境界線のパレット
紫色の不思議な魅力。昼でも夜でもないような曖昧な色。不思議な魅力に久しぶりに出会って感じ取るストーリー。短編小説にて堪能ください。
アトリエの床には、使い古された絵具のチューブが散らばっている。
その中心で、陽平はまだ手をつけていない真っ白なキャンバスを前に、二つの色を見つめていた。
赤と青。
情熱のままに筆を走らせ、夢中で追いかけた若き日の「赤」。
そして、現実に打ちのめされ、冷徹なまでに自分を律しようとした「青」。
どちらかに振り切らなければ、何者にもなれないと思っていた。情熱がすぎれば空回りし、冷静すぎれば心は凍りつく。キャンバスの上でその二色がぶつかり合うたびに、彼は筆を止めてしまうのだった。
「混ざりたくないのか、混ぜるのが怖いのか」
好きか嫌いかを決め兼ねるように、彼はパレットナイフで二つの色を引き寄せた。
ゆっくりと、粘り気のある絵具が絡み合う。鮮烈な赤に深い青が侵入し、やがてキャンバスの上に、重厚でどこか神秘的な紫色が広がっていった。
それは、かつての彼が「曖昧で汚れた色」だと嫌っていた色だった。
しかし、夕暮れ時、窓の外に広がるマジックアワーの空と重なった瞬間、陽平は息を呑んだ。
紫は、終わりでも始まりでもない。対立する二つが、互いを認め合って初めてたどり着く「和解」の色なのだ。
彼はそのまま、パレットの隅にあった白を少しだけ掬い、紫に混ぜた。
濁りが消え、色はふわりと軽やかになる。
「……ラベンダーだ」
その色を置いた瞬間、アトリエに漂う油絵具の匂いさえ、どこか安らかな香りに変わった気がした。
激しく燃える日もあれば、静かに沈む日もある。そのどちらも否定せず、淡く、優しく包み込んでいいのだと、キャンバスの中の小さな色がささやいているようだった。
陽平は、数年ぶりに迷いのない手つきで筆を握った。
夜が来る前の、ほんのわずかな静寂を描き出すために。




