硝子の心臓と、雨の街
街の片隅に、「透き通る」体を持つ青年が住んでいた。
彼は生まれつき、色を持たなかった。指先も、頬も、その瞳さえも、向こう側の景色が歪んで見えるだけの硝子細工のようだった。
「君は、まるで幽霊だね」
隣に住む画家は、彼を見てそう笑った。
彼は自分が「見えない」存在であることに、さほど悲しみを感じていなかった。雑踏に紛れれば誰の邪魔にもならず、ただそこにある風景の一部になれるからだ。
しかし、彼には一つの特質があった。
それは、触れたものの色に「何ものにも染まる」ということ。
赤い花を抱きしめれば、彼の胸には鮮やかな紅が宿る。
夕焼けを眺めれば、その全身は燃えるようなオレンジ色に溶けていく。
彼は自らを空っぽの器だと自覚していた。誰かの感情や、世界の色彩を映し出すためだけの、空の容器。
ある雨の日、彼は駅のホームで泣いている少女を見かけた。
彼女の深い悲しみが、青い影となって足元に溜まっている。
彼はそっと彼女の隣に座り、その震える肩に手を置いた。
瞬間、彼の身体は深い、深い、藍色に染まった。彼女の絶望を吸い上げ、自分の内側へと流し込んでいく。
「……あ」
少女が顔を上げた。
彼女の目に映ったのは、自分の悲しみを半分引き受け、冷たい雨の中で静かに青く輝く青年の姿だった。
少女の涙が止まったとき、彼の体はゆっくりと元の「透明」へと戻っていった。
色は消えたが、彼の胸の奥には、ほんの少しだけ温かい熱が残っていた。
彼は気づいた。透き通る瞳が光を浴びたようだった。
自分はただの虚無ではない。
何色にもなれるということは、誰かの心に寄り添えるということなのだと。




