桜だけにさくら
5年前、
春の風が桜の花びらと香りを運んでくる心地いい季節に彼に出会った。
入社式を終えた私は心地よい風を感じながら
これからの期待と不安でいっぱいだった。
ふと視線を感じた方を見ると
ヒゲ面で小汚い作業着を着た男の人が私の方を見ていた。
彼と目が合った瞬間、なぜか彼から目が離せなくなった。
特別タイプでもないのし、男前でもない。
でも目が離せない。
彼が私の方へ歩いてくる。
目の前に止まり、私の髪の毛を触った。
「なっ・・・??!」
あまりの驚きに言葉にならなかった。
「桜だけにさくら。」
彼はそう言うとニカっと笑い桜の花びらを私に見せた。
「・・・」
「今、笑うとこですけど?」
彼は私の顔を覗き込んだ。
「ははは・・・」
私は一生懸命引きつったつくり笑顔をした。
「桜って綺麗だよね。あんたにぴったりじゃん。」
「えっ?」
「あんたの名前でしょ?石井 桜 23歳。」
「な、何で知ってるんですか?」
「はははッ!そんな目真ん丸くして驚かなくてもいいでしょ。
俺、武井直人23歳。タメだけど俺のが一応先輩だから。
そこ忘れないでねッ!!」
私の肩をポンと叩いた。
「はぁ・・・」
「んぢゃそろそろ俺行くわ。石井さんまたね。」
「まっまた・・・」
そう言うと彼はいそいそと帰っていった。
何なんだあの人・・・
いきなりの絡みに戸惑いを感じていると後ろから声をかけられた。
「いきなり絡んでたねータケちゃん。」
振り返るとモデルさんみたいに綺麗なお姉さんが立っていた。
「あっ、いきなり声かけてごめんね。
彼、石井さんが来るの凄く楽しみだったみたいだから。」
「私の事、知ってたんですか?」
「フフフ。それは彼に直接聞いてみてくれるかしら?」
「はい・・・」
「大丈夫よ。彼、悪い子ではないから。まぁ・・・いい子とも言い難いけどねー」
「えっ・・・」
「冗談よ。冗談ッ!!これから石井さんの指導役として一緒に
お仕事させてもらう 村川 楓です。よろしくね。」
「よっよろしくお願いしますッ!!」
私は慌ててペコリとお辞儀をした。
「ちなみに石井さんお酒は好き?」
「好きですッ!!」
「そう・・・なら良かったわ♪」
ニッコリ笑って言っているが目の奥が笑ってない感じがして
凄く怖かった。
「あははは・・・」
この会社でやっていけるのかどうか不安しか残らなかった。