首釣り
地下深く、地獄の池に設えられた釣り堀。獄卒が二人、並んで竿を垂れている。
「本当に釣れるんですか、先輩」
「待て。もうすぐだ」
水面は静まり返っている。ここでは、沈黙の長さが獲物の重さに直結する。
やがて、ぴくりと糸が震えた。
「来たな」
先輩の腰が落ちる。引く。底の方から、粘つくような重みが返ってくる。糸が軋み、池がわずかにうねった。
次の瞬間、水面が裂けた。
引き上げられたのは、人の形をしていた。
首に食い込んだ痕。くたびれたスーツ。靴だけが妙に綺麗だ。まだ体温が残っている。
「新しいな」
先輩はそれを見下ろし、鼻で笑う。
「ついさっき、って顔してますね」
後輩がしゃがみ込む。男のポケットから、折り畳まれた紙が覗いていた。
先輩がそれを抜き取り、ざっと目を通す。
「……よくあるやつだ」
紙は短い。言い訳と、自己正当化と、形だけの謝罪。
先輩は丸めて、足元に捨てた。
「逃げただけだ」
吐き捨てるように言う。
「でも……どうするんすか、こいつ」
後輩の問いに、先輩は顎に手をやる。
「戻す」
「戻す?」
「ああ」
先輩は男の襟首を掴み、軽く持ち上げた。
「楽を選んだやつが、そのまま終われると思うなよ」
男の顔が揺れる。閉じていたはずの瞼が、わずかに震えた。
「閻魔様に届ける。そんで叩き返す」
「叩き返すって……」
「決まってるだろ」
先輩は笑った。
「もう一回だ」
男の指先が、かすかに動く。
「今度は逃げられねえようにな」
先輩はそれを担ぎ上げ、歩き出す。
「待ってくださいよ、先輩!」
後輩が慌てて後を追う。
赤い空の下、遠くでまた何かが沈む音がした。
地獄は、今日も忙しい。




