいんだ。」


昔から憧れていた。


主人をもち、守りぬき、忠義を尽くす。


その潔さ、気高さを求めた。


「だけどそんなものは身分の低いものがやることだと言って剣をもたせてくれることさえいい顔はしない。」


今でも覚えている。


幼少期、自分の夢を母に話すと母は全否定をした。


『あなたはそんなことはしなくていいの!!剣なんてもたず、勉強をしなさい!』


その時から、母に何を言っても無駄なのだということを悟った。


そう、無駄なのだ。


なにをしても、なにをやっても。


いったい俺は、誰の人生を歩んでいるのだろうか。



「だったら無理矢理にでもなってしまえばいいじゃない。」


驚いてリリィの目をみると、冗談を言っているようには見えない。


「.........そんなこと、無理にきまってるじゃないか。」


「あら、どうして?」


「シュタットフェルトという名だけで、ただの坊っちゃんだと思われて雇ってもらえないのがどうせオチだ。」


「それでも、諦められないのでしょう?」


リリィは微笑む。


「全てを捨てる覚悟をもっているなら、そうね、あなたはまずその家の名前という防御スーツを脱ぐべきだわ。」


「!.....どういう意味だ。」


「なにも変わらないのは、あなたがなにをするにも家のせいにして諦めているからよ。」


リリィは俺の目の奥を捉える。


「まわりを変えたいならば、まずは自分から変わらなければいけないわ。」


リリィはまた微笑む。


「本当はちゃんと、わかっているのではないの?」



リリィの言葉に、はっとする。


怒るでも説教をするでもない彼女の言葉は、俺の心に染み込んでくる。


「だったら俺は・・・・いったいなにをすればいいんだ・・・・?」


「そうね、まずは口にだすことからはじめましょうか?素直にね。言葉は人間が持っている最大の武器だもの。」


「・・・・・・・それは両親と話をしろ、ということか?」


「とらえ方はあなた次第だわ。」


リリィは柔らかく微笑む。


「・・・・でも」


弱気な発言をしようとしたらリリィに人指し指を口に当てられさえぎられる。


「ネガティブな発言はよくないわ。言葉は人間のもつ最大の武器、といったでしょう?」


「わかった・・・・。」



「さあ思いたったが吉日よ。早速お話をしにいかなくちゃ。」


そういうとリリィは勢いよく立ち上がった。


「え!?!?」


「こういうものは決意が揺らがないうちにやることが大事なのよ。」


すこしいたずらめいた笑みを浮かべる。


「でも、そんないきなり.......!?」


「私がついているから大丈夫よ。」


そういってリリィはウインクしてみせた。




こうしてなぜか二人で家に向かうことになった。








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