貝殻
今にも雨が降り出してきそうな黒々とした雲が、西の方角へ流れていく。
海独特のむっとした潮のにおいに交じり、今にも大粒の雨が降ってきそうな
薄暗い夕方と言うより、夜に近い夕闇の中
「あやちゃん…そろそろ帰らへん?」
「あともう少しで手が届くんや!」
不安げに砂浜で立ちつくす男の子と
くるぶしまで水につかり、腰を曲げ、両手を海水の中に入れている女の子。
「これなんかどうや!?」
バジャリと水しぶきが飛び、
水の中から両手に掴んだモノを誇らしげに腕を一杯に伸ばし見せた
「凄くきれい!あやちゃんすごいね!」
「あたりまえや。服着ていてこんな貝殻見つけんの初めてや!
これならレイナも喜ぶんちゃうか」
内側が光の屈折でエメラルドブルーにもピンクパールにも
輝く手のひら一杯の大きさになる貝殻を掲げた。
「うん!レイナ絶対よろこぶよ。でも、あやちゃん寒くない?」
「何ゆうとんじゃ!マサトはあたしの子分やけんね。
やから子分の妹のレイナはあたしの妹でもあるんや」
ハッキリと子分扱いされても、
真人はそれが嬉しくてたまらない表情を綾に投げかけ、
綾もあふれんばかりの笑顔を真人に向けた。
だが、一瞬綾は表情を曇らせたが、まるで無かったように
「レイナはこれで魔除けも万全やから、絶対かえってくるよな」と
自分に言い聞かせるかのように真人に聞いた。
真人も綾の問いに答えるというより
綾と同じ様に自分に言い聞かせるように、
「父さんの兄さんから聞いた。貝はチベットのホウグ?なんだって」
「レイナのお母さんはチベットで生まれたって聞いたし、
イエス様の十二人の使徒の一人、聖ヤコブ様は貝をクンショウ?としてたんだって。」
「はぁあ~。マサトん家はよう分からんけど、
ホウグってのは魔法の道具っちゅうのは分かったで!」
「これでウチの寺にある紙切れを一緒にすれば鬼にバットじゃ!」
「ちがうよ、あやちゃん。鬼にかなぼうじゃなかった?
それにあやちゃんのお父さんが書いてるのは、ごふっていうのじゃないの?」
「うっさい!カナってなんやっちゅうねん。バットの方が思いっきり振れるんや」
綾のニヤリとした笑顔に、真人は背筋が寒くなり
これ以上この会話をしていると良からぬ事が起きる気がし、話題を変えた
「これでレイナのお墓の中に入れれば、レイナかえってくるんだね。」
「そうや。マサトのそだてのおやっちゅうんか?リンさんも元気になるんや」