第6話 第一次宇都宮城攻防戦 その1
「こんな所に、お一人で?」
宇都宮城本丸北西部に建てられた清明台櫓。土塁の上に建つこの櫓は、天守の役割を果たしていた。宇都宮城下を見渡せる二階で一人座り込む勇記のもとに、三左衛門がやってきた。
宇都宮城は、1km四方の広大な敷地を有し、天守はなく、中心に位置する本丸が二の丸、三の丸、曲輪に囲まれた平城である。本丸は、日光社参を行う徳川将軍の宿所として使用されていたため、城主の居館などは二の丸に置かれていた。そして、宇都宮城防衛のための司令部は、二の丸に設けられていた。
「あ奴の顔を見ていると、考えがまとまらなくてな……」
救援軍が江戸を出たとの報せが届くと、香川は救援軍が到着するまで宇都宮城の守りを固めることにした。その一方で、大鳥軍が宇都宮の西3里(約12km)、鹿沼宿を目指して壬生通りを北上中との一報を得ると、香川は宇都宮藩兵100余人を鹿沼宿に向かわせてこれに備えていた。
「いかがなされた?」
苦笑いを浮かべる三左衛門が尋ねた。
目の前に広げられた地図を腕組みのまま眺める勇記。
「本当に賊は西から来るのか……? 果たして……」
「限られた兵をどのように配置するか、悩みどころですな。この城は無駄にでかいですからな……」
三左衛門がつぶやくと、勇記が口を開いた。
「今のうちに田川にかかる橋を落とそう。仮に賊が東から来たとしても、時を稼げる」
頷いた三左衛門は、勇記の考えを実行に移すべくその場を後にした。
大鳥軍の動きがつかめないまま日が暮れた。
敵が先か援軍が先か。心穏やかではない香川。
慶応4年(1868年)4月18日夜半、宇都宮の南東方面に宇都宮城へ向かう一軍が現れたとの一報が入る。予期せぬ敵の出現。宇都宮城内は騒然となった。
水戸街道小金宿(現・千葉県松戸市)で大鳥軍本隊と分かれて北上を続けていた秋月登之助、土方歳三率いる別動隊が間近に迫ってきていた。
香川は宇都宮藩の重臣と各藩の諸隊長を集めた。
「賊は城の南南東約3里(約12㎞)、蓼沼村(現・栃木県上三川町)満福寺に陣を構えたらしい。その数およそ1,000」
その数にどよめきが起こった。
「別部隊……。しかも我が方の倍の兵力とは……。賊の陣容は?」
勇記は、報せをもたらした斥候に尋ねた。
「秋月登之助と申す者を頭とした、幕府伝習隊と桑名藩兵からなる一軍のようです。参謀として新選組の土方歳三がついているとのこと」
「土方……」
「ご存じで?」
つぶやく勇記に三左衛門が尋ねた。
「文久の年、某と入れ違いで京に入った浪人あがりらしい。京で散々好き放題していたそうだが、かなりの切れ者とのことだ」
すると一連のやり取りを聞いていた香川が口を開いた。
「城の外で敵を迎え撃つ!」
一同の視線が香川に集中する。
「土方の名は某も耳にしている。かなりの戦上手らしい。そんな奴を相手に城で待ち構えるのは危険。城の外に陣を張り、賊の機先を制した後に籠城。援軍が来たらこれを挟撃する。これで我が方の勝利間違いなしだ!」
意気揚々と語る香川に勇記が食い掛った。
「それは危のうございます! “そんな奴”だからこそ、こうしている間に何らかの手を打っている可能性があります。万一、鹿沼を目指す一軍と呼吸を合わせた行動であれば、なおのこと。ここは全軍城に籠り、援軍を待つべきです」
しかし香川は、籠城策を正面から否定した。
「賊が南東から来る。見たところ、この城の南東側は守りが弱いようだ。ここを攻められたら、それこそ危うい。であれば、城の外に陣を構えて賊に備えるべき。先んずれば人を制す、であろう。鹿沼方面の敵は派遣した隊が時を稼いでくれよう」
(お前の場合は、『急いては事を仕損じる』だろうに……)
納得のいかない勇記は、心の中で思いつつ食い下がった。
「そのお考えは間違ってございます。南東の守りは万全です。川が天然の要害になっています。それに南東の下河原門の前には物資運搬用の水路が設けられてございます。下河原門に部隊を配置すれば、容易くはこれを破ることはできませぬ」
香川は言葉を発しようとしなかった。口元が緩む。臆病者の戯言――。そう言いたげな目で勇記を見つめた。この男のちっぽけな自尊心に気づきながらも、勇記は努めて冷静に続けた。
「田川に架かるすべての橋を落とします。そうすれば、賊は容易には城に近づくことはできません。援軍の到着の時間を稼げます。川を越えて陣を張った場合、お味方の退路を確保するため、橋を落とすことができませぬ。万一の場合、賊が一気に城に押し寄せることになります」
「県殿、そこまで。総督府より遣わされた大軍監殿のご指示でござる」
引き下がろうとしない勇記を三左衛門が制した。
「貴殿の心配も十分に分かる。確かに先日の小山では不幸にも敗れた。だが、その時は、我々が守りを固める賊に向かって突っ込んでいった。今回はその逆。さらに、小山での雪辱を晴らす戦に兵も勇んでおろう」
意気揚々と語った香川は、出撃部隊の編制のためにその場を離れようとした。そして、数歩進むと突如立ちどまり勇記の方に振り向いて言葉を発した。
「近藤に続き、もう一匹、捕えてくれよう」
香川は高々と足音を響かせながら勇記たちの元を離れていった。
(そう言って大敗したのはどこのどいつだ!)
今すぐにでも殴り倒してやりたい思いであったが、戦を前にして騒ぎを起こしても敵に利するのみ。勇記は三左衛門に視線を移した。
「どうも胸騒ぎがする。土方歳三……。やはり侮れぬ……」
「何故そう思われますか?」
突然の勇記の危惧に、三左衛門は聞き返した。
「戦を知っているぞ、土方とやらは。蓼沼村の対岸は鬼怒川の河岸がある。鬼怒川は下野における物資輸送の要。そこに陣を張ったということは、所々の河岸の荷蔵から物資を奪いながら北上してきたのであろう。兵站がいかに重要であるかを知っている証だ。香川が小山で敗れた賊以上かもしれぬ」
「ということは?」
三左衛門が不安そうな表情で聞き返した。
「城を出る部隊は敗れる……」
貴重な戦力を失う、兵士の命を危険に晒すことにやりきれない思いを抱きながら、勇記は三左衛門に進言した。
「城に残る兵を北から南東の各城門の守りに就かせよう。特に下河原門と中河原門(東)にはより多くの兵を配置くだされ。鹿沼に向かわせた部隊も急ぎ城に戻るよう使いを出し、その半数を松ヶ峰門(西)と地蔵堂門(西南)の守りに就かせ、残りは遊撃隊として本丸に待機させてくだされ。また、各地から戻ってくる部隊に、機を見て賊の背後を衝くようにとの伝令もお願いしたい。それと、ひとまず城下の者たちに北方に避難するよう触れを出そう」
矢継ぎ早に指示を出す勇記に、城を守り抜こうとする強い覚悟が見て取れた。
「何としても援軍が到着するまで城を守り抜かねばならぬ!」
三左衛門は、黙ってうなずくと足早にその場を離れた。
(ここは我らの城。必ずや守り抜いてみせる!)
あてにならない救援部隊に用はない――。勇記は宇都宮藩独力での城の防衛を覚悟した。
(よりにもよって援軍の指揮官があのような者とは……。ほとほと我が藩は、ついていない……)
勇記も三左衛門の後を追った。




